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七夕🎋と連れ合い

7月7日は七夕🎋。連れ合いに対して、自分の愛情をより高めるメソッドを開発。それは連れ合いのデジタル写真集を作ること。連れ合いとは学生時代からの付き合いなので、当時の写真も紙で残っていた。自宅のプリンター🖨️で、4枚同時にスキャンする。スキャンした画像を、iPadに送って4つに分解する。合計600枚が集まったので、iPadにアルバム化した。昔の写真なので解像度は低く、輪郭がややボーッとしている。以下、これは惚気ではない。ちなみに家族写真のSNS投稿は禁止🈲されているので、画像はChat-GTPによる作成。生き甲斐は「酒」「小動物への愛(鳥🦜亀🐢)」。

酒を愛する連れ合い🍺
鳥を愛する連れ合い🦜
亀を愛する連れ合い🐢


 学生時代に好きで好きでしょうがなかった後輩で、結婚できた時には天にも昇る気持ちだった。SPEEDの歌のように、独身時代には、次に会える機会ばかり気にしていた。写真を整理すると『なんて可愛かったのだろう』(今は歳相応に好ましい)。おまけにクリスチャンでもないのに、親しい牧師先生に結婚式の司式をしてもらった。その時に牧師先生に「新郎、 あなたはここにいる彼女を 病める時も 健やかなる時も 富める時も 貧しき時も 妻として愛し 敬い 慈しむ事を誓いますか? 新婦 あなたはここにいる夫を 病める時も 健やかなる時も 富める時も 貧しき時も 夫として愛し 敬い 慈しむ事を誓いますか?」と言われて、宣誓した時に崖から飛び降りる心境だった。子供も2人授かった幸せ。それなのに、結婚して十年も経つと、忙しい時に連れ合いの話しを、上の空で聴き流したり、面倒くさそうに返したりする。その時に連れ合いに「貴方は私が好きだから結婚しようと言ったのではないの?」と悲憤抗議されて、ハッと目が覚める。女房はだんだん伴侶と言うより母親化してくる。そして男性は出世や栄光など世俗に心を奪われて、手に入れた幸せに鈍感になる。
 ハッとした機会は一度ではない。親しかった大御所著者のところに出禁になった時も、妻の忠告を聞かなかった。問い合わせ電話のあった大手リサーチ企業を「貴方の仕事に関係あるような気がした」。「名簿メンテくらいだろう」と返したが、調査依頼された案件の緊急調査で、来訪までしてきた。勘がいいのである。自分も37年間サラリーマンを勤めて、その間に多くの人材を見てきたので、ある程度は人物鑑定ができる。英語もできるし、世界で活躍できたと思う。人当たりも、瞬間湯沸かし器な自分よりずっといい。酒も強いし、LANにも詳しい。『自分と男女逆だった方が良かったのでは?』と、よく思った。その方がよっぽど出世していたと思う。大学時代の先生が「人生には3つの大切なことがある」とゼミ生に説いた。そのうちの一つが職業、もう一つが伴侶とのことだった。もう一つは忘れてしまい、当時の級友に尋ねたら「思想・価値観」とのことだった。改めて先生の言葉を、実感として噛み締めている。

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