2026/8/29
この前お世話になっていたラフティング会社に、ライフジャケットを置きっぱなしの話をしたら現役ガイドが持ってきてくれるとの事でお願いした。先日持ってきてくれたモノが、違う人のだったようだ。最初から私が取りに行けぼよかったのだが、、私のライフジャケットは捨てたらしい。さすがに残念すぎる、人というものは本当にわからない。いろいろ大丈夫かなとか思ってたけど、残念だがもう関わることはない。
あのライフジャケットは私の命を守ってくれたが、私はライフジャケットを守れなかった。もともこもないお話しでした。
ここ最近、良い人じゃないとこの先やっていけない説の話をよくする。AIにより質の高い企画や仕事はコモディティ化している。圧倒的均一クオリテイの世の中になり、間違いは減るが自分が作ったものではないから、何をしたいか言語化できない人たちが多くなる。良い人であるか?は信じれる人がどうか?である。ゴール決めれなくても良い、その人と取組をしてよかったか?また会いたいな、一緒にまたしたいな、そう思われる人になりたい。
自分もこれまで迷惑はかけまくってきたが、今の自分はチームや仲間、お客様、お世話になってる人には、尊敬・愛・信じる気持ちをもって向き合っていきたい。私は周りからいつも落ち着いている・波がないと言われるようになった。いつからこんなに動じなくなったのか?とふと考えてみた。
子供の時は良く泣き良くビビり、友達に守られていた。アパレル会社員時代は、東京に転勤なった時は1人で飲みに行って、結果出せない自分にずっとイライラしていた。
「自分で責任をもって何かをする」、でいうと高校生のときにTシャツに自分の描いた絵を刷って「HOT HEART」というブランドをやってみた。ブランドといえるできではないが、そこから自分の価値観や性格、生きた方が変わった気がする。それ以降も「何かをつくる・任せられる責任」、「何かを成し遂げたい使命」が自分の中にいつもあった。
責任と使命が人を変える、責任があるからヤバめの事が起こっても深呼吸して、やらないといけないことは何か?シンプルにやっていくしかない。使命があるから、売上がなくてもやり続け結果を出そうとする。何年もそういうことを繰り返していくと、「全ては奇跡で当たり前ではない」ことに気づく。もともとないモノだから、結果が出ること自体が奇跡なんだと思っている。自分はお金稼ぐ才能はないのか?などいろんな気づきや不安はあるが、考える暇はないと割り切る。それを繰り返してきた結果、あまり波のない人間になったのかなと整理した。

昨日はネイチャーポジティブについて考える一日だった。9/11提出の助成金企画提案書を作成してるのだが、なかなか難しい。上川町とコロンビアの取組など、北海道の町長や大手企業が集まる機会だった。アナウンスで「本日お集まりの方は、大手企業様がほとんどです」とあった。すごく気まずかった。1人以前どこかで会った人がいて、お話をしたが全く思い出せない。そしてネットワーキングという時間が苦手すぎて、ビルから飛び降りたくなった。LINEのオフィスだったのだか、おしゃれなパッケージに入ったり水ぎ、ゲスト専用で壁一面の冷蔵庫に入っていた。WITH RIVERもキャラクターをつくりたい。トレンドワードにはお金が集まり、ケータリングも北海道のお酒やラーメンなど、無料で提供していた。人々は大声で笑い、乾杯して、使い捨てのカップのラーメンをすする。アスファルトのビルでは自然の未来を語る。より一層ネイチャーポジティブとは何か?わからなくなった。より一層考えなければない。
