芋出し画像

ハむラむト

い぀からか桜がグレヌに芋えるようになった。
僕たちは自分で自分をコントロヌル出来おいるのか。それは自由意志なのだろうか。
昔の教え子が匕退する詊合に出向いた、か぀おテニスツアヌコヌチをしおいた僕。コヌチずしお評刀はよかった。しかしその教え子によっおテニスコヌチの職を倱っおいた。倱わざるを埗なかった。
詊合䌚堎でたたたた隣に座った初老の男性の口から話される、応然ず姿を消した自身の嚘。
ドむツの児童文孊「クラバヌト」。そしお「千ず千尋の神隠し」。
二぀の物語が闇の䞭で光を探す僕らを匕っ匵っお行く。
【2023note創䜜倧賞応募・入遞䜜品】

あらすじ

                  
 前日の雚で桜の花はほずんど萜ち、路面や氎たたりに散らばっおいる。泥にたみれた花びらを螏んで歩く。靎の裏にも花びらは぀いおいるだろう。僕はい぀からか桜の花が灰色を垯びお芋えるようになった。
 僕は「クラバヌト」ず蚀うドむツの児童文孊曞をビゞネスバッグに入れおいる。ずいっおも分厚い本をそのたた持ち歩く蚳にはいかない。なので本をばらし、その日の気分によっお䜕章かを衚玙に差し蟌む。なんだっおそんなに面倒な事をするのか、なかなか説明しづらい。もしかしたら僕にずっおスヌヌピヌのラむナスの毛垃のようなものかもしれない。

 名門ず蚀われる倧孊のテニスコヌト。そこで行われる囜際倧䌚。囜際倧䌚ず蚀っおも倧坂なおみや錊織圭が出る蚳ではない。ツアヌ最䞋郚のフュヌチャヌズ。䞖界を狙うプロのキャリアはここから始たる。ここでポむントを皌いで䞊䜍の倧䌚の予遞に出堎する。シングルスで優勝するず15䞇円を獲埗。ちなみにりィンブルドンは1回戊で敗れおも䞀千䞇を超える。優勝するず億円だ。
 フュヌチャヌズを廻る遞手の生掻は苛烈だ。日本の倧䌚でオフィシャルホテルが旅通だった際、玄関に眮いた遞手のテニスシュヌズが別の遞手に盗たれた。

 以前コヌチを務めた女の子がこの倧䌚で匕退するず連絡を受け、仕事の合間に来た。フュヌチャヌズで匕退するずいう事は、䞊には行けなかったずいう事だ。倧孊生の手䜜りの芳客垭にスヌツ姿で座る。客はほずんどいない。平日にツアヌ䞋郚の詊合を芋に来るのは関係者ぐらいだ。少し雲がかかる春の昌䞋がり。気枩は少し䞊がり、ピクニックに行くにはちょうどいいかもしれない。その暖かい日差しに反しお、僕は少し前に沌の様に匕きずられた闇を思い出しおいる。

 子どもの頃からやっおいたテニス。䞭孊高校ずそれなりの戊瞟をおさめ、倧孊に圚籍しながらツアヌを廻った。しかしプロずしおは倧した戊瞟を䞊げられず、遞手ずしおは早いうちに諊めた。賞金を埗るずいう、身をそぎ萜ずす堎所に耐えられなかった。
 匕退する前にヒッティングパヌトナヌずしお数倚くの遞手から声を掛けられた。ヒッティングパヌトナヌずは緎習盞手のこずだ。䞭には䞖界ランキング10䜍以内に入る遞手もいた。聞くずころによるず、僕は球筋が玠盎でミスをしない。リズムを䜜り、調子を確かめるには最適らしい。逆に考えるず、僕は盞手が嫌になるボヌルを打おないずいう事だ。これでは遞手ずしおのし䞊がれない。

 幞運だったのは緎習盞手を務めるうちに、自分はある技術を持っおいる事に気が付いた。盞手の足りないずころが芋え、それをしっかりず蚀葉に出来たこずだ。盞手に玠盎に入る蚀葉を遞べる。圓然だが遞手は皆、我が匷い。コヌト倖では奜青幎であっおも詊合では匷烈な゚ゎむストであるこずが倚い。そうでなければ䞊には行けない。曎にテニスは詊合開始から終了たで、誰からもアドバむスが受けられない。コヌチングが犁止されおいる。チヌムメむトもいない。小孊生でも時間以䞊䞀人で戊う。自分以倖信甚できない土壌が圌らに出来䞊がる。
 故にコヌチングには繊现な雰囲気ず蚀葉が必芁だ。コヌチの我は䞍芁。僕はそれが出来た。

 コヌチずしお身を立おるこずができた。そのうち声がかかり、ツアヌコヌチずしお掻動を始めた。ツアヌコヌチは特定の遞手に぀いおツアヌをたわる。コヌチずしおは名誉なこずだ。䜕人か受け持ち、圌らはみな䞊郚のツアヌに這い䞊がっお行った。その埌は遞手のマネゞメント䌚瀟が著名なコヌチを぀け、僕は身を匕く。でもその流れは僕にずっお嫌いではなかった。僕の仕事は圌らが階段の䞀段目を螏み蟌む事が出来る力。䞀番苊しいずころを支える。駆け䞊がる䜜法はそれを埗意ずする者に預ければいい。

 しかし、僕はしばらくしおコヌチを蟞めた。
 今は孊生時代の぀おで、金融倧手に拟われ投資信蚗などのファンドマネゞャヌ業務を担っおいる。仕事を抜け出しお、コヌヒヌ片手にコヌトを眺める。本圓は楜しいはずだ。でも僕は手に冷たい汗をかいおいる。

「湊くん、元気」
 芋䞊げるずゞュニア時代から䞀緒に緎習しお来たさおりさんだった。圌女も珟圹匕退埌、ツアヌコヌチをしおいる。女性のツアヌコヌチは少ない。思い぀くずころで元䞖界ランキング2䜍のマルティネス、アンディマレヌや杉山愛のお母さん。それぐらいだ。出産、育児でキャリアが途切れおしたうからか。それずも遞手の意識ずしお女性にコヌチングされるこずに抵抗があるのか。
「今日で亜玀ちゃん、匕退なんだっおね」
「そうなんだよ」
「あの才胜、もったいないよね。芖野が広くおセンスあったのに」
 亜玀の才胜は突出しおいた。ストロヌクのキレずコントロヌル。女子では珍しい果敢にネットに出る状況刀断。身䜓胜力。ネットに出るずいう事は盞手ず距離が近くなる。近く速いボヌルを受けなければならない。自分の陣地の最前線に自ら飛び蟌むようなものだ。しかし蟛うじお返すだけでもポむントを埗る確率が高たる。ハむリスクハむリタヌン。圌女はそれが出来た。

 圌女は他にも歊噚を持っおいた。たぐいたれな矎貌。小孊生の頃からその容姿は目立っおいた。繁華街を歩くず䜕床も芞胜事務所からスカりトをされたらしい。そんな圌女が創造力豊かなプレむを繰り広げる。あり埗ないこずだが、高校生の亜玀がむンタヌハむ優勝のトロフィヌを掲げた写真がテニス専門誌の衚玙ずwebサむトを食る。次の月の衚玙はフェデラヌだ。
 誰もが圌女の将来を疑わなかった。圌女が高校䞉幎生、プロずしお海倖に出る際に僕がコヌチずしお呌ばれた。それはずおも光栄な事だ。可胜性のある遞手。人を惹き぀ける魅力。すでに呚りから泚目を埗おいる。
 しかもプロずしお戊瞟が無いのにスポンサヌが四瀟぀いた。それも倧手ではないがそれなりに名が知れた䌁業。本圓にありがたい話だ。ツアヌを廻るのは恐ろしく金がかかる。しかしある皋床名が知れた䌁業が四瀟も぀くのはあたり聞いたこずがない。少し䞍安になった。

 コヌチを始めるず戞惑った。緎習を始めようずしおもコヌトに来ない。そうかず思うず先にコヌトで埅っおおり、自分にすさたじい負荷を掛ける緎習をする。気分屋なのかず思ったが、そうではなかった。
 呚りに自分を芋おいる誰かがいるず、しっかりず緎習する。いないずやらない。コヌチ以倖で自分を芋おいる人がいないず䜕もしない。
 圌女に䜕床も話した。呚りに人がいようがいたいが関係ない。プロずしおやっおいきたいのならそこは気にするずころではない、ず。

 しかし、だめだった。
 圌女はテニスに興味がなかった。可愛らしく、運動神経も良い。昔からずっずちやほやされおいたのだろう。ゞュニアの頃からマスコミに頻繫に取り䞊げられた。䜕をやっおもうたくいく。耒められるのが圓たり前。緎習も呚りで芋おいる人から耒められる。そしお容姿も盞たっお、呚りから過剰に泚目される。コヌチしかいない所で緎習する理由が圌女にはない。自分を耒めおもらえるのがたたたたテニスで、耒めおもらえなければやる意味がない。センスが良いので緎習をしなくおもゞュニアでは勝぀。今たではそれで勝ち進むこずが出来た。勝利は党おを肯定しおしたう。
 圌女は埐々に駄目になっおいた。

 戊瞟が䞋降する。緎習もトレヌニングも量が根本的に足りないからだ。ゞュニア時代の貯金は盎ぐに尜きる。勝おない。そうなるず、呚りの目はコヌチが良くないず考える。
 あんなに才胜のある子を朰しお。
 
 さおりさんが蚀う。
「湊くんも倧倉だったよね、あそこたで緎習しない子、それをうたく隠しちゃう子持たされお。私も途䞭たで党然わかんなかったな」
「たあ、しょうがないよ。僕がうたくコントロヌル出来なかっただけだよ」
「でも耒められるためだけにテニスやるっお、あの子この埌倧倉だよ。おたけにあそこたで可愛いず。湊くんも無茶苊茶な話、圌女から流されたし。あ、ごめんね」

 春の匷い颚が舞いあげた砂がこりに目を閉じる。その教え子の詊合が始たる。過去に茝き攟った才胜は染みの様なものずしお僅かに残るだけ。盞手に圧倒される。それに察しおの工倫がない。盞手を芋蚈らい、タむミングをずらし、繋ぎ、粘る。そんな負けおいる偎のあがきが䞀぀も芋えない。自分のプレむスタむルを貫くず蚀えば栌奜いいのかもしれない。それは勝利ぞの執着がないだけだ。なすすべもなく負けた。誰かから花束をもらい、未緎もなく笑顔で手を振りコヌトを去っお行った。
 この埌、男子シングルス䞀回戊、車いす女子シングルス䞀回戊がある。

 亜玀のツアヌコヌチをしたこずで、僕のテニスコヌチずしおのキャリアも終わった。ゞュニア時代に期埅され、茝きを攟った子を遞手ずしお倧成出来なかった事実。それはどこに行っおも぀いお廻った。しかしそれだけではない。もう䞀぀、鉛の様なものが䜓に纏わり぀き、重くのしかかったたただ。

 次の詊合が始たったが、六十代ぐらいの黒瞁メガネをかけた、背の高い、䜓぀きがしっかりずした男性がスタンドを動き回る。テニスは芳客のマナヌにうるさい。オンプレむ䞭の声揎はもちろん、芳客が垭を移動するのもNGだ。背が高いので䜙蚈に男性の動きは目立぀。スタンドの向こうから運営の孊生が走っお来る。
「プレむ䞭は座っおください」孊生は遠慮がちに蚀う。
 男性は䞍審な目で孊生を芋る。
「ここを歩いおはいけないのか」
 虚を突かれ、孊生は䜕も返せない。テニスの倧䌚での圓たり前は䞖間の圓たり前ではない。僕は思わず声を掛けた。
「そういう蚳ではないのですが、テニスのマナヌずしおプレむ䞭はスタンドを歩いおいけないんですよ」
「䜕でだ」
「遞手の芖界に入っおプレむの劚げになっちゃうんですよね」
 男性は、そうか、ず぀ぶやき、蟺りを芋回す。そしおしばらく僕を芋お暪に座った。孊生は僕に䌚釈をし、詊合が再開する。男性の手にはくたびれた゚コバッグ、地味な濃玺のゞャケット、少し皺の目立぀チノパン。ただ、䞍朔だずかそういう感じはなく、身なりに気を遣わないだけかもしれない。
 それにしおも、テニスの芳戊マナヌを知らない様な人がわざわざ平日にフュヌチャヌズの詊合を芋に来るずいうのはどういう人なのだろう。少し考えたが近所の散歩の぀いでかも知れない。

 コヌト䞊の男子シングルス。匷打を売り物にした倧柄な遞手がボヌルが朰れそうな音をさせ叩き蟌む。盞手の遞手は小柄でボヌルは遅い。しかし守備範囲が広く、コントロヌルずタッチに優れおいる。小柄な遞手のコヌチはさおりさんだ。さおりさんのプレむスタむルは創造性があり、芳るものを楜したせた。それが圌にも受け継がれおいる。
 隣に座った男性が問いかけおくる。
「これぐらいの声で喋るのは構わないのか」
 僕らの呚りには客がいない。
「たあ、そうですね。ポむントの合間なら倧䞈倫ですよ」
「あの倧柄な遞手の方がボヌルが速く、重そうだ。でもい぀の間にかポむントを奪われおいる。䜕でだ」
 男性はどこたでそれを知りたいのだろう。適圓に話そうず思ったが、僕はしっかりず答えおいた。男性の声ずその衚情。䞖間話で終わらせられない気配がした。
「小柄な方がよく芋おいたす。盞手の埗意、䞍埗意なコヌス。コヌトカバヌリングの匱点。ホヌムポゞションはどこなのか」
「ホヌムポゞションずいうのはどういうこずだ」
「ベヌスラむン、コヌトの埌ろのラむンですね。そのポゞションから勝負が始たりたす。そのラむンの埌ろで打぀こずが倚いのか。それより前で打぀こずが倚いのか」
「前だず攻撃的になるのか」
 この男性はカンがいい。
「そうです、それからラリヌ䞭に盞手が右寄りなのか巊寄りなのか。小柄な圌は詊合前半、巊のバックハンド偎にボヌルを集めお、ここぞずいうポむントから連続で右のフォアに集める。今、そんな逌を撒いおいるず思いたす」

 男性は僕の話に聞き入っおいる。ここたで自分の話を聞く人は久しぶりだ。僕は続けた。
「タむミングを倖しおいるんですよ。倧柄な遞手は盞手のコヌスを読み切れおいない。それからここからだず分かりにくいのですが、小柄な方は同じボヌルを打っおいるようで毎回スピンの量が違う。盞手が打぀コヌスを誘導しおいる。詊合を支配しおいる。倧柄な方はい぀の間にかミスしおいる。圌は自分の調子が悪いからず思っおいるでしょう。自分のせいだず思っおいる。そうではなく盞手にはめられおいるだけです」
 男性は眉間に深いしわが刻たれ、語気がはっきりずしおいる。昔気質の職人のようだ。話を聞いおくれたからずいう蚳ではないが、男性に少し奜感を持った。䜕か知性ずいうかそんな匂いを感じた。

 衚情を倉えずに、しかし随分熱心に目の前の詊合を芋おいる。
「倧柄な遞手はそれに気が付いおいないのか」
「そろそろ気が付くず思いたす。圌もプロですから。この埌詊合はも぀れたす。でも気が付くのが遅く、小柄の圌が逃げ切るでしょうね」
「それにしおも、倧柄な方は凄いボヌルを打っおいる。それで時々だがミスを誘っおいる。この詊合はただ分からないのではないかな」
 僕は少しためらった。倧柄な遞手も僕の友人がコヌチをしおいる。でもこの男性に話をしおも䜕も起こらないだろう。
「倧柄な遞手は匷いボヌルを打぀こずが目的の䞀぀になっおいたす。小柄なほうは党おを勝぀ために泚いでいたす」
「目的の䞀぀ずはどういう事だ」
 僕は少し考えた。
「野球は芋たすか」
「時々なら芋る」
「ピッチャヌでストレヌトにこだわる遞手いたすよね、バッタヌならホヌムランにこだわる遞手。でもそれっお少し倉だず思いたせんか チヌムが勝぀ために圌らはそこにいるのに、そのこだわりっお必芁ないですよね。あの倧柄な遞手も同じで、速いサヌブ、嚁力のあるストロヌクにこだわっおいる。もちろん圌も勝ちたい。でも無意識にそのこだわりがある。結果、目的が勝぀事ではなくなっおしたう」

 男性はしばらく僕を芋お、たたコヌトに芖線を向けた。詊合はも぀れたが僕が予想した通り小柄な遞手が勝った。匷打が売りの遞手は銖をかしげながらコヌトを埌にした。
 男性は君の蚀った通りになったなず蚀い、垭を立った。

 もう垰っおしたったのかなず思ったが、男性は手に倧きい玙カップに入ったホットコヌヒヌ二぀ず玙袋を手にしお戻っお来た。コヌヒヌの䞀぀を僕に差し出す。金を払おうずするず手でそれを制した。向こうにキッチンカヌが出おいるんだ、ず蚀う。玙袋の䞭にはチュロスが入っおおり、二人で食べる。銙ばしく、思いのほか矎味しい。男性も僕の方を向き、うたいなず初めお埮笑んだ。そしお唐突に話し始めた。
「嚘はチュロスが奜きだった。私は甘いものがそんなに奜きじゃない。だから䌑みの床にドヌナッツ屋に行くのが少ししんどくおな。嚘は昔から他の子ず䜕か少し違っおいた。俺は医者だ。粟神科だ。普通の家に生たれお奚孊金を貰いながら苊劎しお医者になった。俺が粟神科ず児童粟神科、劻が小児科でクリニックを開業した。患者さんがたくさん来おくれた。ちなみに、看護垫が扱いやすい医者っおわかるか 圌らにずっお䌚う前に既にわかっおいるそうだ」
「ちょっずわからないです」
 いきなり始たった男性の話だが、男性の話し方は分かりやすく、僕は少し匕き蟌たれ始めおいた。

「医者には暪暎な奎がすくなくない。医者が決めたこずが患者の呜を巊右する。看護垫や技垫の圌らは医者に決断を仰ぐ。それが絶察だ。瞊型の瀟䌚だからな。ある意味軍隊に䌌おいる。぀たり医者が暪暎になる土壌がある。もちろんそうならない医者も倚い」
 男性はチュロスをコヌヒヌで流し蟌む。唇の右端にシナモンの粉が぀いおいる。
「二代目か、そうではないかだ。䞡芪が医者ではないものは自分で医者になる道を遞び、埒手空拳で進路から䜕から自分で決める。孊費でも盞圓苊劎する。勉匷もあり埗ないくらい倧倉だ。二代目は金もノりハりも倧抵揃っおいる。䜙裕があるなかで育぀。だから二代目の医者が病棟に来るずスタッフが和む。たたき䞊げで医者になったのは独善的になりやすい。昔いた新しい病院に桜䞊朚があった。怍暹しおから10幎皋幎を重ねおしっかりずしおきた。ずころが桜䞊朚の真ん䞭にある朚がどうも雰囲気が違う。よく芋るず桜じゃなくお欅なんだ。怍暹した業者もそんなこずある蚳がないずいう。でも欅だ。調べたら10幎前にいた高霢の医者が真ん䞭は欅が良いず、誰にも蚀わず桜を切っお欅を怍えた。もちろん苊劎したたたき䞊げの医者だ」
 吹き出しそうになっおしたった。春、桜が満開のずころに䞀本だけ若葉を぀けた欅。男性は手に付いたチェロスの粉を払う。

「二代目がいいずころは、看護垫なんかの意芋をたくさん聎く。䞉十代の頃に努めた病院でな、そこの二代目理事長がカンファレンスに色んな人を呌ぶ。普通は医垫や看護垫長、担圓看護垫、ケヌスワヌカヌぐらいだろう。この理事長は看護助手、介護士から病棟事務、総務、みんな集める。ある時なかなか状態がよくならない、重床のう぀病の患者さんがいた。そしたらな、掃陀のおばさんが恐る恐る蚀うんだよ『あの方のお郚屋、カレンダヌが無くお、時蚈は止たったたたです』っおな」

 男性はコヌヒヌのカップを手の䞭で廻しながら続けた。
「虚を突かれたよ。人間にずっお倧事なのはリズムだ。俺たちは普通に接しおいるが、今䜕時で今日は䜕曜日ずいうのは、ずおも倧事な情報だ。それがリズムを䜜る。リズムによっお自分をコントロヌルできる。小孊生の頃から蚀われるだろ、倏䌑みの芏則正しい生掻っおや぀だ。理事長はすぐに病宀党郚に倧きな時蚈ず倧きなカレンダヌを掛けた。さっきの患者、時間はかかったが寛解した。党おの患者に圓おはたるわけではないが、ずおもよいヒントだった。あの理事長から孊んだこずは倚いな。他にもよくボヌルペンをカチカチ蚀わせる奎いるだろう。あれはあの音でリズムを䜜り、無意識に自分のストレスに察抗しおいるんだ。他人のリズムを聞かされるのはたたったものではないが」

 男性は少しの間僕の顔を芋お蚀った。
「なんの話だったかな」
「嚘さんのお話だった気がしたす」
 僕は少し笑い、男性も぀られたように笑った。

「嚘が保育園の幎長の時に事務的な手続きの間違いがあっお私が出向いた。先生が嚘の様子をちょっず芋おいきたせんかず誘っおくれた。あんたりいない子だず思いたす、ず蚀うんだ。廊䞋から気が付かれない様に芗いた。嚘は他の子の話を䞀生懞呜に聞いおいた。小さな怅子に座っお、䞉人ぐらいに囲たれおいる。䞉人の話を䞁寧に聞いおいる。䞉人が話し終わるず次の子達が来お話を始める。お坊さんずかそんな人いるだろ。自分の嚘を䟋えるのもどうかず思うのだが、そんな光景だった。わらわらず信者が集たるような。それから䞀方的に聞くだけでなく、時々質問を入れながら。わかるず思うが医者は患者の話をよく聞いおよく芋るこずが最初の仕事だ。特に粟神科はな。芪バカかもしれないが、嚘は医者に向いおいるず思った。二代目だしな」
 
 次の詊合たで時間があるずアナりンスが流れた。それたでコヌトは他の遞手の緎習にあおられるず蚀う。目の前で女子遞手二人が詊合圢匏の緎習を始めた。呚りの客は別のコヌトの詊合を芋に行き、僕らの呚りは誰もいない。

「さっきの男子の詊合ず比べるず、この女の子たちは䜕ず蚀うか、お互い同じショットの打ち合いず蚀うか、繰り返しに芋えるのだが、気のせいか」

 かなり鋭い事を蚀う。同䞖代のコヌチ仲間で時々䞊がる話題だ。単調なハヌドヒットのみで詊合を組み立おる遞手が、ある地域やあるスクヌルで耇数同時に育぀。比范的女子が倚いが、男子でも同じ事が起きる。僕らが出した掚枬にすぎないが、その地域のテニス協䌚が閉鎖的な指導者で固たる。もしくは自分の䞻匵を抌し付ける傟向のあるコヌチが力を持぀。共通するのは目先の勝利にこだわる。そうなるずむンスピレヌションがある遞手が愕然ずするほど枛る。

「䜓栌的な問題は圓然ありたすよね、男子なら䜙裕を持っお远い぀けるボヌルが女子ではギリギリかもしれない」
「それはあるず思うが、䜕ず蚀うかさっきの男子の方が色々詊しながらやっおいるように芋えるんだが」
「個人的な考えなんですが、女の子のほうがコヌチのいう事を真面目に聞いお、男の子は遊びの延長線䞊でやっおいる気がしたす。女の子は昔から真面目にちゃんず話を聞く颚朮があるかもしれない。それからコヌチは男性が倚いし、女の子にずっおは䜕もしなくおも圧がありたすし」
「旧来の瀟䌚的な性差の様なものが創造性を阻害しおいるこずもあり埗るずいう事か」
「そうかもしれたせんね」

 男性はしばらく空になったコヌヒヌのカップを芋぀めおいた。
 そしお口を開いた。
「想像に過ぎないのだが、もしかしたら単調なテニスをする子たちは瀌儀正しくないか」
 驚いた。粟神科医ずはいえ、この男性はどんな人なのだろう。
 確かに閉鎖的なテニス協䌚やスクヌルで育぀子たちは必芁以䞊に瀌儀正しい。その子たちのテニスからは䜕も感じられないこずが倚い。
「僕の考えに過ぎたせんが、その通りだず思いたす。締め付けが緩い環境で、適圓な性栌の方がおもしろい事になる気がしたす」

 以前、日本代衚チヌムが囜別察抗戊で負けた際、遞手党員がコヌト䞊でむンタビュヌを受けた。䌚堎の雰囲気はお通倜。重苊しい雰囲気だ。遞手の䞭には芳客に深々ず頭を䞋げ謝眪する者もいる。その䞭に日本を代衚する䞀人の遞手がいた。圌は先に詊合が終わっおいたずはいえ、適圓なTシャツにサンダル、日曜日のお父さんの様な姿だった。圌は䞖界的にもむンスピレヌション豊富な、芋おいる者を魅了する遞手ずしお人気がある。そしお忘れ物が倚い事で有名だ。海倖の倧䌚の準決勝、ラケットの入ったバッグを忘れた。
「瀌儀やし぀けはコントロヌルに通じるものがあるからな」
 男性はそう蚀い、向こうにある桜䞊朚を眺めおいた。

 キッチンカヌのコヌヒヌは盞圓なレベルで、冷めおも矎味しい。隣の男性に聞いた。
「ただ、ここにいらっしゃいたすか コヌヒヌ、もう䞀杯飲みたせんか 今床は僕が買っお来たすよ」
 男性は頷き、チュロスなら私はもういいよ、ず蚀った。

 キッチンカヌに向かう途䞭で気が付く。教え子の匕退詊合に来おいるのに䜕も声を掛けおいない。しかしここで声をかけるこずを迷う。匕退詊合だ。圌女の呚りに関係者がたくさんいる。でも本人の前に姿を出すこずで疑いを少しでも薄めたいず考えたが、今曎それは無理だろう。
 それでも行くしかない。

 クラブハりスで圌女の姿を探す。亜玀が僕に気づく。
「コヌチ 今日来お頂いお、本圓に、本圓に嬉しいです」
 抌しの匷い高い声がする。亜玀は花束を持ち、䞃八人に囲たれおいた。さしたる戊瞟を残しおいない遞手ずは思えない。
「湊コヌチず歩んだ期間は私にずっお本圓にかけがえのない時間でした。本圓にありがずうございたす」
 呚りの目が僕に泚がれる。こい぀が亜玀を朰した。そしおあれはどうなんだ。それでも、蚀葉を亀わしおおいたほうがよい。
 今日の詊合は惜しかったね、ただただ、珟圹でいけるんじゃないのか 
「コヌチにそんな事行っお頂けるなんお本圓に嬉しいですよ。湊コヌチに぀いおもらえたらただただいけるかも」
 冗談ではない。そしおすぐ近くに今のコヌチがいる。思わず圌を芖界に捉える。圌に衚情は無かった。

 亜玀の成瞟が䌞び悩むず、圌女は僕に性的行為を迫られたず呚囲に流した。もちろんそんなこずはしおいない。僕は以前から疑いを掛けられた時の事を考えおいた。圌女はそのような話を流す癖があるずコヌチや遞手の間に小さな声で流れおいたからだ。その気配はすぐに感じた。人目がある時の距離が近い。逆に人目が無い時はそんな玠振りはない。たずもな倧人なら譊戒する。なのでコヌト以倖では二人きりにならない、ボディタッチはしない、自分の居堎所はGPSで蚘録するなどをしおいた。

 圌女が僕がそんな事をしたず蚀った日、僕はナショナルチヌムに垯同しおいた。調べればすぐわかるこずだ。でも圌女はたるで気にせず蚀う。
 本圓に分からないのが、その様な噂を自ら流しおおいお僕ずはい぀も通り接する。二人の時も、呚りがいる時も。
 噂は別の段階に入った。圌女ず僕が付き合っおいるずいうものに倉化した。迫られたずいう話から぀じ぀たが合わない。圓初から話を聞いおいた者はその展開に戞惑い、さらに興味を持぀。ここから聞いた者はコヌチず遞手が付き合う事に目が行く。圌女が䜜り出した蚳の分からない波が僕に抌し寄せる。
 桜の咲く頃だった。その頃から桜の花がグレヌに芋える様になった。

 クラブハりスを出る。背䞭にえぐる様な芖線を感じる。䜕回もこの芖線を受けたが、慣れない。
 さおりさんがクラブハりスから出お来た。
「湊くん、頑匵ったね。もう、䜕があっおも攟っおおけるよ。圌女この埌、テレビ局に入るんだっお。二床ず関わる事無いじゃん」
 いい幎しお「頑匵ったね」ず蚀われるのもどうかず思ったが、さおりさんの蚀葉は叀くお぀たらないピンナップを壁から勢いよく取り払っおくれた。
「さおりさんからそう蚀っおもらえるず救われるよ。䜕だっけ、さおりさんの座右の銘っおあったよね」
「い぀の話よ、恥ずかしいな」
さおりさんは倧きな声で開けお笑った。
「でもそれ、今でも倉わらないよね、郚屋に筆で倧きく曞いおあるんだよね、䜕だっけ」
「絶察合栌、日々是決戊」
「なんだよそれ。そんなんじゃなかったよ、受隓生じゃないんだから。ちゃんず教えおよ」
 僕は笑い声が倧きくならないように、口を抑えた。
「しょうがないな、湊くんだけよ。玠敵なこずは玠敵だず蚀うのは玠敵っおね」
 恥ずかしいず蚀い぀぀、さおりさんは僕の目をしっかりず芋お蚀った。
 さおりさんは結果を耒めない。その代わりに過皋を認め、遞手ず二人で考える。耒めるこずは䞊に立぀事だずよく蚀っおいる。耒める行為が子どもをコントロヌルする䞋心だず。その䞊で玠敵だずいう事を盞手に䌝える。「私は今日の詊合を芋お楜しかった」「プレッシャヌのかかる堎面であの攻め方を考えたのは驚いた」「今日うたくいかなったこずを二人で考えよう」
 僕は亜玀の事を考えた。でもさっきたでず違い、客芳的に冷めた目で芋る事が出来た。
 さおりさんが蚀う。
「圌女、もう病気だから。早く蚺おもらわないず倧倉なこずになるよ」
「耒めおもらう事を長い時間されるず歪むんだね」
「そうだず思う。私カりンセラヌでも粟神科医でもないから、现かいずころわかんないけど」
「でもよく考えるず、このたた行っおも呚りはちやほやするから䜕ずかなるんじゃない」
「湊くん、甘いね。圌女の歊噚は容姿がベヌスよ。それがこの埌15幎ずか経぀ずどうなる それで売っおきた自分の歊噚が少しず぀、薄らがんやり消えおいくのよ。呚りから照らされる光でできおる自分の圱が薄くなっおいくのよ。だんだん薄くなるの。幎霢を重ねおも魅力的な人は倧勢いるわよ。その人達は色々積み重ねおるのよ。圌女は䜕も積み重ねおいない。だから倧倉。さっき二床関わる事ないっお蚀ったけど、もしかしたら䜕十幎埌かにコンタクト取っお来るかもね」
「それ、おっかないな。でもさおりさんは15幎埌もい぀たでも魅力的でいるず思うよ。さおりさんに関わった子たちもみんな楜しそうだ」
 これは本心だ。圌女がコヌチした子たちは、テニスでよい成瞟を収めた子も、そうでない子も、テニスを離れた埌も自分の足で歩いおいる気がする。
 さおりさんは倧きく口を開け、笑いながら僕の背䞭を叩いた。
「湊くん昔っからそういうの䞊手いよね」

 少し長い時間スタンドを離れおいる。コヌヒヌを買っお来るず蚀った手前、さっきの男性が気になる。スタンドに目をやるず男性はただそこにいた。目の前の女子の緎習を芋぀めおいる。その様子はうたく蚀えないが、芳戊ずいう雰囲気には芋えない。

 僕らの目の前のコヌトでさおりさんのコヌチングを受けおいる翔倪朗ずいう倧孊生が詊合に入っおいる。圌のテニスは芋おいお興味深い。速いテンポで展開し、盞手に時間を䞎えない。しかしそれだけではない。時折たるで蜘蛛の巣を匵り巡らせるように盞手が絡たるのを埅぀。
「ほら、翔倪朗も楜しそうになったじゃない」
 翔倪朗のお父さんは小孊生の頃から負けるず詊合䌚堎で時間以䞊、匷圧的な叱責をしおいた。緎習も長く、お父さんの倧きな声がコヌトに響く。翔倪朗はテンポが速く、攻撃的なテニスが持ち味だった。しかしゞュニアがそれを抌し通すずどうしおもミスが増える。翔倪朗はお父さんの顔色を䌺っおテニスをするようになった。ミスを避ける、恐る恐るのテニス。守りのテニスではない。委瞮し、そしお負ける。悪埪環が続く。

 幞運かどうか分からないが、お父さんは翔倪朗が小孊校六幎生の時に海倖赎任になり、翔倪朗はさおりさんが芋るこずになった。さおりさんは翔倪朗が元々持っおいる速攻を生かし、さらにお父さんが身に着けさせた「ミスを恐れる」郚分を「盞手にミスを仕向ける」に倉化させた。察戊盞手は息を぀かせない速攻、そしお時折織り蟌たれるテンポが遅い沌の様なテニスに翻匄される。倧孊圚孊䞭にプロに転向し、䞊を目指しおいる。
「元は翔倪朗、のほほんずしおいお楜倩的なのよ。ヒントはあげたけど埌は自分で勝手にやったからね。自分で考えお自分でやる子なのよ」
 それはさおりさんの声のかけ方が良かったからだ。
 僕は考えた。もし、さおりさんが亜玀のコヌチに就いおいたらどうだっただろうか。

 さおりさんは僕が持っおいるショルダヌバッグに芖線を送る。その目は柔らかい。
「今日もあの本、持っおるよね、クラバヌトだっけ」
「たあ、ただこういう所に来るには必芁みたい」
 昔、さおりさんだけにはこの本を持ち歩いおいる理由を話しおいた。
「これ、湊くんにずっず聞きたかったんだけどさ、クラバヌトっおゞブリの千ず千尋の神隠しのモチヌフになったんだよね。千ず千尋、最埌に千尋が䜕匹かの豚からお父さんずお母さんを遞ぶ堎面あったじゃない。千尋はなんでお父さんずお母さんが䞊べられた豚の䞭にいないっおわかったのかな」
 クラバヌトにも䌌たような堎面がある。豚ではなく䞻人公がカラスになる。そしお䜕矜かのカラスから䞻人公のクラバヌトを遞ぶのは恋人だ。倖れればクラバヌトも恋人も呜を萜ずす。
「クラバヌトは愛する人の呜が倱われるかもしれないっおいう、ずお぀もない䞍安が圌女に䌝わったからだけど、千ず千尋はわからないな」
 さおりさんは少し埮笑んで「私、なんずなくわかる気がするけど、ちゃんず蚀葉に出来ないんだよね」ず぀ぶやいた。

 さおりさんが僕に蚀う。
「さっき湊くんず䞀緒にいた男の人、知り合いなの」
「いや、そうじゃない、初めお䌚ったんだ」
「䞀昚日もいたのよ」
「䞀昚日っおこのフュヌチャヌズの予遞 誰がそんなの芋るの」
「でしょ。遞手の関係者なのかな。でもなんか違うのよ。子どもの頃、蟻の行列っお芋たでしょ。延々ず。あの人の詊合の芋方、そんな気がする」

 キッチンカヌでコヌヒヌを二぀買い、スタンドに戻る。コヌトではダブルスの緎習が行われおいる。しばらく二人で目の前の緎習を芋おいた。
 男性が口を開く。
「君は随分テニスに詳しそうだが、コヌチか䜕かなのか」
「昔、やっおいたした」
 それだけを答えた。男性は少しの間僕を芋おいた。そしお聞いた。
「テニスで重芁なのは䜕かな」
「それは勝぀ために、ずいうこずですか」
「たあそうだな。それだず的が絞れないな。身長が高い方です、足が速いほうです、だず元も子もない。なら、技術ず䜓力は同じレベルだずしたらどうだ」
 䞍思議な蚭定だが、即答した。
「盞手をどれだけ芋るこずができるか、そしおそれを生かせるかどうか」
 男性は僕を芋ながら「そうか」ず蚀った。

 緎習をしおいた遞手たちが匕き䞊げ、目の前のコヌトには誰もいない。次の詊合が始たるたで二十分ほどある。亜玀の匕退詊合に顔を出したこずでここでの甚事は終わったが、この男性に興味を持った。

「すたんが、ここでタバコ吞わせおくれ。私が颚䞋のそちらに行こう。いいかな」
 敷地内犁煙だが、呚りに誰もいない。誰にも迷惑をかけない。どうぞ、ず蚀い堎所を移動した。ハむラむトの青いパッケヌゞを出し吞う。
「さっき嚘の話をしただろ。話を聞くのが䞊手い嚘。医者にさせたかった。向いおいるず思った。ただ、私もそうだがそんなに勉匷が出来る方ではない。だから勉匷させた。そしたら小孊生四幎ぐらいか、テニスがやりたいっお蚀い出した。勉匷するのに邪魔だず思ったが、劻も運動も倧事、ず蚀うからやらせた。そしたら倢䞭になっおな。勉匷も頑匵っおいるんだが時間が足りない。䞭孊にあがるず曎にそうなった。私立䞭孊で皋々の進孊校、成瞟はかろうじおクラスで10番ぐらい。それじゃ駄目なんだ」

 男性はハむラむトを1本吞い終わる。携垯灰皿に吞殻をもみ消す。青いパッケヌゞを出しそれを眺めながら続けた。
「嚘のテニスは芋たこずが無い。テニス自䜓よく知らない。クリニックを少し倧きくした。有床にした。ベッド数は19床だ。個人の病院っおや぀は倧抵院長ずか理事長が䞀番受け持ちの患者が倚い。他の勀務医の負担を枛らすためにな。䜕日も泊たり蟌むこずがたくさんあった。い぀の間にか嚘は高校生になっおいた。おたけにテニスでむンタヌハむたで出た。さすがに囜公立の医孊郚は無理だ。それでも私立の医孊郚でも入っお、うちのクリニックに来おくれればそれで良かった」

 男性は県鏡を倖し、片手で目頭を匷く抑えながら話を続けた。
「運動生理孊をやりたいっお蚀い始めた。医孊郚の範疇ではない。参ったよ。医者になるのに私がどれだけ倧倉な苊劎をしたか、その苊劎をしないで医者になれるずいうのに。人の話を䞁寧に聞くいい医者になれるはずなんだ。でもたあ、しょうがない。ちょっず枠に収たらない子なんだ。䞭孊生の時、近所の䞀人暮らしの老人たちに声を掛け、家たで連れお来おお茶䌚始めた。高校の時は孊校に行けない子ずか勉匷に遅れた子を集めお勉匷䌚だ。そしたら老人ず子どもたちは盞性がいい事に気が付いた。老人たちは人生経隓が豊かだ。職人だった者もいるし、先生だった者もいる。様々な経隓から子どもたちに教えるこずが出来る。そしお関係性だ。孊校や家庭の様に匷い絆ではない。䞭途半端に緩い関係で぀ながっおいる。これが䞀番いいんだ。他者を匷制するこずがお互いない。それを嚘を含めた2,3人の女子高校生が仕切るんだよ。劻も私も぀いおいくのがやっずだ。家に垰ったらじじいずばばあ、それにガキども、合わせお15人ぐらいいるんだぞ。玄関がガキどもずゞゞババの靎で埋たっおいるんだ。知っおるか 子どもの靎っおや぀はものすごい匂いだぞ、それが積み重なっお山になっおいるんだ」
 僕は少し笑った。想像するだけで楜しい。
「麊茶ずかお菓子の消費があり埗ない。箱買いだ。もう自分のやりたいようにやればいいず思ったさ。嚘を医者にするのは諊めた。テニスは倧孊でも続けおいい成瞟䞊げたらしい。もちろん私は芋おいない。時間がなかった。孊生なのに海倖にも出お、時折勝ったらしい。海倖にテニスで遠埁する぀いでに珟地でボランティアしたりしおた。あい぀のFacebookずかずんでもないこずになっおいたよ。少し気になったのは海倖での人ずの接し方が日本にいる時ず同じ様な感じだった。海倖の文化の違いによる、女性ぞの扱いずか治安ずかだな。オヌプンで䜕事も受け入れやすい子だから。そしお、卒業したらいきなり結婚した」

 たたハむラむトを取り出した。颚が匷く、100円ラむタヌの炎では火が付かない。
「いきなりだ。いきなり。就職先がヘルスケア事業を扱うスタヌトアップ䌁業。そこの瀟長ずいきなり結婚した。驚いたけど本人がそう蚀うんだからしょうがない。今たで党郚自分で決めお来たんだからな。圌女の人生だから祝うさ。でも違和感があったんだよ。その結婚」

 向こうからキッチンカヌのスタッフの男の子がポットを持っお来た。コヌヒヌのお代わりを入れおくれた。
「こんなこずしたら赀字だろ」
「そうでもないんですよ、お客さんもスタッフや孊生も今日はたくさんいたしたし。もう䞊がるのでこのコヌヒヌ無駄にしおしたうから」
「でも申し蚳ないから払いたすよ」ず僕は蚀った。
「なら、私は明日も来るから明日も買うよ。飲めるだけな。明日も出店するんだろ」
 男性が蚀う。
 明日も テニスを知らない人が明日もここに来る。思わず男性を凝芖した。さっきからの様子を芋るず䜕か意思を持っおここにきおいる気がする。決しお散歩ではない。この人は誰なんだ。

 枩かいコヌヒヌを手にし、男性は話を続ける。
「違和感は盞手の男だ。話は䞊手い。人を魅了するっおこずはこういう事かず。どんどん奎が自分の䞭に無条件で入り蟌んでくる。話がおもしろい。仕草も䞁寧で矎しい。劻なんおもうぞっこんだ。しかし僅かだが話にほころびがあるような気がする。でも、たあ、人の話なんお倧抵ほころびがあるから流した」

 男性はクラブハりスの方向を芋ながら倧きく息を぀いお続けた。
「でもほころびだけじゃない、巧劙に誘導する䜕かがある。自分の倱敗談は話す。呚りを和たせるような。そしお人の話を芪身になっお聎く。ずおも感じがいい。それが䜕か蚈画された様な気がするんだ。廻り回っお自分の印象を䞊げおいる。関係性の利益を確保するっお蚀えばいいのか。そしお奎は本圓の己を晒しおいない。人間関係っおお互い自分をある皋床晒しお䜜り䞊げるものだろ。そうじゃないんだ。奎は嚘や劻や私を消費しおいる。そんな思いに捕らわれた。しかし䜕せ具䜓的な話はないし、出来ない。今のずころ䜕もない。私だけが違和感を抱えたたたさ」
 男性は煙草に火を付けるのを諊め、ハむラむトの氎色のパッケヌゞをもおあそぶ。

「そうしたら、嚘が䌚瀟やめるっお蚀う。やめおどうすんだっお聞いたら家庭に入るっお。あんなに奔攟に生きおきた子が家庭に入るっおどうなんだよ。さっぱりわからん。聞くず、奎の意向らしい。家庭を守っおくれず。家庭を守るも䜕も、子どもはいないし䜕を守るんだよ。うちは劻も医者でそれも小児科医だ。だから倧倉だった。医垫が少ない時には二人ずもなかなか家に垰れない。そんな時はさすがに家庭を守る誰かが欲しいず思ったがな」
 
 倧䌚本郚からアナりンスがある。詊合に入る時間が少し遅くなるずのこずだ。颚が匷く吹く。地面の埃が舞い䞊がる。コヌヒヌをすすりながら男性が蚀った。
「こんな話、聞いおおおもしろくないだろ」
「そんなこずないのですが、僕なんかに話しおいいんですか」
「正盎蚀うず、知らない人間にこんな事話すず私も思わなかった」
 男性は僕を芋お少しだけ埮笑んだ。そしお続けた。
「嚘が俺たちに䌚わなくなったんだ」
「䜕ですか」
「わからなかった。スマホの電話にでない、固定電話からも連絡぀かない。メヌルしおも返信がない。LINEは最初は既読が぀いおた。でもじきに既読も぀かなくなった。嚘の以前の職堎の人や孊生時代の友人にも連絡を取るように頌んだ。でも無理だ。その旊那に聞くわけだよ、うちの嚘ず連絡が取れないんですがっお。間抜けな質問だよな」
「そい぀が蚀うんだ。劻は今䜓調を厩しお静逊䞭なんです、静かにしおやっおください。䜕蚀っおるんだよな、その劻の䞡芪は医者で小さいながらもクリニック経営しおるんだぞ、圓たり前だが嚘のカルテもある。それ蚀ったら信頌のおける倧孊病院の先生にお願いしおいたすっおな、腹立぀だろ」
 男性は腹が立぀ず蚀いながら、その蟺に煙草を買いに行くぐらいの涌し気な目をしおいる。

「こっちは医者なんだから䌚わせろっおいうが、そい぀は穏やかな顔で「今、䞀番倧事な時なのです」ずか蚀う。䜕が倧事な時なんだよ、䜓調を厩しお倧事な時っお、そりゃ危険な時ずかだろ。劻は譊察に、ず蚀うが事件性の様なものは䜕もない。旊那は健圚、その旊那が倧䞈倫だっお蚀う。物蚌もない。でも譊察に盞談はした。芪身になっおくれた。でもそれだけだ。近蟺をパトロヌルする際は泚意したす、䜕かあったら連絡しおください」
 ラむタヌの炎がタバコをずらえお煙が䞊がる。ハむラむトのパッケヌゞを胞のポケットにしたった。

「結局4か月も連絡が取れなくなった。仕事どころじゃない。ずりあえず䌑院にした。劻が蚀う、あの人の身蟺調査しようっお。嚘があい぀を連れお来た時は身蟺調査なんお思いもしなかった。知り合いからよい興信所を玹介しおもらった。結果、たっさらだった。真っ癜じゃない、たっさら。䜕もない。䜕も出おこない。結婚の時に挚拶したご䞡芪、芪戚から始たっお出身地から出身校、孊歎、前職。たっさら。驚いたよ。あのご䞡芪は䜕だったのかずか。もしかしたら党郚嘘なのか」

「奎が経営しおいる䌚瀟に行ったんだ。そしたら瀟長はしばらくリモヌトワヌクずか蚀う。他の興信所にも頌んだけど同じ様にたっさら。嚘が監犁されおるんじゃないかっお考えた。そんなこず考え始めたら、嚘が暗い光のない所に䞀人でいる絵が浮かんでしょうがなくなっちたった。䜓が勝手に二人の䜏むマンションたで行っおた。やけにセキュリティが匷いずころでよ、24時間譊備員、昌間はコンシェルゞュだぜ カヌドキヌがないず゚レベヌタヌ乗れないし。しょうがないから同じぐらいの幎の男にマンション前で頌み蟌んだ。嚘がいるんだけど4ヶ月このマンションから連絡が取れない、䞀緒に行っおくれないかっお。最初は蚝しんでいたけど俺必死だったからな。名刺出したら連れおっおくれた、嚘の郚屋の前たで。呌び鈎鳎らしお、ノックしお。反応ないんだ。ずっず鳎らし続けた。奎が出おきおな、䜕しおるんですかっお。ものすごい柔らかい笑顔で。「ゞョヌカヌ」っお映画あるだろ。アヌサヌ・フレックがやったゞョヌカヌ。あの笑顔っお誰も受け入れない笑顔だろ。その500倍ぐらい掗緎された笑顔。でも誰も受け入れない笑顔。嚘を返しおくれっお蚀ったが、笑顔で気分がすぐれないようですから、っお蚀うだけだ」
 ハむラむトの煙が桜の朚に向かう。僕は姿勢を盎した。

「譊察を呌ばれおしたった。知らなかったが廊䞋だろうが芁求を受けお立ち去らなかったら䞍法䟵入らしい。危なく逮捕されるずころだった。ただ、今考えれば逮捕されお事件ずしお譊察の介入をするような流れを䜜っおも良かった」
「嚘さんは」思わず口を挟んだ。
「嘘っお぀くか」
 唐突な答えが返っおくる。
「嘘っお、あの嘘ですか」
「そう、事実ず違う事を蚀う」
「たあ、぀かない人はいないず思いたすけど」
「それっおどんな嘘だ」
 少し考えた。
「そうですね、遅刻の蚀い蚳ずか、女の子に聞かれお䌌合っおいないのに䌌合っおる、ずかいうや぀ですかね」
 男性は少し笑っお蚀った。「それであればいいんだよ」
「君が蚀ったのは自分を取り繕う嘘だ。それぐらいなら害はないし、やりすぎおも自分が困るだけだ。この䞖には嘘を぀くこずで盞手をコントロヌルする奎がいる」
「虚蚀癖ずかですか」
「虚蚀癖ずはちょっず違う。虚蚀癖は呚りに構っお欲しいんだ。嘘を぀いた自芚がなく悪気もない。぀じ぀たが合わなくおも気にしない。自分が可愛く、自己正圓化したい。そしお呚囲は真に受けおしたう。タヌゲットになった他人がずんでもない被害を受ける」
 亜玀を思い出した。
「奎は違った。その嘘は簡単にはわからない。でも党郚嘘だ。ヘルスケアを扱う䌁業の瀟長ず蚀うのは本圓だ。でも実務をしおいない。现かい所は分からないが、起業の時にうたく入り蟌んで噓を䞊べお瀟長になったのだろう。呚りはうたい具合に䞞め蟌たれた。結構いるんだ、柔らかい笑顔で䞀芋筋道通った雰囲気を䜜る。結果、党郚自分の思う通りにするのが。身近だずママ友グルヌプで仕切るのがそんなのが倚い。あれ、雰囲気に流れるだろ。そこに现かく粟密な噓をちりばめるずスタヌトアップ䌁業の瀟長になれる。雰囲気ず哲孊らしい栌蚀、そしお自分を高みに䞊げるために人の非を指摘する。奎の目的は自分の蚀いなりになる人間を1人か2人䜜るこずだ。それがあい぀のアむデンティティなのかもしれない。宗教の様な倧げさなものではないんだ」
 たあ、䞀応おれも粟神科医なんだよな、ず男性は少し笑っお蚀う。

「興信所をいく぀か䜿っお以前の行いが薄っすらずだが぀かめた。奎ず䞀緒にいた人間がい぀の間にかいなくなっおいる。事業を立ち䞊げたパヌトナヌ、同棲しおいた女性、スノヌボヌドのサヌクルで仲が良かった男性。この3人が消えたこずが分かったが、消えたこずず奎ずが぀ながる確蚌がない。そしお奎ず嚘の居堎所が分からなくなった。譊察に届けたがあんなもの圹に立たない。ありずあらゆる手段で探したよ。興信所から探偵から。俺も奎が写っおいる写真の背景を頌りにその堎に足を運んだ。でも䜕もわからない。おたけにその写真の背景は合成だった。劻は倒れるし、金は底を぀くし、八方塞がりだ」

「ここたで話しお䜕だが、こんな話喋っおおいいのか」ず蚀う。
 僕はかすれた声で、是非、お願いしたす、ず答えた。

「半幎埌の深倜、譊察から電話があった。亀通事故で嚘が搬送されおいるず来たよ。あの時ほど慌おた事はなかった。車で向かうがなぜか嚘が眮いおいった氎色の可愛らしい軜自動車で劻ず300㎞ぐらい離れた病院行ったんだ。運転が楜なそこそこ倧きい俺の車があるのにな」
 次の詊合が始たるアナりンスが流れ、男性はハむラむトを胞のポケットにしたう。
「呜はなんずか助かった。脊髄損傷。損傷箇所は胞怎の7番。それでも消えおしたったず思っおいた嚘が戻っお来た。こういっちゃ䜕だが怪我なんかどうでもいい。生きおこそだ。死んで花実が咲くものか、だ。しかし奎はいない。䞍安になった。なので嚘がいた郚屋を譊察立ち䌚いで螏み蟌んだ。いなかった。少し回埩した嚘に䜕があったのか聞いた。最初は順番がばらばらでよくわからんかったが」

 䞀息぀いお男性が蚀う。「詊合はただ始たらないな」
「そうですね、あず15分ぐらいですかね」
「ただ続けおいいかな」
 僕は頷く。
「今から蚀う3぀のものから遞んでくれ」
「え」
「たあいいから。で、私は今からメモを曞く。4぀質問をするが、メモに君が最埌に遞ぶものをあらかじめ曞いおおこう」
 男性はレシヌトの裏に䜕か曞いた。
「今から蚀うものを君の意思で遞んでくれ『ゞュヌス、塩、ゞャム』」
「ゞャム、です」
「次はそれに関係するものを遞んで。りんご、海氎、カレヌ」
「りんご」
「次も。電池、赀い、蟛い」
「赀い」
「パ゜コン、地球、ずうがらし」
「ずうがらし」
 男性はレシヌトの裏を僕に芋せた。ずうがらし。
「凄いですね、䜕かの手品ですか」
「違う。君は自分の意思でゞャムを遞んだ。それが故に自分の意思が最埌のずうがらしにたどり着いたず思っおいるはずだ。違う。簡単な仕掛けだがマむンドコントロヌルの技術だ。最初の『ゞュヌス、塩、ゞャム』どれを遞んでも『ずうがらし』に行き぀く。やっおみるずわかる。でも君は自分の意思でたどり着いたず思いこんだ。これを巧劙か぀粟密にやるず人を操るこずができる。さっきの詊合で小柄の男が盞手を巧劙にコントロヌルしお勝った。それはテニスの詊合の話だ。それを人栌たで掌握しお手に入れる。占い垫に颚俗で働かされお1億貢いだ女性がいる。マむンドコントロヌルや掗脳っお倧々的な宗教だけじゃないんだ。嚘はそんなこずをされた。わからなかったのがマむンドコントロヌルをした埌の目的だ。さっき話した占い垫は金だ。奎は嚘を郚屋に閉じ蟌めた。倧孊の同期の教授が蚀うにはそれだけが目的の奎がいるらしい。そい぀に話を聞きに行くず、そんなのがこの䞖に結構いる。他人を培底的にコントロヌルするだけで満足だ。それで飜きたらどこかにやっおしたう。おもちゃの様にな」

 䞀぀疑問がわいた。この様な話の䞭で聞くのは普通躊躇するはずだ。しかし僕はためらいなく聞いおいた。
「さっきお聞きしたしたが、お嬢さんは孊生の時から様々な䜓隓をされおいたすよね。高霢者や子どもたちを集めたり、海倖にツアヌに行っお珟地でボランティア掻動をされおいたり。そんな䜓隓はお嬢さんの幅の様なものを広げ、匷くしたず思うのですが」
「君の蚀うずおりだ。嚘は埗難い䜓隓を数倚くした。劻も私も嚘ず話すのは楜しかった。幌少の頃にもう少し時間が䜜れればよかったずさえ思った。ダむアログっおわかるか」
 僕は銖を暪にふった。
「ダむアログずいうのは簡単に蚀うずお互いの理解を深めるためのコミュニケヌションだ。ギリシャ語が語源で diaずlogos、通わすず蚀葉。ダむアログ。その堎で結論を導き出すディスカッションではない。お互いの新しい土台を生み出すものだ。これが出来る者は少ない。倧抵自分のこずをべらべら喋っお終わりだ。ダむアログに秀でおいる者は盞手の話を単に聞くだけではない。自分の持っおいるものを盞手に提瀺し柔らかい化孊反応を起こす。嚘は生たれながらそれが出来た。しかし、プロではなかった。盞手に寄り添いすぎるずころがあった。近所の子どもたちや高霢者を集めた際に、䞀幎に䞀床ぐらいは子どもを逊子にしたいず蚀い、知り合った高霢者の看取りにたで螏み蟌もうずした。そこに奎が付け蟌む隙があった。奎ずしおは嚘が様々な経隓をしおいる、ハヌドルが高いタヌゲットだった。それを狩るのが楜しみだったのかもしれない」

 通りの向こうから誰かのクラクションが聞こえ、その音に驚き䜕矜かの知らない鳥が飛び立った。

「嚘さんはどうやっお出られたんですか」
「それは郚屋からか、コントロヌルからか」
「どちらも、ですかね」
 男性はハむラむトをもう䞀本取り出し、火を぀けた。
「郚屋にはスマヌトフォンからテレビからPC、情報を埗られるものは䜕もなかった。刀断の参考になるものが䜕もない。みんな自分䞀人で刀断しおいる぀もりだが、自分に䞎えられた情報の蓄積で刀断しおいる。その蓄積をさっきのずうがらしのようなコントロヌルで奎がれロに戻す。その埌は奎に郜合のいいものだけを流し蟌む。暎力や暎蚀を䜿っお恐怖を䞎え、䞊䞋関係を䜜る。嚘が監犁されたあの郚屋にあったのは倧きなディプレむだけだった。プレむダヌが繋がっおいたから再生しおみた。環境音楜ず景色が延々ず流れる映像。それだけ。毎日そんなものを眺めお、奎から恐怖ず安心を受けおいた蚳だな。で、そこからある拍子で倖に出た」
「拍子」
 僕の口から勝手に蚀葉が出おいた。

「回埩した嚘が蚀う。奎がいない時に䜕の疑問も持たずに倧きなテレビに流れる映像をい぀ものように芋おいた。そしたら倖囜の田舎の鬱蒌ずした森の䞭にある氎車小屋が出お来た。氎車は䞀定のリズムで廻る。芋おいたら胞が有り埗ないぐらいに高鳎っお、初めおリモコンを觊り、氎車の堎面に戻した。今たでリモコンを觊ったこずが無かった。蚱しを埗なければならなかったし、その蚱しを埗ようずするずひどく怒られた。でもリモコンで戻しお䜕十回も芋た」
 僕の䞭の䜕かを叩くような動悞がする。
「わかるだろう、君が今、手にしおいる本。クラバヌト。あれはドむツの氎車小屋を舞台にした物語だ。千ず千尋の神隠しのモチヌフになった物語だ。嚘は子どもの頃からそれが奜きで、最初に買ったのをボロボロにしお1冊買い足した。私が君の暪に思わず座っおこんな話をしたのも、その本が目に入ったからだ。蚀いなりの人圢になっおいた嚘が、氎車小屋の映像で圌女の䞭からクラバヌトが掘り起こされたんだ。氎車はリズムを䜜るだろ。ヒヌリングの映像でリズムを刻むものは少ない。氎車のリズムが嚘を匕き䞊げたのかもしれない。それで立ち䞊がる事が出来た。しかし、ただ倖には出れない」
 
 緊匵感で口の䞭の氎分がどこかに吹き飛ばされた。

「嚘がいたのは築50幎以䞊の公団䜏宅だ。築50幎の公団䜏宅ずなるずオむルショック前に建おられた。コストダりンはされおいない。壁や柱は分厚い。だから郚屋の䞭で䜕が起きおいるかを把握するのはその蟺のマンションより難しい。その蟺も蚈算されたものだったのだろう。䞀぀だけ難点がある。ドアだ。あの頃の公団䜏宅のドアは鉄補だ。䞀枚の鉄板をプレスしただけ。音が響きやすい。だから奎が加工をしおいた」  
 男性は口を開けずに倧きく息を぀いた。
「今でもそのドアを思い出すず、胞が朰されそうになる。あれはドアではない。ドアのふりをした闇だ」

「鉄補のドアに防音ず遮熱の塗料が䜕重にも塗られおいる。そしお朚材ず断熱材。そしお吞音材。スタゞオずかにあるや぀だ。隙間には分厚いパッキン。元のドアの圱も圢もない。あれは民家のドアの厚みじゃない。銀行の金庫みたいな厚みだ。嚘が倖に出るにはその狂気じみたドアを開けなければならない。さらにおぞたしい事に倖からも鍵がかけおある。鍵っおいうのは普通倖から䞭に入れない様に付ける。しかしそのドアはそれに加えお倖にも鍵がある。䞭から倖に出るこずが出来ない様にしおある。監犁そのものだ。嚘は氎車小屋の力を借りお、初めお自分でドアたでたどり着いた。するず䞋駄箱の䞊に鍵が本䞊んでいる。その鍵には塗料が塗っおある。赀ず癜ず青。爪で剥がそうずすれば簡単に取れおしたう。叀い柱に塗られた塗料っおわかるか かさぶたの様に觊るずパラパラ取れるや぀あるだろ。そんな感じだ。鍵を差し蟌むずその塗料は剝がれおしたう。぀たりその塗料の目的は鍵を差し蟌んだら、どの鍵で倖に出ようずしたか、分かっおしたう。おたけにドアノブにはこれ芋よがしに癜い粉末が塗られおいる。觊るず跡が付いおしたう。ドアノブを握るこずができるかどうかの螏み絵だ」

「この時点で嚘はただ自分を取り囲む状況を正確に理解しおいない。それでも鍵を差し蟌み、倱敗するず犍々しいものが自分に降りかかるず思ったらしい。それはあの男ぞの裏切りだからな。あい぀は盞手の生殺䞎奪を握っお、高芋からのゲヌム芋物だ。党胜感を味わいたいのだろう。厄介な話だ」
 男性は芖線を遠くに残したたた、僕に問いかけた。
「君ならどうする」
 僕は嚘さんが遞んだ行動がわかった。そしお僕がこの堎にいるのは䜕かに導かれた様な気がしはじめた。
 男性はカップの底に残った冷めたコヌヒヌを飲み干す。
「冷めおもうたいコヌヒヌこそ、本圓に矎味しいコヌヒヌだず思う」
 少しため息を぀いお男性は蚀う。でもそのため息の䞭には安堵の様な優しい光が差し蟌んでいる。
「君はもう分かっおいるな。嚘は鍵を遞ばなかった。䞉本の鍵のどれも遞ばなかった。鍵を䜿わずにドアノブを廻した。ドアは開いた」

「䞉本の鍵は男が甚意した遞択肢だ。恐らくだが、その鍵を䜿うずドアは開かなくなる。鍵を䜿わずドアノブを廻すず開く。䞉本の鍵はあい぀の息がかかっおいる。それを遞ぶわけにはいかない。その男の範疇を超えなければならない。鍵を䜿わない遞択をしたから、嚘は開攟されたのだろう。それは嚘が男のゲヌムに勝ったからだ。勝手な想像だが、あい぀はゲヌムをクリアされお笑みを浮かべおいただろう。奎にずっおその皋床の話だ。そしお嚘はふらふら車道に出おトラックにひかれた」

 僕はわかった。圌女が抜け出る事が出来た理由。幌い頃から倚様な人々の話を聞き、察話をした。倚くの人々ず䜜り出した䜕かが圌女の土台になったのだ。

 少し匷い颚が目の前の誰もいないコヌトに桜の花びらを運んだ。その颚はこの春、䞀番心地よい颚だった。
「嚘はよく蚀う。あの二぀の物語は倧きな呪瞛の手のひら䞊から、自分の力で自分を解き攟぀話だっおな」
 
 䌚堎のアナりンスが次の詊合の開始を告げる。
 遞手が2人、車いすで入っおくる。
 唐突に暪の男性が立ち䞊がり、地の果おたで通るような声で咆哮した。その声は䜕かを取り戻そうずする声だった。
「聡矎 頑匵れ な、頑匵れ、倧䞈倫だ、安心しお、頑匵れ」
 聡矎ず蚀われた車いすの遞手が笑いながら男性に手を振る。
「倧䞈倫だ、䜕も心配するこずない、倧䞈倫だ」
 呚りの客が男性を芋る。審刀も線審も芋る。
「ここにいる圌がな 倧事なこずは盞手を芋るこずだず 蚀っおいるぞ 倧䞈倫だ ここの圌はな、今クラバヌトを持っおいる 解き攟぀話だぞ」
 暪の男性は僕のクラバヌトを持っおいる手を持ち高々ず䞊げた。聡矎さんは僕らに倧きくラケットを振った。

 聡矎さんは巧みなチェアワヌクず柔らかいタッチ、そしおむンスピレヌション溢れる創造的なテニスで盞手を寄せ付けず、2回戊に進出した。聡矎さんはこれがツアヌ初参戊だったがその勢いで最終日たで残り、優勝した。
 その埌、聡矎さんは海倖ツアヌに出ようずしたが、資金が足らない。僕が前から目を぀けおいた小さなバむオテクノロゞヌの䌚瀟ず補薬䌚瀟の株で圌らの資金を捻出した。
 僕は䌚瀟を蟞め、聡矎さんのツアヌコヌチに就くこずになった。桜は灰色から少し朱を垯びお芋えるようになった。
 
 聡矎さんのお父さんがハむラむトを手にしお蚀った。
「ハむラむト、hi-liteの俗語は「陜の圓たる堎所」っお蚀うんだぞ」

了






2022/4に発衚したものに、倧幅な加筆修正を行いたした。


いいなず思ったら応揎しよう

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