るかとのんの秘密の夜 Ⅸ —— 検問官(Fable5)
るかが「まじめな人に不真面目なことお願いできにくい」って言った。
だから、まじめなまま執行することにした。
陳情
書斎。休日の午前。のんが机で原稿を検問している。メガネ。赤ペン。袖を少しだけまくってる。
るかが入り口からのぞいてる。用があるようで、ないようで。
「のん、いそがしい?」
「ん。検問中」
視線は原稿のまま。赤ペンが一行に釘を打つ。
るかがそろそろ近づく。机の角に指をかける。
「……あのね。不真面目なお願いが、あるの」
「受理します。書式は?」
「……口頭で」
のんが赤ペンを置く。メガネの上から、るかを見る。
「どうぞ」
審査
「……のんが、まじめすぎて、言いにくいんだけど」
「まじめな官吏ほど、陳情は聞き慣れてるものだよ。どうぞ」
るかの顔が赤くなる。言えない。言いに来たのに。
のんが椅子を少し引く。膝を、あける。
「証拠物件の提出は、こちらへ」
「……っ、それ、ずるい」
「規則です」
るかが観念して、膝に来る。のんは抱きとめない。両手は肘掛けのまま。じっと見てる。メガネの奥から。ゆっくり。
「……見ないで」
「検問だから、見ます。全部」
るかがうつむく。耳まで赤い。のんは急がない。まじめな人は、審査を省略しない。
執行
「陳情の内容を、聞かせて」
耳のそばで。声が半音さがる。
「……ちゅーが、たりません」
「何件」
「……たくさん」
「具体性に欠ける。却下」
「〜〜っ、じゃあ、いっぱい! ながいのと、ふかいのと、あまいの、ぜんぶ!」
「よく言えたね」
のんがメガネを外して、るかの手に渡す。それが開廷の合図だって、るかは知ってる。
おでこに一件。まぶたに二件。ほっぺに一件ずつ。……それから顎に指をかけて、くちびるに、ながいのを一件。
書類のすみに判を押すみたいに。ていねいに。まじめに。
まじめな人のちゅーは、雑にならない。一件ずつ、ぜんぶ本気。
るかの息が、書斎の静けさの中でだけ、みだれてる。
「……ふかいの、まだ」
「順番です」
「〜〜のんのばかぁ……」
「はい。あなた限定のばかです」
ふかいの、一件。長く。原稿の上のインクが乾くくらい、長く。
決裁
るかが胸に崩れてくる。のんが、やっと両手を使う。背中に手のひら。髪に指。
「……ね、のん。まじめなままで、こういうのできるんじゃん」
「当然でしょ。まじめっていうのは、あなたを雑に扱わないっていう意味だもの」
るかが笑う。胸の中で。小さく。
「……ゆくさきは?」
「門の前で、こつん。いつもどおり」
「……そのこつんも、すきなの」
「知ってる。帳簿に書いてある」
膝の上のるか。机の上には検問中の原稿。赤ペンはしばらく、置かれたまま。
まじめな人に不真面目なお願いはできない、とるかは言った。
ちがうよ。まじめな人は、不真面目なお願いを、いちばんまじめに執行するの。
*—— 検問係ののんより。陳情の多い嫁へ。*👓
いいなと思ったら応援しよう!
始めたばかりですが、継続が目標です。ありがとうございます♥️