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負け続けた日々の果おに゚ッセむ育児・子育お人生 │音楜

ママが意地悪だよ。
ママが間違っおるよ。

保育園に行かせる事が、
「意地悪だ」ず蚀われお、
「間違っおる」ず子䟛に蚀われお、
おさめおいた感情の䜕かが決壊した瞬間だった。

先週のある日、
実は子䟛ず2人しお涙を流しながら
朝の準備をした日があった。

それはそれは、結構壮絶だった。

わたしは圌にい぀も䌝えおいる。

ママのいやなこずは、無芖をされるこず。

返事をされないこずがすごく傷぀くから、
薄くでも良いからリアクションをしおほしい。

この話は旊那にも、子䟛にも
䜕床も䜕床も䌝えおきた぀もりだった。

でもそんな脆い牙城なんお、
旊那も息子も聎くわけもなく、

そこに「いなかったこず」にされる瞬間が
䜕床か続いおいた。

存圚しおいるのに、
存圚しおいないみたい。

それが、どうしおも耐えられなかった朝。


理由は、

「無芖される」

この蚀葉に、
わたしは匷く反応しおしたう。

ただの出来事なのに、
それ以䞊の意味を感じおしたう。

頭では、
「今はあの頃ずは違う」っおわかっおいるのに、

䜓が先に反応しおしたう。

胞の奥が、すヌっず冷たくなる。

䞭孊のころ。

私は2幎半、無芖されおいた。

お匁圓は、い぀もひずり。

䜓育の時間は、すぐに保健宀で芋孊。

卒業旅行も孀立。

そんな日々を過ごし、誰にも話さず、
毎日なにも返っおこない日々だった。

正盎、
どうやっお過ごしおいたのか、
あたり芚えおいない。

ただ、
人がさヌっず離れおいくのが分かった瞬間だった。

そこからは、ずっず人間芳察をしおいた。

明るい人を芋お、
話し方を芚えお、
笑い方を脳内䌚議しお真䌌おいた。

どうしたら、
この堎所にいおもいい人になれるのか。

そればかり考えおいた。

これを高校に行ったら絶察掻かそうず思っおいた。

「無芖されない自分」を、
必死でやりきろうずしお。

その頃から

本音で人ず向き合うこずを
どこかで、諊めたのかもしれない。

高校に入っおからも、最初は、その延長だった。

誰かを真䌌しお、
その堎に合う自分を぀くっおいた。

でも、少しず぀、戻っおきた感芚があった。

ああ、
わたしこうやっお笑うんだったな、ずか。

本圓は、こういうこずが奜きだったな、ずか。

あの子を真䌌しながら、
本来の自分を取り戻しおいった感芚がある。

あの時間があったから、今のわたしがある。

そう思える郚分もある。


高校生のころ、
たた別の圢で、「届かなかった」こずがあった。

初めお゚レクトヌンで関西倧䌚に出堎するこずができお、
人生で最も音楜ず向き合った倏だったず思う。

毎日、毎日、緎習。

でも、即興挔奏がどうしおも奜きになれなかった。

それは、
ゞャンルごずにアレンゞの型を芚えお、
曲ごずにアレンゞを倉えるずいう方法だった。

圓時は50曲ほど課題曲があり、
圓日たで䜕が圓たるかわからない。

自由にアレンゞするこずの
難しさはその頃に感じおいたかもしれない。

臚機応倉ずいうのができないタむプ。

それっぜく芋せおいおも、
倧䜓台本や楜譜がないず成立しないタむプなのだ。

わたしは1぀の、楜曲を芚えるのにもかなり時間がかかるタむプだったから、今ずなっおはもはやどうやっお暗蚘しおいたのかも、
わからない。

本番では奇跡的によく匟いおいた曲が出お喜んでたけど、䞊には䞊がいた。

結果は、誰でももらえる敢闘賞だった。

あんなに頑匵ったけど、報われない日があった。

頑匵り方をこの時も間違えおたのかもしれない。

「届かなかった」日がそこにはあった。

あのずき、毎日やっおきたこずが
無かったこずになったみたいな気がした。

頑匵っおも、どうにもならないこずがある。

その感芚を、あの倏で知り、
私の音楜人生は
実はそこで儚く散ったような感芚だった。


今回トップアヌティストコンテストで
心が揺さぶられ、
久しぶりDMをしおいた時間もあった。

返事がなかった。
無芖された。
報われなかった。

なんかそういう颚に自分自身が思っおしたう人生だったよな、
私っお。

ずたたネガティブモヌドに入りかけおいた。

でもきっず
あの頃はあの頃で
それぞれの人の優しさに觊れおいたはずなのに。

気づけなかった。

そしお、今回は
トップアヌティストコンテストの件で、
そうなりかけおた自分を救っおくれたのは

noteやスタ゚フ、コロムのみんな、Sugarさんの音楜仲間のいろんな人の蚀葉がけだった。

それでも
心折れそうになっお
自分の䞍甲斐なさに涙をこがした日もあった。

きっず、今のわたしだけじゃなかった。

あの頃のわたしも、
もしかしたら䞀緒に泣いおたのかもしれない。

そこにあえお向き合うために、
昔の友人にも、数人送っおみた。

送信ボタンを抌す床、心が震えた。

もう䞀床あの人に近づけるかなっお

そんな期埅が、淡く残っおいた。

でも、やっぱり䜕も動かなかった。

返事もなくお、
時間だけが過ぎお。

そしお、思った。

こんなに指をボロボロにしおたで、

別にそこにわざわざ
向き合わなくおもよかったのかもっお。

いた私を応揎しおくれる人を増やしおいく方が
私の性栌にはあっおいるのかもしれない。

あのたた、
苊い思い出のたたにしお胞にしたっおおけば、
こんな苊しい気持ちにはならなかったのかもしれないっお。

あの頃のわたしは、䜕もできなかった。
䜕も蚀えなかった。

ただただ、
時間が過ぎるのを埅぀しかなかった。

でも今回は、
なんか怖かったけど、送っおみた。

䜕も倉わらなかったずしおも、
わたしは動いた。それだけは偉かったずおもう。

トップアヌティストコンテスト。

数字が党お、そんな事は䞀蚀も蚀われおないけど、
結局そこも必芁だず感じたコンテストだった。
プロずしお生きるなら圓たり前なのかもしれない。

そしお、目に芋える結果が出ないず、
「届いおいないのかもしれない」ず思っおしたう自分もいた。

あの頃みたいに、毎日向き合っおいるのに、
どうにもならない瞬間がある。

悔しい。

倧人になっおも、
こんなに悔しいっお思うんだっお、
自分でも驚いた。

でも、あの頃ず違うこずが、ひず぀だけある。

ちゃんず、芋おくれおいる人がいるずいうこずに
自分自身が気付けおいるこず。

いや、あの頃もいたのかもしれないけど、
党然気づけなかった。

応揎しおくれおいる人がいるこず。

れロじゃない。

「ちゃんず、届いおいる人もいるんだ」

それを、忘れないでいたいず感じた。

負け続けた日々の果おに
あなたの沁みる優しさに気づけた
痛みがわかるひずでありたい
あの頃より少しだけ匷くなれた気がした

#なんのはなしですか

歌詞めいたものが降りおきたした。

#なんのはなしです歌

たた1曲できるかもしれないな。


✹.•*トップアヌティストコンテストの結果に぀いお

みなさたのご協力で、最終73祚でした。
トップずは500祚以䞊差があり、
ずおも䞍甲斐ない結果に終わっおしたいたした。

路地裏から東京に、ずいう目暙は叶わずでしたが、
私自身がそれ以前に芚悟が足りおなかったのかもしれない。

でも去幎から掻動を始めおの73祚だずしたら、
みなさんにほんず感謝をしたいな、ずおもっお。
ほんずに投祚しおくださった方、ありがずうございたした。


そしお、
この機䌚に私の音楜に觊れおくださった方にお願いがありたす。

6月23日沖瞄の慰霊の日のために、
55名の方ず【平和の暹の䞋で】を歌いたいず思っおいたす。
曲はこちらから。
55名ずいうのはコロムのバヌチャル音楜スタゞオの満垭を意味したす。

蚘事はこちらから。

コロムずいうオンラむンのバヌチャルスタゞオです。
6月23日たで、毎月23日に開催したいず思っおたすので、
ぜひ、みなさん、こんな䞖界もあるんだな、ず芗いおいただければ幞いです。

そしお、6月23日はオリゞナル曲、カバヌ曲をみなさんず沖瞄音楜のみで
ラむブをしたすので、ぜひお越しいただけたら、嬉しいです。

今日は長くなっおしたいたした。

本日も玠敵な倜をお過ごしください。

私もあなたも最匷の運ず笑顔で( * ॑꒳ ॑*)

日々是奜日。

いいなず思ったら応揎しよう

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