見出し画像

AIで計画経済が可能?GAFAM中毒の対策10年後の日本

「弱者は切り捨てなんですか」


そんな言葉を盾にして極端な主張をする人たちを目にして、「リベラルって一体何なんだろう」と戸惑うことがあります。

でも、改めてその言葉の本来の意味を紐解いてみると、それは決して「被害者のふりをして特権を要求すること」ではありません。

リベラルの本当の目的とは、「一部の人が有利になる不公平な社会構造を正し、誰もが同じスタートラインに立てるフェアなルールを作ること」なのです。

この「一部の者だけが有利になる不公平な構造」。

実はこれ、政治の世界だけでなく、今の私たちの身近な経済体制、特にデジタル社会の裏側にこそ当てはまると思いませんか。

「世界を繋ぐ」「自由で開かれた社会」という美しい理念を掲げながら、実際には一部の巨大IT企業だけが膨大な利益とデータを独占し、私たちを依存させる不公平なシステムを作り上げている。

利益だけを追い求めた結果、気候は崩壊の危機に瀕し、豊かなはずの社会で心の余裕が失われていることに、私は静かな怒りさえ感じているのです。

かつて中学校の教室で、希望に満ちた子どもたちの顔を毎日見つめてきたからこそ、彼らが生きる未来がこれ以上いびつになっていくのを見過ごせません。

今日は、そんな行き詰まりを感じる社会の奥底で、実は希望の種として芽吹きつつある「AIを使った新しい経済の仕組み」について、隣の席でお茶でも飲みながら、一緒に考えてみましょう。


AIと私たちが作る新しい経済の形

計画経済と聞くと、昔の歴史の授業で習ったような、自由のない暗くて窮屈な国を想像してしまうかもしれませんね。

でも、今の時代に語られ始めているのは、一部の権力者がすべてを決める冷たいシステムではなく、私たち全員の声をすくい上げる温かい仕組みなのです。

クラスのみんなで学級会のルールを決めるように、社会の資源をどう使うかを、私たち自身で選ぶことができたらどうでしょうか。

昔は難しかったそんな「みんなの意見の調整」も、今ではAIや圧倒的な計算能力を持つテクノロジーのおかげで、リアルタイムに叶うようになってきているのです。

無駄なものを作りすぎるのではなく、本当に必要な人に必要なものが届く優しい社会を、デジタルの力でデザインできる時代がやってきたのですよね。


巨大企業に握られた日常の裏側

実は、私たちが気づかないうちに、こうしたデジタルの計画はすでに日常生活の裏側で静かに進められています。

ネット通販でお買い物をするとき、画面の向こう側では、あなたの好みに合わせた商品が瞬時に並べられ、巨大な倉庫のロボットがあなたのために動き出しています。

それは確かに便利で魔法のような体験ですが、その膨大なデータと計画の力が、海の向こうの少数の巨大企業の利益のためだけに使われているとしたら、少し怖くありませんか。

私たちのささやかな欲望が巧みに刺激され、本当は必要のないものまで買わされてしまう仕組みは、どこか見えない糸で操られているような不気味さを感じます。

だからこそ、この素晴らしいテクノロジーの力を、一部の企業のためではなく、私たちの生活を守り、社会を良くするために、私たち自身の手に取り戻す必要があるのです。


デジタルを味方につけるための選択

「国にデータを管理されるのは怖い」と感じる方もいらっしゃると思いますが、正体のわからないアルゴリズムに生活を握られている今の状況も、十分に危ういものです。

海外に目を向ければ、台湾のようにデジタルを使って市民の声から直接ルールを作っていく、新しくて風通しの良い試みもすでに始まっています。

日本でも、海外のサービスに依存し続けるのではなく、みんなでルールを決めて安全に使える、私たち自身のデジタルの仕組みを育てていくことは十分に可能です。

地域の商店街で顔なじみのお店を応援するように、データという新しい時代のインフラも、私たちの手の届く範囲で、温もりのある形で運営していけるはずですよね。

そうした国内のプラットフォームを育てることが、結果的に日本独自の産業を守り、未来の子どもたちに新しい仕事の舞台を残すことにも繋がっていくのです。


命を守るための経済と優しい支え合い

そして今、世界中の資本が最も深刻な顔をして見つめているのが、待ったなしで迫り来る気候の危機です。

ヨーロッパやアメリカの政治の最前線では、この危機を乗り越えるために、国家単位での巨額の投資と産業の転換が、すでに本気の議論として交わされています。

お金を配って「あとは市場で好きに買ってください」と自己責任を押し付けるのではなく、医療や教育、そして毎日の食卓といった生きるための土台を、社会全体で直接支え合う仕組みが求められているのです。

給食費を心配せずに子どもたちが笑顔でご飯を食べられるような、そんな当たり前の安心を「公共」という形で分厚くしていくこと。

それは決して夢物語ではなく、100年前のヨーロッパで実際に試みられた「赤いウィーン」のように、限られた資源をみんなで分かち合い、貧しさの中でも尊厳を守り抜いた歴史の知恵でもあるのです。


次世代へ繋ぐ新しい時代のシナリオ

私たちが今直面しているのは、単なる一時的な不景気などではなく、産業革命以来続いてきた「利益至上主義」という壮大なゲームの、ルールの根本的な書き換えです。

世界中の賢明な投資家や巨大な資本は、すでに古い化石燃料や浪費型のビジネスに見切りをつけ、再生可能エネルギーや生活保障といった「命を守るための産業」へと、信じられない規模の資金を移し始めています。

日本がこのまま古い成長の夢にすがり、株価の数字だけを追いかけていては、世界が向かう新しい産業構造の波から完全に取り残されてしまうでしょう。

これからの10年、私たちが選ぶべきは、一部の人だけが豊かなタワーマンションを見上げる社会ではなく、みんなで知恵を出し合い、限られた資源を慈しむように分け合う社会です。

それは決して我慢を強いる悲しい未来ではなく、資本の暴走にブレーキをかけ、本当の意味で人間の温かさと民主主義を取り戻すための、希望に満ちた確かな道筋なのです。

#デジタル社会主義 #気候危機 #脱成長 #マクロ経済 #産業構造 #次世代への責任 #民主主義 #新しい資本主義 #教育と社会 #経済の真実

この記事に共感したらスキをお願いします。

文:美奈海

こちらの記事もあわせてお読みください。


いいなと思ったら応援しよう!