ふたたびの100日目に、灯したもの
みなさん、こんばんは🌙
noteが大好きな、雪綴ゆきです。
いつも、わたしのnoteを読んでくださり
本当にありがとうございます。

ふたたびの100日目に、灯したもの
今夜の記事で、100日連続投稿になりました。
じつは、二度目の100日です。
はじめての100日をめざしていたころ
わたしは毎晩、数をかぞえていました。
今日も途切れなかった。
数字をたしかめて、小さく息をつく。
そんな夜を、ひとつずつ重ねていました。
あのころは、「つづけること」そのものが目標で
灯りをともすというより
消えそうな火を、両手でそっと囲っていた。
そんな100日でした。
二度目の100日は、すこしちがいました。
気づいたら、100日でした。
いつのまにか、かぞえることをやめていたのです。
夜になると、机に向かう。
ケージの奥で、チンチラのみーくんが
牧草をかじる音を聴きながら
その日のことばを探す。
上手く書けない日もありました。
書きかけのまま、そっと手を離した物語もありました。
それでも、窓辺には灯りがついていた。
ただ、それだけ。
その「ただ、それだけ」が
100回、重なっていました。
はじめての100日は
自分のために灯していたのだと思います。
「わたしは、つづけられる」
そう、自分に見せるために。
けれど二度目の100日は
すこしだけ外を向いていました。
この灯りの向こうに、誰かの窓があること。
いただくコメントのひとつひとつが
遠くで揺れる灯りのように見えること。
そんな景色を知ってしまったから
消したくなかった。
そう書くと……きれいすぎるでしょうか。
ほんとうは、もっと小さな理由です。
今夜書かなかったら、なんだかさみしい。
ただそれだけで指が動く夜が
すこしずつ増えていきました。
100日は、意志の強さの証明ではない。
いまは、そう思っています。
大きな火を、燃やしつづけた100日ではなくて。
小さな灯りを、今夜も
今夜もと、消さずにいた100日。
ふと手を止めると、みーくんがこちらを見ています。
ほんの一瞬、目が合って。
それでじゅうぶん、と言われたような気がしました。
窓の向こうには、八月の夜。
八月は、わたしにとって、はじまりの月です。
noteをはじめた月。
そして、いくつもの節目が集まってきた月。
そこにまたひとつ、小さな灯りが増えました。
三度目の100日を、めざしているわけではありません。
めざしているのは、明日の夜の、ひとつの灯りだけ。
それを灯せたら、きっとじゅうぶんです。
もしいま、数をかぞえながら灯しているひとがいたら。
数をかぞえているその夜も
ちゃんと、ひとつの灯りです。
わたしの両手も
そうやって、ほどけていきましたから。
いつも読んでくださって
ほんとうにありがとうございます。
わたしが灯してきた100日のなかには
読んでくださったあなたの時間も、たしかにあります。
今夜も、窓辺から。
あなたの窓の灯りも
どこかでやさしく、ともっていますように。
この世界で、灯りを綴る。
雪綴ゆき
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