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慢性ストレス対処とリーダーシップ能力開発、優先すべきはどちらか

現場で起きていること

管理職の判断が遅い。
部下への関心が薄い。
決めるべきことを決めない。
ビジョンを語らない。

こうした状態が観察されたとき、組織が下す診断はほぼ決まっている。


「管理職のリーダーシップが足りない」


そして処方箋も決まっている。
リーダーシップ研修、1on1スキルの習得、コーチングの導入。


この流れは、一見すると筋が通っているように見える。
しかし、現場で実際に起きているのが慢性ストレス反応である場合、この診断と処方箋は的外れであるどころか、状態を悪化させる可能性がある。


症状は同じでも、原因は違う

慢性ストレス反応の典型的な症状を並べてみる。

認知資源の枯渇による判断の遅れ、決定回避

感情の麻痺、部下への関心低下

燃え尽き、意欲・目的意識の喪失

慢性化した迎合、上司に物を言えない状態の固定化

これらをリーダーシップが足りないと思い込むと「決断力不足」「傾聴力不足」「共感力不足」「ビジョン構築力不足」「イエスマン」となる。


同じ行動が、原因の異なる二つの状態から生まれる。
片方は生理的・心理的な疲弊であり、片方は純粋なスキル・経験の不足である。

しかし観察者にはほとんど区別がつかない。そして組織は、区別する努力をせずに、リーダーシップのスキルの問題だと診断を下しやすい。


なぜこの「すり替え」が起きるのか

1. 根本的帰属の誤り

心理学でいう「根本的帰属の誤り(Fundamental Attribution Error)」は、他者の行動を説明するとき、状況要因よりも個人特性を過大評価する傾向を指す。

「あの人は慢性的な過負荷構造の中にいる」よりも、「あの人にはリーダーシップが足りない」の方が、はるかに単純で、行動に移しやすい説明になる。前者は組織構造への介入を要求するが、後者は研修を一つ用意すれば済む。


2. 組織にとって「個人の問題」は都合がいい

構造的な問題であるはずの人員不足、権限と責任の不一致、評価制度の歪みを認めることは、組織の設計責任を認めることに等しい。
個人のスキル不足として処理すれば、組織はその構造に手をつけずに済む。


3. 本人自身も「スキルの問題」だと思い込みやすい

これは見落とされがちな点だが、重要である。慢性ストレス下にある本人にとっても、「自分は疲弊している」と認めるより、「自分にはこのスキルが足りない」と捉える方が、心理的に楽な場合がある。

前者は無力感やキャリアへの疑問に直結する。
後者は「学べば解決する」という統制感を保てる。つまりこの誤帰属は、組織側だけでなく本人側にとっても一種の防衛として働いている可能性がある。


優先順位を間違えると、何が起きるか

慢性ストレスが進行している状態でリーダーシップ研修を投入すると、いくつかの問題が重なって起きる。


学習が定着しない

慢性的に高いコルチゾールは、前頭前皮質の機能――実行機能、ワーキングメモリ、新しい行動パターンの習得――を阻害することが知られている。
疲弊した状態で新しいスキルを学んでも、定着しにくい。土台が崩れた場所に建築物を乗せるようなものだ。


自己効力感がさらに下がる

研修を受けても改善しない。
すると本人は「やはり自分には能力がない」という結論に至る。これは慢性ストレスの症状の一つである無力感を、むしろ上塗りする形になる。研修が原因で状態が悪化するという、皮肉な悪循環が生まれる。


負の連鎖が組織に広がる

慢性ストレス下にある管理職の行動――迎合、無関心、決定回避――は部下にも伝播しやすい。
部下も同様のストレス反応を起こし始める。個人の問題として扱っている間に、組織全体の生産性や離職率に波及していく。


では、どちらを優先すべきか

マクロな視点で整理すると、原則はこうなる。慢性ストレスへの対処が先、能力開発は後。ただし完全な一直線ではなく、土台と上物の関係として捉える。


三層構造で考えると分かりやすい。

生理的・心理的な回復(睡眠、業務負荷の適正化、休息)

構造的な問題の是正(権限と責任のギャップ是正、評価制度の見直し)

能力開発(リーダーシップ研修、コーチング)


現状の多くの組織は、①②を飛ばして③だけを提供している。これが「リーダーシップが足りない」という診断の正体である場合が少なくない。

ここで一つ、気をつけておく必要がある。慢性ストレスの一因が、本当にスキル不足に由来している場合もある。

たとえば、部下との境界線の引き方を知らないために、常に過負荷を抱えているマネージャーがいる。
断り方を知らない、委任の仕方を知らない、優先順位のつけ方を知らない。
こうした場合、最低限のスキルを学ぶこと自体が、ストレス要因を直接減らすことになる。

この場合の「軽量なスキル介入」は、悠長な能力開発ではなく、ストレス低減策の一部として機能する。


結論
「リーダーシップが足りない」という診断そのものが常に間違っているわけではない。純粋な経験・スキル不足のケースは確かに存在する。

しかし、慢性ストレス反応をリーダーシップ不足と誤診し、研修という処方箋を与え続けることは、効果がないだけでなく、本人の自己効力感をさらに削り、組織の構造的な問題を温存させるという二重の副作用を持つ。

順序を間違えることには、コストがある。まず見るべきは、目の前の管理職が置かれている状態が「一過性の急性反応」なのか、「進行中の慢性反応」なのか、その見極めから始める必要がある。

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