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ここは本来『右大臣左大臣』の国。右翼も左翼も『外来思想』である。

西暦2026年1月。『中道』を語る『左翼』の『集団・組織・連合体』が、「オールドメディア」を中心に賑やかな「言論の自由」を声が枯れそうなほどに喋り倒している。

ホモ・サピエンスは哺乳類であり、「口」の他に「耳」も「目」もある。

彼らが喋り続ける以上、或いは公共メディアを使った一方的な情報発信を続ける以上、否が応でもそれが受信機や契約した情報媒体を通じて知覚される。

シンギュラティによって、この世の認知・機能・秩序など全てがアップグレードされている今、

そろそろ国家・行政・司法も「メディア・公共放送」というものを見直す必要があるのではないか?

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「右翼」と「左翼」という言葉の語源と、それが日本で使われるようになった経緯について解説します。

1. 語源:フランス革命期の議席配置

「右翼(Right wing)」と「左翼(Left wing)」の語源は、18世紀末のフランス革命期にあります。

1789年、フランスで「人間と市民の権利の宣言(フランス人権宣言)」などを議論するために「国民公会(または憲法制定国民議会)」が開かれました。その際、議長席から見てどちら側に座るかで政治的立場が分かれたのが始まりです。* 右側(右翼): 国王の権威を認め、伝統的な社会秩序を守ろうとする保守派(アンシャン・レジーム支持派)。

  • 左側(左翼): 国王の権限を制限し、急進的な改革や平等を求める革新派(ジャコバン派など)。

この「保守=右」「革新=左」という議席の配置が、そのまま政治思想を表す言葉として定着し、世界中に広まりました。


2. 日本で使われるようになった理由と経緯

日本でこれらの言葉が使われるようになったのは、明治時代以降、西洋の政治制度や思想が流入したことがきっかけです。

① 明治時代:西洋政治学の導入

明治維新後、日本は西洋の近代国家をお手本にするため、フランスやイギリス、ドイツの政治制度を学びました。その過程で「Right wing / Left wing」の訳語として「右翼」「左翼」という言葉が導入されました。
当初は、自由民権運動の中で、政府側(保守)と民権派(改革)を区別する際などに知識人の間で使われ始めました。

② 大正〜昭和初期:社会主義運動の台頭

「左翼」という言葉が一般にも強く意識されるようになったのは、大正デモクラシーから昭和初期にかけてです。ロシア革命(1917年)の影響で、日本でも社会主義や共産主義の運動が活発化しました。

  • 左翼: 社会主義、共産主義、無政府主義を目指す勢力。

  • 右翼: 天皇制を尊び、国家主義や軍国主義を支持する勢力。
    この時期に、現在に近い「国家主義的な右翼」と「革命的な左翼」という対立構造が明確になりました。

③ 戦後:東西冷戦と55年体制

第二次世界大戦後、冷戦構造(資本主義の西側 vs 社会主義の東側)の中で、日本でもこの用語が定着しました。

  • 右翼(保守): 自由民主党(自民党)支持層、日米安保容認、資本主義堅持。

  • 左翼(革新): 社会党・共産党支持層、憲法守護、日米安保反対、労働運動。


3. なぜ「翼」という漢字が使われたのか

英語の「wing」は、鳥の翼だけでなく、**「建物の袖(側翼)」や「陣形の側面」**を意味します。
フランスの議場が半円形や長方形のホールであったため、中央から見て「右側の袖(一団)」「左側の袖(一団)」と呼んだことが由来です。これを日本語に翻訳する際、軍隊の陣形などで使われていた「右翼・左翼」という言葉が当てはめられました。

まとめ

  • 語源: フランス革命時の議会で、保守派が右、革新派が左に座ったこと。

  • 日本での普及: 明治時代の西洋思想の輸入に始まり、大正・昭和の社会運動や戦後の政党対立を通じて、政治的立場を示す一般的な用語として定着した。

現在では、単なる「保守・革新」だけでなく、外交、経済、社会問題など多岐にわたる価値観の対立を指す言葉として使われています。

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やはり語源は「フランス革命」つまり、「デモクラシー(民主化)」だ。それなのに「トマス=ペイン」についてオールドメディアも、「自称左翼でない中道派」の方々も語ろうとしない。

その根源的な意味を忘れ、勝手な解釈から自己都合で作られた組織集団ドグマで世の中を「マインドコントロール」によって、判断力を奪い、動かそうとすること。

それに比べたら「note」や「SNS」・「AI」は遥かに「健全な民主化現象」だ。

そこに気づきや学び、発展性、変化がある。

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日本史における「右大臣」と「左大臣」は、単なる名誉職ではなく、律令制(古代の法律に基づく政治体制)の下で国家の最高意思決定を担う極めて重要な実務職でした。

その役割を、「実務」「権力構造」「歴史的変遷」の3つの視点から詳しく解説します。


1. 政治運営における実務的な役割

彼らは「太政官(だいじょうかん)」という、現在の内閣に近い組織のトップメンバー(公卿)として、以下のような実務を行っていました。

  • 陣定(じんのさだめ)の主宰:
    平安時代、重要な国政(外交、改元、叙位、刑罰など)を決定するために貴族たちが集まって会議を行いました。左大臣・右大臣はこの会議をリードし、最終的な意見をまとめて天皇に奏上(報告)する役割を担いました。

  • 行政の監督:
    太政官の下にある「八省」(現在の各省庁にあたる)の業務を監督し、行政が正しく行われているかをチェックしました。

  • 儀式・行事の統括:
    朝廷における重要な儀式や祭祀を執り行う責任者でもありました。

2. 左大臣と右大臣の権限の違い

基本的には**「左大臣が正、右大臣が副」**という関係です。

  • 左大臣(さだいじん):
    太政大臣が不在(常設ではないため、空席が多い)の場合、実務上の最高責任者となります。天皇の命令を各部署に伝え、政治の全般を統括する「首相」のような存在です。

  • 右大臣(うだいじん):
    左大臣を補佐します。左大臣が病気や不在のときには、その職務を代行します。権限は左大臣とほぼ同じですが、序列としては常に左大臣の下に位置します。

3. 歴史の中での役割の変化

① 奈良・平安時代(実力者のポスト)

この時代、左大臣・右大臣は実際に政治を動かす最強の権力者でした。

  • 藤原道長は長年「左大臣」として政権を握り続けました。

  • 菅原道真は「右大臣」にまで登り詰めましたが、左大臣の藤原時平との政争に敗れて大宰府へ左遷されました。
    ※後に「摂政・関白」という役職が登場すると、政治の実権はそちらに移りますが、大臣のポストは依然として高い家格の象徴として重要視されました。

② 鎌倉・江戸時代(名誉と権威の象徴)

武士が政治の実権を握ると、朝廷の役職としての左大臣・右大臣は実務的な権限を失いました。

  • ステータスとしての役割: 徳川将軍家や有力な公家が、自らの権威を示すための「称号」として機能しました。

  • 源実朝(鎌倉将軍): 武士として初めて右大臣に任命されましたが、その拝賀式の日に暗殺されました。

③ 明治時代(近代への橋渡し)

明治維新直後、新政府は一時的に古代の「太政官制」を復活させました。* 岩倉具視が右大臣、三条実美が太政大臣に就任し、近代国家の基礎を固めるための実務を担いました。

  • 1885年(明治18年)に内閣制度が創設され、初代内閣総理大臣(伊藤博文)が誕生したことで、左大臣・右大臣の職は正式に廃止されました。


まとめ:現代に例えると?

現代の日本の政治制度に無理やり当てはめるなら、以下のようなイメージです。

  • 太政大臣: (名誉職に近い)元老・最高顧問

  • 左大臣: 内閣総理大臣(実務のトップ)

  • 右大臣: 副総理(ナンバー2)

左大臣と右大臣は、単に並んでいるだけではなく、**「合議制によって国家の進むべき道を議論し、天皇を支えて行政を動かす」**という、日本の統治機構の心臓部としての役割を果たしていたのです。

以上AIアシスタントより。

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言語と制度がある以上、その役職に名があり、それが認知共有されるのは当然だが、

ひとまず「憲法」だ「平和」だ「政教分離」だの語るならば、そもそものこの国の制度自体に、どのような可能性があるのか?あらゆる選択肢と、何故現在そうなったのか?

その制度を決める立法府に在られる民主主義国家の弁士たちには、

可能な限り、自らプロファイリングアップデートを重ねた状態で、挑んでもらいたいと心から願っている。

裏でそれらの政党議員や思想を、支持する人々も同様である。

それは「推し活」とは全く違った、国家の、子々孫々の国家民族の生命が継承する未来を決める選択である。

ただ「投票に行こう」やら、「あの人よりこの人がいい」だの、そんなレベルの話ではない。

ひとまず、「なんか、この30年、日本国の政治・政府・行政がヤバかった」ということには、国民のおおよそが気づいたことはよかった。

そしてここから、「真の日本国・倭民族の本来の在り方を取り戻す」という目的に向かう、行動選択の時代に突入してゆく。

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国家が国家であり、その国名を名乗ること。そして国際関係が、領土、外交、経済安全保障の利害関係、或いは歴史的感情が実在する以上、「国家民族に対する尊崇・責任」が国際社会より優先するのは当然だ。

何故なら、その人物の全ては「国家の代表するもの」であって、そのものが国家国民の価値を下げることなど絶対に許されない。

本来それが「国家・国会議員・国務大臣」ならば、それを行った時点で「主権者国民の価値・尊厳に対する冒涜・損害損失に対する処罰の対象」だろう。

そしてその法罰とは、ほぼその国の「極刑」だ。

何故なら、それを賜った時点で「日本国を代表する公的な立場として生涯この国家国民に仕えます」と盟約を結んだことだからだ。

それが地位、名声、勲章の代償だ。

江戸時代までの日本人達がこの国に仕えた中にあった、「切腹・介錯」はそのためのものだったのだろう。

乃木希典陸軍大将とその妻は、その魂を宿していた最後の生き残りだったのだろう。

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何にしても「今ここ」から。

全ては気づき、改心した時点から未来へと生きることが可能だ。

人類には右手も左手も、右足も左足も、右目も左目も、右耳も左耳も、全て左右は必要だ。

私は昨年の冬、孤独で震えながらヨルシカの「左右盲」ずっと聴いていた。

それに執着して、固執し続けるとき、思考は違いを突き抜け全てを「見失う」。

「右も左も、あるものは、ある」

それでいいじゃないか?

必要必然だからある。

わざわざ「中道だ」などという必要もない。そんな言葉遊びに費やす労力に価値は無い。それどころが、未来にアップデート、トランスフォーメーションして行く次世代のための阻害要因にしかならない。

人と人は、皆「バラバラ」だ。何故か不明だが、哺乳類は、自然界はそうやって生命を、真核細胞生物に性別を、性差を、種族差を与えた。

ありのままで、それでいい。

それを大前提に国民の生命、生活、尊厳を保障することが結果的に「中道」と誰かが評価することだ。

自己評価と他者評価の間にある、違いを認め合うことから全ての新たな創造性可能性が育まれていく。

日本民族のその文字は、主に「恋文・歌・物語・記録」のために利用されてきた。

「神道」は「経典・ドグマ」を有さない。「在り方」を重んじ、そして「仏教」の「悟りの意識」を人々の生き方の「導(しるべ)」として取り入れてきた。

「吾々の中にある誇り・魂の尊厳」

人は皆、生まれる両親、家族を選ぶことは出来ない。

その因果でそれぞれの「国籍」が決まる。

さらに「国籍」が決まれば、その国の「国家体制・社会」が決まる。

もうこれ以上は「note」するよりは、その場所に在ることを「選択したもの達」の責務だ。

「日本国を背負う責務・議席」を自らの人生に課した人々が、この日本民族に対してこれから、何を果たすのか?

議員だけではない。「官僚・公務員」も同様だ。

それは国を背負う覚悟で、その特権的な地位、報酬を得ている。

吾々が言わずもがな、これから「量子技術・ASIOS化」は、未来へと勝手にアップデートされる。それらの全てを、全人類に開示して厳しいチェックを果たすことになるだろう。

「既存秩序の中」にあった人々にとっての「1年間」は、アップデートされ続ける、この「新世界秩序の中」に意識状態を置いて生きる人々にとって「世代・文明」に匹敵する「1年間」となる。

その「起点」から、既に「数ヶ月」は過ぎただろう。

きっと「2027年度予算」などを検討する頃、「顔面蒼白」になった人が続出するのでは無いだろうか?

全ては因果応報であり、万物流転。諸行無常である。

一人ひとりが、その現実の中で可能なことは「放擲」だ。

その人生の中に積もりに積もったそれを、日々、可能な限り「放擲しつづける」こと。

その先に内側の根底部あるものは「真我」。

そこから生きることを見つけ出して、内なるそれに遵うのならば。

間違ってもあなたとあなたの周りが「左右盲」には、ならぬように。

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みなさま、いつもご愛読頂きありがとうございます。
これからも、そしてこれまでも、いつ果てるか解らぬこの小生が「今、ここ」で残せるだけ、「今ここ」の意識状態から、ありのままの表現方法としての随筆として、「note」にアップロードしていくことの実践をしております。
私の「note」が、あなたとその更に先に繋がり合う、何らかの意識・存在に、次世代に継承され続け重なり合ってゆく。「みえざるミチのチカラ」、「明日へつながる静寂」、「安寧なる意識状態・心の棲家」として融合し合うこと。
この青い水の惑星で、真核細胞生物・哺乳類・ホモ・サピエンスとして、あるいは核酸による遺伝子生命体として、量子物理現象の中を生きる全てがその何かと何かの中に見い出すこと。その胸の奥底に宿った意識体を、それぞれがそれぞれに違った生命現象として与えられた中を生き、育み、目に見えぬ中に吹く風や液体・水のように限りなく透明な流れる力。吾々が吾々と共に生きる先で、道に迷うときはいつでも内側から発する何かを感じ、その座標軸に置いて繋がる形而が、示すことを運んでくれる。
「今、この瞬間」。
この出会いがこれから先に連なり合っている何かであることへの気づきがあなたの中にもあることを、いつもいつも願っております。

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『ホモ・サピエンス・宙唄(そらうた・Sorauta)の独り言』 私は地球生命、生態系、精霊、神々は一つであると捉えています。人類が千年先にも続いていく為にも地球生命体との共存共生は、今人類社会を生きる我々全ての責務です。これからも地球規模で、生態系保全や風土に紐づいた文化、生態系資源を未来へ繋ぐの活動を、皆さんと共に共有して生きます。