混迷の時代の迷走の帰結。『帝国陸軍 デモクラシーとの相克』高杉洋平
今年は戦後80週年で、読みきれないほどの戦争関連の本が出版されました。とても全部は読めませんが、がんばって入手した本はどれもおもしろかったです。この『帝国陸軍』も、最先端の研究成果がつまった、読み応えある1冊でした。
そもそも、戦前の日本陸軍のイメージはあまりよくないです。現実とかけ離れた精神主義とか、軍隊内でのいじめとか暴力、中国を舐めて泥沼の戦争になったとか、勝ち目のないアメリカとの無謀な戦争に突入した…などなど、ちょっと考えただけでも、いくつも批判が浮かんできます。
でも、そういう日本陸軍のイメージは第二次世界大戦時期のもので、明治末期から大正、昭和の始めの軍隊は「大正デモクラシー」的に自由な雰囲気があったそうです。フランス語を勉強したり、マルクス主義の本を読んだり。野球やラグビーのチームもあって、民間チームと試合をしたり。
では、日本の陸軍はなぜ変わっていったのか。著者は日露戦争の勝利によって、陸軍が栄光から転落していくと捉えます。
日清・日露戦争の勝利で、軍部は日本社会で急速に威信を高めていきました。しかし、中国大陸に権益を獲得したことで、日本政治は列強との対抗関係など、従来経験したことのない複雑さを抱え込むようになりました。また、戦争に大きな犠牲を払った国民が、「大衆」として権利を要求するようになっていきます。
明治維新後の日本では、政府も国民も多少の犠牲を払っても、日本の独立を維持するために、富国強兵が大事だという共通の目標を掲げてきたけれど、日露戦争で一応の目標を達成した後、どうすればいいのか。軍隊は、諸外国のように近代化する必要に迫られますが、日本にはそれだけの経済力がありませんでした。
大正時代になると、第一次世界大戦では飛行機や戦車といった新兵器が登場し、従来と比較して、戦争には圧倒的な軍事力が必要になりました。ますます、陸軍は変革を迫られます。なのに、戦争後の「大衆」は戦争を忌避し、軍人を差別し、軍縮を求めます。お金がない。イメージも悪い軍隊。
難関を突破したエリートのはずの陸軍将校たちは蔑まれ、下っ端の軍人たちは生活苦にあえぐ状態。大正時代が終わろうとする中で、陸軍では中堅や若手を中心に陸軍や国家の改革をめざす「革新運動」が蠢動し始めます。
そして、1928年、複数のグループに分かれていた「革新派」の一人・河本大作が、張作霖を爆殺する事件を起こしました。当時の日本政府も軍部も、河本が悪いことわかっていても、公式に厳罰に処すことができませんでした。まあ、そうですよね。
「満州」やモンゴルをめぐる問題、軍隊と政治の改革を求める急進的な軍人たちの行動は、やがて1931年の「満州事変」につながっていきます。予想もしなかった「満州事変」の成功は、大正時代の平和主義や陸軍への批判を帳消しにして、「大衆」のナショナリズムを高揚させました。日本軍の連戦連勝に、国内経済も好転しました。
ただし、陸軍の内部ではさらに派閥のような状況がいくつも分裂して、統制が取れなくなっていきます。二二六事件は鎮圧されましたが、陸軍の権威は失われていきます。そして、盧溝橋事件から、日中戦争へ。さらには第二次世界大戦へ。
誰もが最初から戦争をしようと思っていたわけではないけれど、日露戦争で多大な犠牲を払って獲得した中国大陸での利権を守りたい。ならば、最終的に戦争をせざるを得ないという袋小路。「満洲国」を放棄できず、中国から撤退できないからといって、なぜ東南アジアに「大東亜共栄圏」をつくる必要があったのか。負けるとわかっていて、アメリカと戦ったのか。
この本は、陸軍内部の統制のなさだけでなく、政治の側の不甲斐なさ、そして一般「大衆」のムチャな要求、複雑な国際情勢や中国との関係、などなど。いろんな複合的な要素がからみあったのが、日露戦争以後の日本の歴史で軍隊の歴史だったと教えてくれます。すごくおもしろかったので、知識のアップデートをしたい方にもおすすめです。
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