【深海がっかり学会】 世界一深く潜った潜水艦コムソモレツの末期
学会趣旨
司会
「本学会は軍事史研究会ではない。
巨大技術システムが、なぜ時として自ら崩壊するのか。
潜水艦、原子炉、宇宙船、航空機。
それらを科学者の立場から検証する討論会である。
今日の題材は、世界最深級まで潜航した攻撃型原子力潜水艦『コムソモレツ』である。
なお事故には現在も公開されていない部分が多い。
したがって本学会は事故原因を断定するものではない。
公開されている事実から、巨大技術システムの普遍的な教訓を考えるものである。」
第一講 トーマス・エジソン(品質工学)
「諸君。
私は世界記録には興味がない。
品質に興味がある。
1984年。
コムソモレツは1020メートルという戦闘用潜水艦として史上最深級の潜航能力を示した。
これは材料工学の偉業だ。
しかし五年後。
その巨大な技術は火災によって失われた。
事故原因の細部は断定できない。
しかし私は設計者を疑わない。
私が疑うのは、その設計思想が最後の一本の配線、最後の一本のボルト、最後の点検記録まで届いていたのかということだ。
優秀な科学者は設計図を描く。
しかし品質は現場が完成させる。
施工管理。
品質保証。
点検。
教育。
報告。
そのどれか一つでも欠ければ、偉大な発明は単なる図面になる。
巨大技術とは、強い材料ではない。
設計思想が最後の現場まで届く仕組みなのである。」
第二講 ニコラ・テスラ(エネルギー工学)
「エジソン。
君は品質を語った。
私はエネルギーを語ろう。
人類は100気圧という外部エネルギーには勝った。
しかし巨大システムは、しばしば内部の微小なエネルギーに敗北する。
火花。
熱。
短絡。
圧力。
どれも小さい。
だが制御を失えば巨大システム全体を飲み込む。
事故の詳細は分からない。
しかし一つだけ断言できる。
外敵より内部エネルギーの制御の方が難しい。
これは潜水艦だけではない。
原子炉も。
航空機も。
宇宙船も。
人類は巨大な力を扱えるようになった。
しかし、その巨大さに比例して、地味な安全設計はますます重要になる。」
第三講 リチャード・ファインマン(科学的方法)
「二人とも、まだ機械を見ている。
私は人間を見る。
公開資料だけでは、この事故を断定することはできない。
だから私は事故を裁かない。
私が裁くのは、事故を検証できない組織文化だ。
失敗を公開できない技術は進歩しない。
これは東側だけの話ではない。
西側も同じだ。
NASAも同じだった。
人間が組織を作る限り、どこでも起こる。
さて、ここで一つ昔話をしよう。
日本海海戦だ。
昔は、
『大砲が優秀だった。』
『戦艦が強かった。』
そんな説明が好まれた。
しかし現在の軍事史研究は違う。
射撃指揮。
測距。
砲術訓練。
通信。
指揮統制。
艦隊運動。
石炭品質。
整備。
士気。
勝敗は、それらが一つのシステムとして機能した結果だったと考えている。
私は物理学者だから戦術は論じない。
しかし技術は論じられる。
人は測距儀を見る。
科学者は、その後ろにある光学を見る。
技術者は、その後ろにある加工精度を見る。
品質管理者は、その後ろにある校正を見る。
教官は、その後ろにある訓練を見る。
指揮官は、その後ろにある報告を見る。
そして文明は、その全部を見る。
測距儀は兵器ではない。
精密工学という思想の一つの表現にすぎない。
その思想は、やがてカメラになり、顕微鏡になり、半導体製造になり、医療機器になって社会へ普遍化していく。
軍事技術とは兵器ではない。
文明へ普遍化する基礎技術なのである。
だから私はコムソモレツを笑わない。
チェルノブイリも笑わない。
チャレンジャーも笑わない。
事故とは科学者の敗北ではない。
科学者の思想が、
施工管理にならなかった。
品質保証にならなかった。
訓練にならなかった。
確認にならなかった。
報告文化にならなかった。
その時に起きる。
そして最も恐ろしいのは、
『結果を急げ。』
『確認は後でいい。』
『悪い報告は聞きたくない。』
という空気だ。
その瞬間、技術は静かに死に始める。
私は事故を恐れているのではない。
事故から学べなくなる瞬間を恐れているのだ。」
学会の結論
エジソン
「私は今日、ソ連を批判したかったのではない。
巨大技術とは、世界記録を更新することではない。
科学者が描いた一本の線を、現場の一本の配線に変える技術である。
施工管理。
品質管理。
技術確認。
教育。
訓練。
報告文化。
失敗の公開。
それらは設計図の余白ではない。
設計図そのものなのだ。
大砲を大きくする前に、まず物差しの目盛りを正しく刻め。
深く潜る殻を造る前に、その思想を最後の一本の配線まで届けよ。
技術とは性能ではない。
思想が現場に届く距離のことである。」

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