不立文字の教え
いつだったか?夫と二人で座禅に行った事がありました。
座禅が終わった後に説法があって
その時聞いた話。
不立文字
禅宗の教義のひとつで、言葉や文字で
伝えることには限界がある。
何ごとも実際に体験しなければ、その真髄は理解できない、という意味だそうです。
「不立文字」という言葉は、
文言どおり「文字を立てず」と読めます。
仏教の悟りや真理を文字や言葉だけに頼ってはならない、という精神をあらわしています。
釈迦は
「私が説いた教えを鵜呑みにせず、
自分で確かめて判断しなさい」という趣旨の言葉を
たびたび残しています。
「文字や説法はあくまで導きの一部で、
真理は自分の内側で確かめるべきだ」というメッセージ。
後世の禅宗が「不立文字」として言葉を超えた悟りを
説くのは、釈迦の教えの延長にあるのです。
文字や理論よりも、直接その人の心を見つめることが重要
「しょせん悩み苦しみなど実体のないもの。
すべて自分でつくり出したものに過ぎないのだよ」
達磨大師は説いています。
「真の『悟り』とは、言葉や文字を
超えたところに存在するものだ。
実際に経験・体験して、はじめて得られるものだ」
現代社会では、インターネットや書籍などを通して
膨大な情報に触れられるようになりました。
ビジネスでもプライベートでも、常に文字やデータの
やり取り、言葉によるコミュニケーションが増えています。
「情報過多」に陥ったとき、
何が本当に大切かを自分の内面に問い直す。
相手の言葉を超えた思いや、意図を汲み取ることで、
より深いコミュニケーションが生まれるのです。
文字やデータを使わずに生きることは、
実際には難しいでしょう。
どんなにテクノロジーや情報が発達しても、
最後に自分が納得できる答えは、
外部から与えられたものではなく、自分の中にあるのだと
いう意識をもつことが大切ですね。

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