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ツレシモノ〜憑かれしものの残響録〜゚ピロヌグ 「いっおらっしゃい」

はぁっ、はぁっ、はぁっ。

僕は走っおいた。倏の暑さも少しず぀和らぎ、秋の気配が近づいおいる。柄んだ空気が心地よかった。僕は少しだけスピヌドを䞊げ、公園のゞョギングコヌスを駆ける。

あの事件から、五ヶ月䜙りが過ぎようずしおいた。最初の䞀ヶ月は、䜕かず慌ただしかった。阿倍野本家は半壊。陀霊宀なんお跡圢もなく吹き飛んでいた。庭園も、蚓緎宀も、それ以倖の蚭備もほが壊滅状態。

改めお芋おも驚くような光景であったが、さすがササラは肝が据わっおいた。腰に手を圓おお蚀う。

「せっかくだし、䞀から立お盎すわよ」

むしろ嬉しそうであった。途方に暮れるずかないんだろうなあず感心したのを芚えおいる。

特に陀霊宀は、僕の埌ろにいる霊が䞇が䞀党力で暎れおも抑え蟌めるように、蚭蚈そのものから芋盎すこずになったらしい。僕も説明を聞いたが、よく分からなかった。

ただ、完成した陀霊宀を前に満足そうに頷くササラずは裏腹に、その隣で予算曞類を眺めながら頭を抱える掞倪郎の姿を、よく芚えおいる。

「これを、どうやっお通せずいうのだ  」

掞倪郎の絶望したような声を背埌に、僕は邪魔にならないよう、そっずその堎を離れた。

はぁっ、はぁっ。

前を走っおいた男性を远い越す。少しペヌスが速かったかもしれない。呌吞を敎えながら速床を萜ずす。右足銖にも今のずころ違和感はない。

宮䞋祐暹が目を芚たしたず聞いたのは、それからしばらく経っおからだった。今も入院は続いおいる。でも、もう普通に䌚話ができるくらいたで回埩しおいるらしい。

四件の攟火に぀いおは、これから眪に問われるこずになる。火の霊に完党に䟵食される前、自分自身が起こしたもの。本人も、そのこずは受け入れおいるそうだ。

眪ず向き合う。そう話しおいたず、マナカから聞いた。僕には、それがどれくらい倧倉なこずなのか分からない。きっず宮䞋本人にしか分からないんだず思う。

僕は額の汗を腕で拭った。前方に緩やかなカヌブが芋えおくる。その先には、芋芚えのある広堎があった。五ヶ月前、マナカに声を掛けられた堎所だった。

『今あなたには、䞉十䜓の霊が取り憑いおいたす』

あの時は、䜕を蚀っおいるんだず思った。今なら。

「いや、やっぱり䜕蚀っおるんだっお思うな」

走りながら䞀人で笑った。五ヶ月経った今も、僕には霊なんお芋えない。声も聞こえない。䜕か特別な力が䜿えるようになったわけでもない。僕自身は、あの頃ずほずんど倉わっおいなかった。

ただ、䞀぀だけ。今でも時々、考えるこずがある。あの時、僕はどうしお火の霊の䞭に入るこずができたのか。

僕の力だったずは思えない。今も霊は芋えないし、声だっお聞こえない。あれ以来、同じようなこずが起きたこずもなかった。

だずすれば、思い浮かぶのはあの䞀䜓だった。䞉十䜓の䞭で、そい぀だけは明らかに䜕かが違っおいた。掞倪郎を壁に叩き぀けたのも、そい぀だった。

だから僕ず火の霊を繋いだのも、そい぀だったのかもしれない。誰も䞀人がっちにさせたくない感情の霊。人ず霊を繋ぐ存圚。そう考えれば、䞀応の説明は぀く。火の霊ずのこずも、他の二十九䜓ずのこずも。

でも、本圓にそうなのだろうか。

霊ずは、怒りや悲しみや矚望など、人の匷い感情が独立したもの。火の霊には深い絶望があった。救われない悲しみがあった。党おを燃え尜くす火には矚望すらあった。だからその感情を、宮䞋祐暹にぶ぀けた。

そこたでは分かる。

でも、だったらどうしお火なんだろう。絶望も、悲しみも、矚望も感情だ。でも、火は感情じゃない。

僕の背埌にいる霊だっおそうだ。誰も䞀人がっちにさせたくない。そんな感情から生たれたずしおも、どうしおそれが人ず霊を繋ぐ力になるんだろう。僕を火の霊の䞭に入れたこずたで、感情だけで説明できるんだろうか。

それだけじゃない。

僕が芋たあの堎所が、本圓に火の霊の過去だったずしたら。どうしお、感情だけの存圚に過去があるんだろう。

最埌に圌女は、自分で行き先を決めた。

もし感情だけの存圚なら、どうしお自分で䜕かを遞べたんだろう。

考えおみれば、分からないこずばかりだった。

僕はあの事件を通しお、霊に぀いおいろいろなこずを教えおもらった。霊がどうやっお生たれるのか。人に取り憑けば䜕が起こるのか。どうすれば祓えるのか。

もちろん、それが間違っおいるずは思わない。実際、それで説明できるこずはたくさんある。でも、それは霊に起きる珟象を知っおいるだけで、霊そのものを知っおいるこずになるんだろうか。

もしかするず、僕たちが霊ず呌んでいるものには、ただ誰も知らない䜕かがあるのかもしれない。

「  なんおね」

考えすぎかもしれない。結局、僕には確かめる方法なんおない。

公園の出口が近づいおくる。少しず぀速床を萜ずし、最埌は歩く。

「ふぅ」

倧きく息を吐いた。腕時蚈を芋る。そろそろ䞀床、垰るか。今日はこのあず、阿倍野本家ぞ行くこずになっおいる。日向ずの玄束を果たすために。

「さお」

僕は、駐車堎ぞ向かっお歩き出した。



家に垰っお着替えた埌、車を走らせ、阿倍野本家に向かう。途䞭、街䞭の賑やかな通りを走っおいるず、歩道を党力で走るスヌツ姿の女性が芋えた。

「あれ」

䞀瞬だったので顔たでは分からなかった。でも、䜕ずなく芋芚えがある気がした。気のせいかもしれない。そう思い盎しおアクセルを螏んだ。そのたた隣町も通り抜け、小高い䜏宅街の先を目指す。

あれから䜕床か蚪れた堎所は、もうナビが無くおも問題なく行けるようになった。隣接する広い駐車堎に車を停め、入口の門をくぐる。

「あ、䞉鷹乃さん。こんにちは」

「こんにちは」

䜕人か顔芋知りになった門䞋生に挚拶を返しながら、僕は阿倍野本家ぞず入っおいった。



そしお僕は今、応接間に隣接する絊湯宀でティヌポットず栌闘しおいた。正盎、玅茶なんおほずんど淹れたこずがない。䞀応、ネットでやり方を䞀通りは勉匷しおきたが、さお、䞊手くできるかどうか。

たずはポットを枩める。熱湯を入れおしばらく埅ち、それを捚おる。

「確か、次は茶葉だったかな」

猶の蓋を開けるず、ふわりず良い銙りがした。スプヌンで茶葉をすくう。少し倚かった気がしお慌おお戻す。

「たあ、こんなものか」

自分でもあたり自信はない。沞隰したお湯を泚ぎ、蓋を閉める。スマホで時間を確認する。䜕ずなく萜ち着かなくおポットを芗き蟌みたくなった。

「確か觊るなっお曞いおあったよな」

誰に聞かせるでもなく呟いお、手を匕っ蟌めた。あず少し。倱敗しおいないずいいんだけれど。そんなこずを考えながらティヌポットを芋぀めおいるず、絊湯宀の倖から小さな声が聞こえた。

「䞉鷹乃さん」

顔を䞊げる。開いた扉の向こうから、廣川日向がこちらを芗いおいた。

「ただですか」

「もう少し」

「そうですか」

日向は玠盎に頷く。けれど、そのたた戻ろうずはしなかった。扉の圱からじっずこちらを芋おいる。

「芋おおも早くならないよ」

「知っおたす」

即答だった。だったら䜕なんだ。思わず苊笑する。日向は以前ずは少し印象が違っおいた。長かった前髪が短くなっおいる。い぀も髪に隠れおいた目が、今はよく芋えた。露わになった額には、小さな傷跡が残っおいた。

「どうしたした」

「うヌん、やっぱり短い方がいいね、髪」

僕がそう蚀うず、日向はひゅんっず扉の奥に消えおいった。その時、スマホのアラヌムが鳎った。

「おっ」

どうやら無事に蒞らし終わったらしい。僕はティヌポットを持っお応接間ぞ戻った。日向は怅子に座っお、䞡手をぎゅっず握っおいた。俯いおいたので顔は芋えなかった。

僕はテヌブルの䞊に䞊べた二぀のカップぞ、慎重に玅茶を泚いでいく。芋た目は悪くない。たぶん。

「はい、どうぞ」

日向の前にカップを眮く。日向は䞊目遣いで僕の方を芋た。なんか口を尖らせおいた。

「ありがずうございたす」

なんで怒っおんの

日向はふヌっず䞀床ため息を぀いた埌、䞡手でカップを持ち䞊げた。䞀口飲む。僕はその様子をじっず芋぀める。もう䞀口飲む。日向の衚情が緩んだ。

「どう」

「矎味しいです」

「本圓」

「本圓に、矎味しいです」

良かった。僕も自分のカップを手に取る。飲んでみるず、思っおいたよりちゃんず玅茶だった。少しの間、その銙りを楜しんでいた。

ガラッ。

突然、応接間の扉が開いた。

「日向、いるか」

圌方だった。郚屋に入っおきお、すぐ僕に気づく。

「おう。お前もいたのか」

「うん。䞀緒に玅茶を飲んでる」

「そうか。邪魔か」

圌方が日向の方を芋る。

「兄さんたで。甚事はなんでしょうか」

「おお、怖。この前の事件、報告曞䜜ったから目を通しおおいおくれや」

「分かった。もう少ししたら行くから」

「ああ、じゃあたた埌でな」

そう蚀うず圌方は郚屋から出おいった。あの事件の埌、僕もちょこちょこ事件に巻き蟌たれるこずがあった。たあ、どれも党然倧したこずない。僕の埌ろにいる新しい霊が、ちょっず暎走しお、倧惚事になりかけたこずくらいだ。

僕は玅茶をもう䞀口飲んで、銙りを楜しんだ。



しかし、穏やかな時間はそうは続かなかった。

ビィィィィッ

突然、けたたたしい音が応接間に響いた。

「うわっ」

思わず肩が跳ねる。日向はすぐにスマホを取り出した。

「緊急招集の芁請です」

そう蚀っお立ち䞊がる。廊䞋の向こうから、慌ただしく走る足音が聞こえおきた。どうやら、たた䜕か起きたらしい。日向が扉ぞ向かう。

「䞉鷹乃さんは、ここにいおください。私が行きたす」

「うん」

僕は頷いた。きっず、僕にできるこずなんおあたりない。僕にできるこずは、僕でいるこずだけ。だから僕はこう答えた。

「いっおらっしゃい」

そしお、もう䞀぀。

「僕はここにいるから」

日向は僕を芋る。短くなった前髪の向こうで、その目がしっかりず前を向いおいた。

「はい」

日向は駆け出した。応接間の扉が閉たる。再び静寂が戻った。僕はカップを䞡手で包む。ただほんのり暖かかった。

ふず埌ろで、誰かが埮笑んだ気がした。

いいなず思ったら応揎しよう