利休帽の易者――昔ながらの占い師像の正体

図1 千利休像。
公益財団法人ニッポンドットコム、『千利休:茶道を通して美意識と融合した自然観を体現』、2021年、nippon.com:東京都。
※画像に描かれている人物は、安土桃山時代に「わび茶」を大成させた茶人・千利休である。

菊池貴一郎、『江戸府内絵本風俗往来』、1905年、東陽堂:東京都。
※掲載画像参照元として、落語と江戸『落語の中の言葉186「易者」』、2018年、Seesaaブログ:東京都を参照。

山と溪谷社、『修験道のはじまりの地へ。日本遺産「葛城修験」を体験する山旅』、2023年、YAMAKEI ONLINE:東京都。
【帽子】
・山伏や僧侶の頭巾
↓
・茶人や俳人の宗匠頭巾、茶人帽、利休帽
↓
・文人や儒者にも広がる
↓
・易者のイメージにも取り込まれる
↓
・明治〜昭和の新聞挿絵、落語資料、漫画、映画などで「易者の帽子」として定着
宗匠頭巾とは、
・円筒形
・頂部が平ら
・ふちがない
・連歌、俳諧、茶道などの宗匠が用いた
頭巾です。
また、茶人帽も宗匠頭巾と同系統のものとされ、茶人や俳諧の宗匠が好んだ、頂きの平らな帽子と説明されています。
現在でも利休帽は、
・宗匠帽
・茶人帽
・和尚帽
・易者帽
などとも呼ばれています。
ただし、ここで注意が必要です。
江戸時代の大道易者が、全員この宗匠頭巾や利休帽をかぶっていたわけではありません。
江戸の街頭で占いをした売卜者については、笠を深くかぶって顔を隠す姿も記録されています。つまり、現代の私たちが思い浮かべる「黒い利休帽をかぶった易者」は、江戸時代の実態そのままというより、茶人・文人・僧侶・隠者などのイメージが、近代以降に分かりやすく整理され、定着したものと考えるのが安全です。
【着物】
易者の服装も、一種類に決まっていたわけではありません。
大きな流れとしては、
・僧侶の地味な衣服
↓
・道服、十徳などの僧服系統の衣服
↓
・儒者、漢学者、医師など、学問や技芸に関わる人々の服装
↓
・茶人の数寄者趣味
↓
・隠者、つまり世俗を少し離れた知識人のイメージ
↓
・易者の服装イメージとして定着
という見方ができます。
とくに十徳は、江戸時代には茶人だけでなく、医師や文化人にも用いられた衣服とされます。
ここで重要なのは、易者の服装が単なる「怪しい占い師の衣装」ではなかったという点です。
あの姿は、
「学問があり、神仏や漢籍にも通じ、世俗から少し距離を置いた賢者」
を表現するための服装だったと考えられます。
【易者の服装に重なったイメージ】
まとめると、現在の「昔ながらの易者像」には、次のようなイメージが重なっています。
・山伏
↓
・僧侶
↓
・陰陽師
↓
・儒者、漢学者
↓
・医師
↓
・茶人、俳人
↓
・江戸後期の売卜者、大道易者
↓
・明治〜昭和の新聞挿絵、漫画、映画、落語資料の易者像
ただし、これは「山伏の服がそのまま易者の服になった」という単純な話ではありません。
山伏や僧侶は宗教的権威のイメージを、陰陽師は占いや暦に関わる専門家のイメージを、儒者や漢学者は学問のイメージを、茶人や俳人は風雅で世俗を離れた知識人のイメージを、それぞれ易者像に与えました。
その結果、私たちが「昔ながらの占い師」と聞いて思い浮かべる姿は、占い師専用の制服というより、
「茶人・文人・僧侶・陰陽師的な雰囲気が融合した、知識人としての姿」
だったのです。
つまり、あの易者の格好は、
「占い師だから」
というより、
「学問があり、神仏にも通じ、世俗から少し離れた賢者に見えるから」
選ばれ、描かれ、定着していったものだと考えられます。
※なお本稿は、易者の帽子、特に宗匠頭巾・茶人帽・利休帽系統、および服装の図像的・風俗史的変遷について整理したものです。「江戸時代の易者が全員宗匠頭巾や利休帽を着用していた」と断定するものではありません。現代の「易者像」は、山伏・僧侶・陰陽師・儒者・文人・茶人などのイメージが、近代以降に融合して形成されたものと考えられます。
【掲載画像 出典一覧】
図1 千利休像。
公益財団法人ニッポンドットコム、『千利休:茶道を通して美意識と融合した自然観を体現』、2021年、nippon.com:東京都。
※画像に描かれている人物は、安土桃山時代に「わび茶」を大成させた茶人・千利休である。
図2 売卜者、易者図。
菊池貴一郎、『江戸府内絵本風俗往来』、1905年、東陽堂:東京都。
※掲載画像参照元として、落語と江戸『落語の中の言葉186「易者」』、2018年、Seesaaブログ:東京都を参照。
図3 修験者、山伏。
山と溪谷社、『修験道のはじまりの地へ。日本遺産「葛城修験」を体験する山旅』、2023年、YAMAKEI ONLINE
【参考文献】
小学館国語辞典編集部編、『精選版 日本国語大辞典』、2006年、小学館:東京都。
※「宗匠頭巾」「茶人帽」「頭巾」項を参照。
松村明監修、『デジタル大辞泉』、公開年不詳、小学館:東京都。
※「宗匠頭巾」「頭巾」「兜巾/頭襟」項を参照。
平凡社編、『世界大百科事典 改訂新版』、2007年、平凡社:東京都。
※「帽子」「頭巾」関係項目を参照。
喜田川守貞、『近世風俗志――守貞謾稿』、1996年-2002年、岩波書店:東京都。
喜田川季荘、『類聚近世風俗志――原名守貞漫稿』、1908年、國學院大學出版部:東京都。
※国立国会図書館デジタルコレクション所収。
菊池貴一郎、『江戸府内絵本風俗往来』、1905年、東陽堂:東京都。
※「売卜者」の項を参照。
菊池貴一郎著、小林祥次郎訳、『現代語訳 江戸府内絵本風俗往来』、2023年、KADOKAWA:東京都。
※下編「雑の部」に「売卜者」の項目を確認。
林淳・小池淳一編著、『陰陽道の講義』、2002年、嵯峨野書院:京都府。
※林淳「近世の陰陽道」、山本義孝「陰陽師と山伏」などを参照。
江馬務、『江馬務著作集 第2巻 服装の歴史』、1976年、中央公論社:東京都。
井筒雅風、『日本服飾史 男性編――風俗博物館所蔵』、2015年、光村推古書院:京都府。
風俗博物館、『茶人、十徳姿』、公開年不詳、風俗博物館:京都府。
※江戸時代の茶人・医師・文化人と十徳の関係を参照。
「東京の帽子百二十年史」編纂委員会編、『東京の帽子百二十年史――明治・大正・昭和』、2005年、東京帽子協会:東京都。
※利休帽、宗匠帽、茶人帽、和尚帽などの説明を参照。
水野理一編著、『東京の帽子百二十年史・資料集』、2005年、東京帽子協会:東京都。
利休工帽 茶人、『利休帽とは』、公開年不詳、利休工帽 茶人:東京都。
※利休帽が茶人帽・宗匠帽・易者帽・和尚帽などとも呼ばれることを参照。
落語と江戸、『落語の中の言葉186「易者」』、2018年、Seesaaブログ:東京都。
※菊池貴一郎『絵本江戸風俗往来』の売卜者に関する引用、および街頭易者の図像確認に使用。
