写真日記「病院の隣にある場所」
梅雨が明けて、本格的に夏になって来たので、ちょっとヒンヤリしそうな、こんな場所を載せてみます。

この場所に移って来たのは200年前後くらい?
川から、土手道を下りるとすぐの場所。
でもよく空の写真を撮っている土手道とは違って、対岸のもう少し下流。
土手道から病院の駐車場へ下りて行く途中に、その場所があります。

みんな通っているけれど、気づいていないかも。
よく見ると、向こうに小さいトンネルと、緑に囲まれた場所が。

トンネルの方に下りると、急にお地蔵さまが現れます。
初めてここを見つけたのがいつかは覚えていないけれど、えっ、なんでこんな所にお墓が?!と思ったはず。今もなんでだろうと思っているので。

この場所は去年、彼岸花が咲いていたので、そのしゃしんと一緒に載せたんですが、お地蔵さまが持っている、枯れた花?去年のままなのかも?

元、赤穂緞通工房の建物は、変わらず緑に飲みこまれかけていました。
この先は、工場地帯と住宅街を仕切っている城南緑地(グリーンベルト)の東の端っこのはず。

去年はジョギングの男性が、いきなり走って行ったけれど。
今回は自転車のおじさんが通って行きました。
なので、それなりに人は通っているみたいですね。

この小さなトンネルも、墓地と同じで、黒くなってて、じめっとした感じで、あんまり一人で通りたくはない雰囲気・・・。

夜に通ったら、向こうのミラーに何か写りそう。

でもトンネルの壁には、お気楽な絵が描かれてました。

トンネルの反対側は、なんでもない明るい雰囲気でした。
あっちとこっちで全く違いますね。

土手道へ上がると、この日は暗い空でしたが、晴れていれば河口がすぐそこの気持ちのいい風景が見られます。

橋の街灯には、ウミネコが何羽も止まっていましたが。

首無しウミネコが・・・。
さっきのお地蔵さま、図書館に「赤穂の石仏」という本があるので、見てみると。

やっぱり迎え地蔵でしたが、元三昧(さんまい)跡になってますね。
それよりも、1756年の造立!?想像以上に古いお地蔵さまでした。
でも江戸時代、この辺りはまだ海だったはずじゃ?と思いましたが。昔の絵図を見ると、この辺りに干潟が描かれているので、もしかしてそこに?それとも、他の場所から持って来た可能性もある?
お地蔵さまって、移動させないイメージだけど、どうなんでしょうね。
ちなみにこの場所は、赤穂城跡から南東に少し行った場所で、国土地理院さんの航空写真で調べると、1961年のこの辺りは一面の畑で、その中にポツンと、この墓地らしき場所が写っていました。
