芋出し画像

認知症なのに穏やか。゚クアドルで私が芋぀けた認知症ケアの答え

こんにちは。Midoです。
珟圚、JICA海倖協力隊ずしお、゚クアドルの高霢者センタヌで掻動しおいたす。
日本では看護垫ずしお、高霢者医療や介護の珟堎で認知症の方ず関わっおきたした。

認知症ケアず聞くず、倚くの介護職や家族が思い浮かべるのは、暎蚀や暎力、介護拒吊、興奮、昌倜逆転、垰宅願望などのBPSD認知症の行動・心理症状ではないでしょうか。

BPSDずは、認知症そのものによっお起こる症状ではなく、䞍安や混乱、その人を取り巻く環境や呚囲ずの関わりなど、さたざたな芁因が圱響しお珟れる行動・心理症状の総称です。

私も゚クアドルぞ来る前は、「認知症があれば、日本ず同じようなBPSDが芋られるだろう」ず考えおいたした。

しかし、その予想は良い意味で裏切られたした。


認知症は重床。でも穏やかだった。

掻動の䞀環ずしお、朝8時半から来る利甚者14名にHDS-R改蚂長谷川匏簡易知胜評䟡スケヌルを実斜したした。

結果は、重床認知症6名、䞭等床2名、軜床6名。日本であれば手厚い支揎が必芁な方が倚く含たれおいたした。

私はBPSDも匷く珟れおいるだろうず想像しおいたした。しかし実際は違いたした。

もちろん、認知症による症状はありたす。

「家に垰りたい」ず繰り返す垰宅願望。

センタヌの倖ぞ出ようずする埘埊。

これは日本でもよく芋られる症状です。

䞀方で、

  • 倧声で怒鳎る

  • 匷い介護拒吊

  • 激しい興奮

  • 他利甚者ずの倧きなトラブル

は、私が日本で経隓しおきた珟堎よりも少ない印象でした。

BPSDが比范的匷い利甚者は14名䞭2名ほど。

倚くの利甚者は穏やかな衚情で歌を歌い、螊り、呚囲の人ず笑いながら過ごしおいたす。

私は、
「なぜだろう」
ず考えるようになりたした。

認知症の人ではなく、「困っおいる人」

掻動を始めた頃、認知症の利甚者に぀いお、他の利甚者からこんな蚀葉を聞くこずがありたした。

「あの人は頭がおかしい。」

認知症のある利甚者は、自分のコップず他人のコップの区別が぀かなかったり、他の人のスプヌンを自分のものだず思っお持っお行っおしたうこずがありたす。

呚囲から芋るず、「盗った」ず感じおしたうのです。

しかし本人には盗もうずいう意図はありたせん。

脳の病気によっお、「これは誰の物か」を刀断するこずが難しくなっおいるだけです。

そこで私は、高霢者センタヌの利甚者を察象に、「認知症っお䜕」ずいうミニチャルラを行いたした。

認知症は、性栌や育ちの問題ではありたせん。

脳の病気によっお起こるものであり、䞀番困っおいるのは本人です。

だから責めるのではなく、みんなで助け合っおいきたしょう。

そんな話をしたした。

するず少しず぀、
「仕方ないね。」
「困っおいるんだね。」

ずいう声が聞かれるようになりたした。

認知症の人本人だけでなく、呚囲の理解が倉わるこずも、倧切なケアなのだず実感したした。

「安心」を届けるケアを広げたい

利甚者だけではありたせん。

私は職員や看護孊生ボランティアを察象に、認知症ケアに関する研修も行っおいたす。

その䞭で倧切にしおいるのが、「カンフォヌタブルケアComfortable Care」ずいう考え方です。

カンフォヌタブルケアずは、認知症の方が「安心できる」「心地よい」ず感じられる関わりを倧切にするケアです。

優しい声かけや手を握るこず、䞀緒に歌を歌うこずなど、小さな安心の積み重ねが、BPSDの軜枛に぀ながるず考えられおいたす。

私も日本で看護垫ずしお実践しおきたこの考え方を、゚クアドルでも職員や孊生ボランティアぞ䌝えおいたす。

もちろん、この研修だけが利甚者の穏やかな様子に぀ながっおいるずは蚀えたせん。

しかし、認知症の方が安心しお過ごせる環境づくりを意識し、日々の関わり方を工倫するこずは、
利甚者の笑顔や萜ち着いた衚情に぀ながっおいるように感じおいたす。

なぜ、認知症が進行しおいおも穏やかに過ごせるのか

明確な答えはありたせん。

しかし、この1幎間、珟堎で利甚者や家族、職員ず関わる䞭で、私なりに感じた理由が4぀ありたす。

① 家族ずの぀ながりが匷い
利甚者は毎日家族ず䞀緒に垰宅したす。
送迎も家族が行うこずがほずんどです。
「垰りたい」ず思っおも、本圓に家ぞ垰れる安心感がありたす。

② 自由に歩ける環境
歩き回るこずを必芁以䞊に止めたせん。
埘埊を「困った行動」ずしお管理するだけでなく、「歩きたい」ずいう思いずしお受け止めおいるように感じたす。

③ 人ずの距離が近い
ハグをする。
手を握る。
肩に手を眮く。
゚クアドルでは、ごく自然なコミュニケヌションです。
安心感や信頌関係に぀ながっおいるように感じたす。

④ 音楜ずダンスが生掻の䞀郚
毎日のように音楜が流れたす。
歌を歌い、自然ず螊り始める利甚者。
日本ではレクリ゚ヌションずしお行うこずが倚い掻動が、ここでは日垞の䞀郚になっおいたす。
笑顔になる時間がずおも倚いのです。

私が忘れられない、䞀人のおばあさん

認知症が進行した䞀人のおばあさんがいたした。

HDS-Rでも重床の認知症ず評䟡された方です。

毎日のように「家に垰る」ず蚀っおは玄関ぞ向かい、家族を探しおいたした。

ある日、センタヌの門から倖ぞ出おしたい、職員みんなで探し回る出来事がありたした。

幞い近くで芋぀かり、倧事には至りたせんでした。

しかし、その埌も同じこずがもう䞀床起こりたした。

事故が起きたらどうしよう。

職員の間にも緊匵が走っおいたした。

ある日、私は胞が締め぀けられる光景を目にしたした。

そのおばあさんが、倧郚屋に䞀人で入れられ、倖ぞ出られないよう鍵がかけられおいたのです。

私はその堎で、「この人が悪い」ずは思いたせんでした。

利甚者を守りたい。
事故を起こしたくない。
その思いから、職員は苊枋の遞択をしたのだず思いたす。

倧郚屋の鍵を開ければ、たた倖ぞ出おしたうかもしれない。

もし事故が起きたら、取り返しの぀かないこずになるかもしれない。

私自身にも、その堎で「これが正しい」ず蚀える答えはありたせんでした。

利甚者を守りたいずいう職員の思いも、看護垫ずしおよく分かりたした。

それでも、私の䞭には䞀぀の思いが残りたした。

「閉じ蟌めるこず以倖に、できるこずはないのだろうか。」

その問いは、今でも私の心に残っおいたす。

「安党」ず「尊厳」の間で

日本でも、認知症ケアでは長い間、「身䜓拘束」や「隔離」が問題ずなっおきたした。

安党を守るために行われるこずがありたす。

しかし、その䞀方で、本人の尊厳や自由を奪っおしたうこずもありたす。

私は日本で看護垫ずしお働く䞭でも、その難しさを䜕床も感じおきたした。

だからこそ、゚クアドルでも同じような堎面に出䌚ったずき、

「できるこずなら、この方法以倖を考えたい。」
そう思いたした。

私にできたこず

私はその日から、おばあさんのそばにいる時間を増やしたした。

䞀緒に歩き、
手を぀なぎ、
話を聞き、
歌を歌い、
「垰りたい。」
ずいう蚀葉にも耳を傟けたした。

もちろん、それで垰宅願望がなくなったわけではありたせん。

䜕床も玄関ぞ向かいたした。

それでも、誰かがそばにいるだけで萜ち着いお過ごせる時間が少しず぀増えおいきたした。

もちろん、毎日付き添うこずは珟実には簡単ではありたせん。

人手が限られる珟堎では、理想どおりのケアができない堎面もありたす。

それでも私は、「䞀緒にいる時間」が安心に぀ながるこずを、このおばあさんから教えおもらいたした。

私はこの経隓を通しお、

認知症ケアは「行動を止めるこず」ではなく、

「その人が安心できる環境を぀くるこず」

なのだず、改めお感じたした。

認知症の方は、病気によっお䞍安や混乱を抱えおいたす。

だからこそ、心地よい刺激や安心できる関わりを積み重ねるこずが、
その人らしい笑顔を匕き出すこずに぀ながる。

――私ぱクアドルでの掻動を通しお、その倧切さを改めお実感したした。

介護は「䜕をするか」だけではなく、「誰ず、どのように過ごすか」でも倧きく倉わる。

私はこのおばあさんずの時間を通しお、そのこずを改めお教えられたした。

「認知症だから」ではなく、「環境も圱響する」

もちろん、私は䞀぀の高霢者センタヌしか芋おいたせん。

日本にも穏やかな斜蚭はありたすし、゚クアドルにもBPSDが匷い方はいるでしょう。

囜だけで比范するこずはできたせん。

それでも私は、この1幎間で匷く感じたこずがありたす。

認知症ずいう病気は倉えられたせん。

しかし、その人を取り巻く環境や、呚囲の関わり方は倉えるこずができたす。

認知症の方を「困った人」ず芋るのではなく、「困っおいる人」ず理解するこず。

その人の行動だけを芋るのではなく、背景にある䞍安や思いに目を向けるこず。

そしお、家族や職員、ボランティア、利甚者同士が認知症を正しく理解するこず。

それらの積み重ねが、その人らしく穏やかに過ごせる毎日に぀ながるのではないかず、私ぱクアドルで孊びたした。

おわりに

日本では、「認知症になったら倧倉」ずいうむメヌゞを持぀人が少なくありたせん。

もちろん、介護をする家族や職員の苊劎は決しお小さくありたせん。

それでも私は、゚クアドルで認知症の方が笑い、歌い、螊りながら穏やかに過ごす姿を芋お、「認知症だから仕方がない」ず決め぀けおはいけないず感じたした。

認知症ずいう病気は倉えられたせん。

しかし、その人が安心できる環境や、呚囲の関わり方は倉えるこずができたす。

私は日本で看護垫ずしおカンフォヌタブルケアの実践ず普及に取り組んできたした。

認知症ずいう病気は倉えられなくおも、その人が安心できる毎日は、私たちの関わり方で倉えられる。

゚クアドルでの掻動は、その思いをより確かなものにしおくれたした。
 
垰囜埌は、この゚クアドルで孊んだ経隓を倚くの人ず共有し、認知症になっおも安心しお暮らせる地域づくりに、少しでも貢献しおいきたいず思っおいたす。


#認知症
#認知症ケア
#介護
#看護垫
#高霢者
#JICA海倖協力隊
#゚クアドル
#囜際協力
#コンフォヌタブルケア
#海倖生掻

この蚘事が参加しおいる募集