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【大雨が頻発】地球がおかしくなった?

では、何がおかしいのだ(笑)

「大雨が増えた」と騒ぐ前に、近代になって観測できる雨が増え、日本人が洪水を受け止める国土そのものも、治水技術によって大きく変わったことを忘れてはいけない。

日本で大雨が降る。

するとテレビは、

「異常気象です」

「大雨が増えています」

「地球がおかしくなっています」

と騒ぐ。

人間が雨で困った。

なぜか地球まで診察室に連れていかれる(笑)。

しかし、そもそも昔の雨を、現在と同じように観測していたのだろうか。

現在の日本には、雨量計がある。

気象レーダーがある。

気象衛星がある。

台風を追跡し、雨雲を監視し、河川の水位までリアルタイムで記録している。

昔は違う。

全国津々浦々で、同じ精度の観測をしていたわけではない。

数百年前の雨について、

「この地点で1時間に○○ミリ」

などという記録が全国に残っているわけでもない。

だから、

現代になって「記録的な大雨」がたくさん見つかることと、昔より大雨そのものが増えたことは、同じ話ではない。

もちろん、近年の気候変動によって極端な降水が変化しているという科学的知見はある。

そこは別問題である。

しかし、

「観測される大雨が増えた」

「実際の極端な降水が変化した」

この二つを最初から一つにして、

「だから地球がおかしい」

と飛んでしまえば、

雨量計の増加まで地球の異常現象になってしまう(笑)。


そして、日本そのものが昔とは違う

仮に本当に大雨が増えているとしても、

大雨を受け止める日本の側も、昔とはまったく違う。

ここを抜かして、

「道路があります」

「工場があります」

「鉄道があります」

と並べても、

それはただの地図記号の朗読である(笑)。

問題は、

日本人が洪水と付き合いながら、この国をどう使ってきたのか。

である。

日本は山が多い。

平地は限られている。

そして、その平地の多くを川がつくってきた。

山から水が流れる。

土砂を運ぶ。

平地ができる。

そこには水がある。

農業ができる。

稲作には水が必要だった。

だから人が住む。

田んぼをつくる。

集落ができる。

人口が増える。

町になる。

つまり日本人は、

水があるから平地を利用した。

そして、水がある以上、

洪水も来る。


洪水と付き合ってきた日本人

だから日本人は、

「洪水が来る土地だから使わない」

とはしなかった。

水を引いた。

堤を築いた。

川を改修した。

土地を開いた。

洪水が来れば直した。

また使った。

人間、なかなか諦めが悪い(笑)。

しかも川は便利だった。

水を与えてくれる。

農業を支えてくれる。

さらに物を運べる。

米を運ぶ。

木材を運ぶ。

人を運ぶ。

だから川沿いに町が育つ。

江戸も水運とともに巨大都市へ成長した。

そして近代になると、

港ができる。

工場ができる。

鉄道が走る。

都市が膨らむ。

仕事が増える。

人口が集まる。

こうして、

水のある平地を利用するところから始まった人間の営みが、何百年もかけて巨大な都市社会へ成長した。

現在の日本は、その結果である。


ところが戦後、日本はさらに変わった

1959年の伊勢湾台風では、死者・行方不明者が5,000人を超える甚大な被害が出た。

その後、日本は洪水をただ受ける国から、

洪水をできるだけ制御する国

へ変わっていった。

堤防を整備する。

ダムをつくる。

放水路をつくる。

遊水地を整備する。

排水機場をつくる。

都市の下水道を整備する。

河川を改修する。

さらに観測技術も進歩する。

雨量を測る。

レーダーで雨雲を見る。

衛星で台風を見る。

河川水位を監視する。

予測する。

警報する。

避難する。

つまり、

雨だけを見て「最近の日本は異常だ」と言っても、日本のほうも昔の日本ではない。

昔の日本と現在の日本では、

自然現象を観測する能力も、

自然現象から人間を守る能力も、

まるで違うのである。


伊勢湾台風の時代と、今を同じ物差しで見るのか

伊勢湾台風のような大水害を経験した日本は、

何十年もかけて治水を進めてきた。

雨を止めることはできない。

台風を消すこともできない。

だから、

水が来ても被害を小さくする。

そのために国土を変えてきた。

堤防。

ダム。

放水路。

排水機場。

そして観測網。

予報技術。

通信。

避難体制。

これらは突然空から降ってきたものではない。

過去の大水害を経験した人間が、

「次は少しでも被害を減らそう」

と積み上げてきたものだ。

だから、

「大雨が降った」ことと「大水害になった」ことは同じではない。

自然現象の強さと、

人間社会が受けた被害の大きさは、

別の数字である。


そもそも「異常」とは何なのか

ここで最初の話に戻る。

「異常気象だ」

という。

では、その「異常」は、

何と比べて異常なのか。

30年間の平年値なのか。

100年間の観測記録なのか。

それとも地球の歴史なのか。

「観測史上最大」なら、

その観測史が何年なのか。

そこを抜いて、

「史上最大!」

と叫べば、

人間が持っている物差しの短さだけが際立つ。

もちろん、

現在の温暖化は現実の問題である。

人間活動が現在の温暖化に大きく影響していることも、科学的に確立している。

しかし、

「人間にとって困るほどの雨が降った」ことと、「地球そのものがおかしくなった」ことは同じではない。

地球に、

「これが正常気候です」

と人間が平年値を渡しても、

地球はたぶん、

「それ、あなたたちの都合ですよね?」

と返してくる(笑)。


人間は忘れる。土地は忘れない。

昔、川だった。

昔、水が集まった。

昔、洪水が起きた。

人間は忘れる。

土地は忘れない。

人間は何十年で世代交代する。

土地は何百年、何千年という時間で形を残す。

だから、

「こんなところまで水が来るとは思わなかった」

と人間が驚いても、

土地からすれば、

「いや、昔から来てますけど?」

なのである(笑)。

そして日本人は、

水が必要だったから平地を使った。

洪水が来たから治水した。

人口が増えたから都市を広げた。

技術が進歩したから、さらに洪水を制御できるようになった。

観測技術が進歩したから、昔なら見えなかった雨まで細かく見えるようになった。

その長い歴史の上に、

今日の大雨が降っている。

だから、

「大雨が降った。地球がおかしい」

だけでは、

話が短すぎる。

地球は、そんな短い話ではない。

日本の歴史も、そんな短い話ではない。

そして人間と地球との付き合いも、

そんな短い話ではない。

地球は雨を降らせる。

人間は堤防をつくる。

地球は川を流す。

人間は放水路をつくる。

地球は台風を発生させる。

人間は気象衛星で追いかける。

何千年も続いてきた、

地球と人間のいたちごっこ

なのである。

そして人間は今日も、

「地球がおかしい!」

と叫ぶ。

地球のほうは、

「また人間が騒いでいる」

くらいに思っているのかもしれない(笑)。

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