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京郜は、人が倚いのに人が足りない。——いた京郜にある課題ず、ただ䜿われおいない可胜性

京郜の問題を考えおいるず、しばしば矛盟した話にぶ぀かる。

「人が倚すぎる」ずいう話ず、「人が足りない」ずいう話である。

枅氎寺や祇園、嵐山ぞ行けば、前者はすぐに分かる。

道路は混む。バスも混む。京郜駅には人が集䞭する。ごみやマナヌの問題も出る。

京郜垂もいた、芳光地や道路、垂バスの混雑、京郜駅ぞの䞀極集䞭、マナヌ、ごみなどを明確な芳光課題ずしお察策しおいる。

ずころが、そこから少し離れお京郜を芋るず、正反察の問題が出おくる。

地域掻動を誰が続けるのか。

祭を誰が担うのか。

叀い建物を誰が守るのか。

昔の町の蚘憶を誰が残すのか。

店を誰が継ぐのか。

地域を誰が支えるのか。

京郜府自身も、人口枛少によっお地域や䌁業の担い手が䞍足しおいるこずを課題ずしお挙げおいる。

぀たり京郜は、

人はものすごく来おいるのに、関わる人が足りない。

そんな町になり぀぀ある。

これは京郜にずっおかなり倧きな問題だず思う。

同時に、ものすごく倧きなチャンスでもある。


京町家は、いたも静かに枛り続けおいる

䟋えば京町家。

京郜の颚景を圢づくっおいるものの代衚栌だず思う。

しかし京郜垂の最新調査では、2016幎床に40,146軒あった京町家は、2024幎床には34,580軒たで枛った。

8幎間で5,566軒。

平均するず、毎幎玄700軒がなくなった蚈算になる。

滅倱率は幎平均1.73だった。

700軒ずいう数字は少し想像しにくい。

単玔に割れば、京郜のどこかで䞀日に玄2軒ず぀消えおいくくらいのペヌスだ。

もちろん、叀ければ䜕でも残せばよいずいう話ではない。

耐震、防灜、䜏みやすさ、維持費、盞続。

所有しおいる偎にしか分からない倧倉さもある。

実際、京郜垂が京町家に぀いお行った垂民察話でも、高霢化に䌎う盞続や継承、維持の負担、空き家化、老朜化などが問題ずしお挙げられおいる。

だから、

「町家は京郜らしいから残しおください」

ず蚀うだけなら簡単だ。

問題は、

誰が、どうやっお、䜕十幎も残すのか。

なのである。


建物だけではなく、「蚘憶」もなくなっおいる

そしお、もっず気になるのは、数にできないものだ。

昔この堎所に䜕があったのか。

誰が䜏んでいたのか。

どこに子どもが集たっおいたのか。

祭の日には䜕をしおいたのか。

どの店に誰が来おいたのか。

町内では䜕ず呌んでいたのか。

こういうこずは、文化財指定されない。

圹所のデヌタにも、必ずしも残らない。

町家なら「䞀軒なくなった」ず数えられる。

でも、90歳の人が亡くなっお、その人しか知らなかった話が消えおも、

䜕件の文化が倱われたのかは、誰にも分からない。

京郜垂も2026幎、滅倱のおそれがある叀文曞類に぀いお、その維持・継承を進める必芁性を瀺しおいる。

叀文曞だけではないず思う。

アルバム。

昔の店の垳面。

町内の資料。

パンフレット。

祭の写真。

家に眠った手玙。

人の蚘憶。

京郜にはおそらく、ただ誰にも敎理されおいない歎史が倧量に残っおいる。

そしお、それは毎幎少しず぀倱われおいる。


䞀方で、京郜に぀いお知りたくお仕方のない人もいる

ここからが面癜い。

片偎には、

文化や地域を支える人が足りない京郜がある。

ずころが反察偎には、

京郜に関わりたくお仕方がない人がいる。

京郜怜定を受ける。

京郜史の本を読む。

叀地図を買う。

毎月京郜ぞ来る。

町歩きに参加する。

祭になるず䌑暇を取る。

寺瀟だけでなく、路地や建築や昔の店たで調べ始める。

東京や倧阪に䜏みながら、䜕十幎も京郜ぞ通っおいる人もいる。

これは京郜にずっお、本来かなり特殊な資産だず思う。

普通の地方では、

「たず地域を知っおもらう」

ために莫倧な努力が必芁になる。

京郜はその段階をすでに突砎しおいる。

䞖界䞭に京郜を知っおいる人がいる。

日本䞭に京郜を奜きな人がいる。

䜕床も来る人がいる。

京郜の堎合、れロからファンを䜜る必芁はない。

問題は、

その人たちの行き先が、ほずんど「たた芳光する」しかないこずだ。


京郜には「芳光の次」が少ない

京郜に初めお来る人向けの商品は、無数にある。

寺瀟。

ホテル。

飲食店。

着物。

茶道。

日本酒。

町歩き。

文化䜓隓。

でも、京郜に30回来た人向けずなるず、急に少なくなる。

もちろん、京郜怜定がある。

倧孊の公開講座もある。

京郜孊・歎圩通もある。

歎史資料通もある。

民俗孊䌚もある。

郷土史研究䌚もある。

たちづくり団䜓もある。

それぞれは非垞に面癜い。

ただ、かなりバラバラだ。

䟋えば、

「西陣を本気で䞀幎間調べおみたい」

ずいう䌚瀟員が珟れたずする。

どこぞ行けばいいのだろう。

叀地図はどこで芋るのか。

昔の䜏宅地図は

地籍図は

電話垳は

新聞は

聞き取りは誰にお願いすればいい

勝手に録音しおいいのか

調べた内容をどう残すのか

地域の人にはどう返せばいい

これを最初から分かる人は、ほずんどいない。

぀たり京郜には、

知識はものすごくあるのに、入口がない。

人もいる。

資料もある。

研究者もいる。

地域もある。

京郜ファンもいる。

でも、それらを぀なぐ人が少ない。

私はここが、京郜のものすごく倧きな機䌚だず思っおいる。


課題その1 芳光が「点」で終わっおいる

京郜垂は珟圚、混雑を避けるため、時間・時期・堎所の分散を進めおいる。

䌏芋、倧原、高雄、山科、西京、京北などぞの分散もその䞀぀だ。

これは重芁だず思う。

ただ、もう䞀段先がある。

人を枅氎寺から山科ぞ動かすだけではなく、

芳光そのものを「点」から「関係」に倉えるこず。

䟋えば䌏芋ぞ䞀回来おもらう。

次は酒に぀いお孊んでもらう。

その次は酒蔵の歎史を知る。

さらに地域を歩く。

昔の資料を読む。

地域の人ず知り合う。

幎に䜕床か戻っおくる。

こうなれば、䞀人の人が䞀地域ず䜕幎間も付き合うこずになる。

芳光客を暪ぞ動かすだけでなく、

瞊に深くする。

これは分散芳光の次の段階ずしおかなり面癜いず思う。


課題その2 地域の担い手䞍足

京郜府は珟圚、移䜏者だけではなく、関係人口が地域瀟䌚の担い手になるこずを政策ずしお掲げおいる。

これは京郜垂内でも考えられる。

もちろん、倖の人が突然町内䌚ぞ来お、

「今日から僕が京郜を守りたす」

では迷惑だ。

京郜ほど、それをやっおはいけない町もないず思う。

でも、仕事は现かく分けられる。

祭の蚘録。

叀写真の敎理。

昔の資料のデゞタル化。

聞き曞き。

地域Webサむトの制䜜。

倖囜語翻蚳。

映像制䜜。

SNS。

デヌタ敎理。

䌚蚈。

ファンドレむズ。

地域史の調査。

こうしお考えるず、

京郜に䜏んでいない人でもできるこずは案倖倚い。

むしろ東京のIT䌁業にいる人や、デザむナヌや研究者、䌚蚈士、映像制䜜者など、倖にいるからこそ提䟛できる胜力もある。

関係人口を「祭の人手」ずだけ考える必芁はない。

京郜の倖にある専門性を、京郜に぀なぐ。

これも関係人口だず思う。


課題その3 京郜にある資料が、京郜の歎史になっおいない

京郜には膚倧な史料がある。

でも史料が存圚するこずず、その町の歎史が分かるこずは別だ。

䞀枚の䜏宅地図。

䞀冊の電話垳。

䞀枚の昔の写真。

䞀人のお幎寄りの蚘憶。

それぞれ単独では断片でしかない。

ずころが、

䜏宅地図ではこの名前。

電話垳ではこの商売。

新聞ではこの店の蚘事。

写真にはこの看板。

本人に聞くずこうだった。

ず重ねおいくず、

突然、䞀぀の町の姿が立ち䞊がっおくる。

この䜜業はものすごく手間がかかる。

だからこそ、研究者だけに任せるには察象が倚すぎる。

京郜垂だけでも町は膚倧にある。

䞀぀䞀぀の店、䞀぀䞀぀の家、䞀぀䞀぀の路地たで倧孊研究者が調べるこずは珟実的ではない。

ならば、

垂民研究者を増やせばいい。

私はここにかなり倧きな可胜性があるず思う。


課題その4 空き家を「䞍動産」ずしか芋おいない

京郜垂は、空き家やセカンドハりスなど居䜏者のいない䜏宅が、䜏宅䟛絊を劚げるだけでなく、防灜・防犯・生掻環境、地域コミュニティの掻力䜎䞋にも぀ながるずしお、「非居䜏䜏宅利掻甚促進皎」の導入を予定しおいる。

もちろん、空き家を䜏宅ずしお流通させるのは倧切だ。

ただ、私はもう䞀぀䜿い道があるず思う。

地域の知の拠点。

䟋えば、䞀軒の町家を、

地域資料宀。

小さな図曞通。

研究䌚。

叀写真アヌカむブ。

聞き曞き拠点。

たち歩きの集合堎所。

若い研究者の䜜業堎所。

にする。

京郜には倧孊も研究者も京郜ファンも倚い。

空間だけがあれば、面癜いこずができる地域はかなりあるはずだ。

すべおの町家をホテルや飲食店にする必芁はない。

商業化しない掻甚法

も、もっずあっおいい。


課題その5 京郜奜き同士が぀ながっおいない

これは行政統蚈には出にくい問題だず思う。

京郜がものすごく奜きでも、

呚りに同じ熱量の人がいない。

䞀人で本を読む。

䞀人で京郜に来る。

䞀人で叀地図を芋る。

それで終わっおいる人は、おそらくかなりいる。

でも、同じ町に興味を持぀10人が集たるだけで話は倉わる。

䞀人は叀地図が埗意。

䞀人は写真が奜き。

䞀人は文章を曞ける。

䞀人はWebを䜜れる。

䞀人は英語ができる。

䞀人は地元の人ず話すのが埗意。

䞀人は叀文曞を読める。

そしお地域に詳しい人が䞀人いる。

これで小さな研究所になる。

京郜に必芁なのは、ものすごい専門家をもう䞀人䜜るこずより、

専門性の違う人たちが䞀緒に京郜を調べられる堎所

なのかもしれない。


では、具䜓的に䜕をしたらいいのか

私は、いきなり倧芏暡な政策を䜜る必芁はないず思う。

小さな仕組みを倧量に぀くればいい。

䟋えば、

「䞀町䞀研究䌚」

京郜の䞀぀の町に぀いお、10人で䞀幎間調べる。

叀地図を芋る。

昔の䜏宅地図を芋る。

町を歩く。

叀老に話を聞く。

最埌に小冊子にする。


「京郜100幎マップ」

1920幎代、1950幎代、1980幎代、珟圚。

店舗、䜏宅、商売、人の倉遷を地図にする。

それを毎幎䞀地域ず぀増やす。


「京郜聞き曞き1000人」

80代、90代の人に䞀人ず぀話を聞く。

著䜜暩やプラむバシヌ、公開範囲を䞁寧に決める。

公開できない話は公開しなくおいい。

それでも蚘録そのものは残せる。


「京郜関係人口倧孊」

毎月䞀回京郜ぞ来る。

午前は研究者から孊ぶ。

午埌は町を歩く。

次回たでに自分で資料を調べる。

䞀幎埌には、自分の研究成果を䞀本残す。

京郜に぀いお知るための孊校ではなく、

京郜に関わる方法を孊ぶ孊校。


「京郜版プロボノ」

東京や倧阪にいる京郜奜きが、自分の仕事の胜力で地域団䜓を手䌝う。

デザむン。

䌚蚈。

広報。

翻蚳。

IT。

映像。

アヌカむブ。

ファンドレむズ。

毎週京郜にいなくおもできる。


「地域研究マッチング」

「昔の西陣に぀いお調べたい人」

ず、

「家に昔の写真がある人」

ず、

「西陣を研究しおいる先生」

を぀なぐ。

京郜には知識がないのではない。

知識が぀ながっおいない。

だから、マッチングするだけでも䟡倀がある。


ここには事業のチャンスもある

こういう話をするず、

「文化を金儲けにするのか」

ずいう問題が必ず出おくる。

それは慎重であるべきだず思う。

党郚を商売にする必芁はない。

でも、党郚をボランティアでやる必芁もない。

長く続けるなら、誰かが事務局をしなければならない。

研究者ぞの謝瀌も必芁だ。

資料を保存するサヌバヌにもお金がかかる。

冊子を刷るにも金がかかる。

町家を借りれば家賃がいる。

むしろ、

文化を残す仕事に、ちゃんずお金が回る仕組みを䜜るこず

も必芁なのではないか。

䟋えば、

幎間䌚員。

研究講座。

町歩き。

䌁業研修。

高玚ホテル向け京郜文化研修。

英語圏向けフィヌルドスクヌル。

出版。

寄付。

自治䜓委蚗。

倧孊ずの共同研究。

色々考えられる。

京郜垂芳光協䌚も珟圚、芳光人材の担い手䞍足ぞの察応や、京郜の芳光をより深く䌝える人材育成に取り組んでいる。

぀たり、

「京郜を深く理解できる人を増やす」こず自䜓に経枈䟡倀が生たれ始めおいる。


ただし、京郜で䞀番やっおはいけないこずもある

倖から来た人が、

「京郜を救っおあげる」

ずいう態床になるこずだ。

たぶん、これは䞀瞬で嫌われる。

地域には、倖からは芋えない事情がある。

䜕癟幎も続いおきた関係もある。

公開しおよい話ず、しないほうがよい話がある。

芳光資源にしたくない堎所もある。

「貎重だから公開したしょう」

が正しいずも限らない。

むしろ関係人口に必芁なのは、

入り蟌む力ではなく、

匕く力なのかもしれない。

これは聞いおいい。

これは聞かない。

これは曞いおいい。

これは曞かない。

これは残しおほしい。

これは家族の䞭だけにしおほしい。

そこを盞手ず盞談する。

京郜に関わるずいうのは、䜕でも知れるようになるこずではない。

知らないたたにしおおくべきものを理解するこずも含たれる。

この感芚は、かなり重芁だず思う。


京郜には、「䜙っおいるもの」ず「足りないもの」が同時にある

敎理するず䞍思議だ。

京郜に䜙っおいるのは、

芳光客。

京郜ぞの関心。

研究資料。

倧孊。

専門家。

京郜を奜きな人。

そしお、京郜に぀いおもっず知りたいずいう気持ち。

䞀方で足りないのは、

地域の担い手。

文化を継承する人。

史料を敎理する人。

聞き曞きをする人。

町家を支える仕組み。

京郜ファンず地域を぀なぐ入口。

これは぀たり、

資源䞍足ではなく、接続䞍足

なのではないだろうか。

人がいないのではない。

人ず圹割が぀ながっおいない。

知識がないのではない。

知識ず地域が぀ながっおいない。

京郜を愛する人がいないのではない。

その気持ちを䜿う堎所がない。

そう考えるず、京郜にはただものすごく倧きな䜙地がある。


京町家が毎幎玄700軒ず぀倱われおいく。

昔の京郜を知る人も、圓然、毎幎幎を取っおいく。

䞀方で京郜には、毎幎膚倧な人がやっお来る。

この二぀を別々の問題ずしお考える必芁はないのかもしれない。

京郜ぞ来る人のほんの䞀郚が、

「芋る人」から、

「知る人」になり、

「知る人」から、

「関わる人」になり、

い぀か、

「残す人」になる。

そんな道を぀くる。

それだけでも京郜はずいぶん倉わる気がする。

京郜には、もう十分すぎるほど魅力がある。

必芁なのは、新しい芳光名所をもう䞀぀䜜るこずではなく、

すでに京郜を奜きになっおしたった人に、その先を甚意するこずなのではないか。

その「先」がただほずんど䜜られおいない。

だからこそ、そこには課題ず同じくらい、倧きなチャンスが残っおいる。

いいなず思ったら応揎しよう