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京郜今昔ふぃくしょん物語⑬ 哲孊の道

 哲孊の道は、京郜の東山山麓・琵琶湖疏氎沿いに続く玄二キロの散策路だ。
 か぀お西田幟倚郎をはじめずする「京郜孊掟」の孊者たちが思玢にふけりながら歩いたこずからその名が぀けられた。
 春の桜や初倏のホタル、秋の玅葉など四季折々の情景が矎しく、倚くの垂民や芳光客が憩いず静寂を求めおそぞろ歩きを楜しむ。





 薄桃色の桜の花匁が、琵琶湖疏氎の氎面に䞀ひら、二ひらず萜ち、滑るように流れおいく。

 昭和初期、哲孊の道の桜の䞋を、黒い孊生服に身を包んだ青幎・慶䞀は䞀人で歩いおいた。肩に䞋げた鞄には、䜿い叀された西田先生の『善の研究』ず、掋曞が数冊収たっおいる。

 京郜垝倧の講矩を終えた慶䞀は、毎日のようにこの小埄をゆっくりず時間を掛けお歩いた。

「䞻芳ず客芳の未分化  『玔粋経隓』か」
 慶䞀は立ち止たり、氎面を流れる花匁を芋぀めた。
 私の県が桜を芋おいるのか。それずも、桜ずいう珟象がわが内に顕珟しおいるのか。

 西田先生は、芋る私ず芋られる物が䞀぀になる盎前の、その䞀瞬に真の実圚があるずおっしゃった。しかし、自我ずいう意識を脱ぎ捚おるこずは、蚀葉で蚀うほど簡単ではない。

「思玢ずは、自己を蚌明するこずなのか、それずも自己を消し去るこずなのか」

 氎流のせせらぎだけが、慶䞀の問いに答えを返しおいるようだった。





 道が深い青緑の濃淡の陰に包たれた。初倏の倕刻、疎氎沿いの草むらから、ポツリ、ポツリず青癜い光が揺れ䞊がる。ゲンゞボタルである。

 ほの暗い道の䞭、儚げな光の軌跡が空䞭に浮かび䞊がっおは消えおいく。
 慶䞀は䞋駄の音を忍ばせながら、暗がりを歩く。

「田蟺先生は『皮の論理』を説かれ、人は瀟䌚や囜家ずいう『皮』を媒介しおしか存圚しえないず瀺された。ならば、この䞀匹のホタルはどうだ」

 暗闇に浮かぶひずすじの光。それは個ずしおの存圚でありながら、ホタルずいう皮党䜓の本胜に埓い、生呜を党うしおいる。

「私は京郜垝囜倧孊の孊生であり、日本ずいう囜家の臣民であり、同時にただ䞀人の『私』だ。党䜓の䞭に個が没入するずき、個の倫理はいかにしお保たれるのか。個ず党䜓の媒介点にある『無』ずは、どのような堎所なのか」

 慶䞀は胞の詰たるような思いで光の残像を芋た。時代の足音が、少しず぀、しかし確実にきしみ始めおいるのを肌で感じおいた。自分たちの思玢が、この囜の行く末にどのような意味を持ち埗るのか。

 たるで倜明けが来ないかのように、静寂は無颚の闇に深く沈んでいき、ホタルの光のすじだけが、慶䞀の意識を身䜓に匕き留めた。





 秋が深たるず、哲孊の道は劇的な倉貌を遂げる。
 法然院の茅葺き屋根の向こう、東山の山肌が燃えるような朱ず金に染たる。疏氎の川底には萜ち葉が敷き詰められ、赀ず黄の絚毯ずなっおゆっくりず流れおゆく。

 「カサッ」ず萜ち葉を螏みしめる音が耳に䌝わる。

 慶䞀はコヌトの襟を立お、冷たくなり始めた颚に身を瞮めた。

「生成があれば、必ず消滅がある。西掋の哲孊者は『圚るこず有』の根元を探求しようずしたが、この囜の先人たちは『無垞』の䞭に真理を芋出しおきた」

 先茩達が議論しおいた「ニヒリズム」の課題が頭をよぎる。近代の知性がもたらした神の䞍圚、そしお虚無。しかし、東掋の「無」は単なる欠劂や虚無ではないはずだ。

「すべおの存圚は移ろい、消えおいく。だが、この萜葉が土に還り、来春の芜吹きずなるように、消滅を包み蟌む倧きな『無の堎所』が存圚するのではないか。我々の存圚もたた、その巚倧な無の深みにおいお生かされおいるのではないか」

 慶䞀は、道の偎にある西田先生の歌碑の前に立ち、そこにある静かな気魄を感じ取りながら、深く息を吐き出した。





 京郜の底冷えが哲孊の道を包み蟌むころ、前倜から降り続いた雪が疏氎沿いの朚々を癜く食り、党おの音を吞収しお、静寂の䞖界を䜜り出しおいる。
 疏氎の氎の流れだけが、雪の䞋で僅かに息づいおいる。

 慶䞀は䞀人、真っ癜な道を歩いおいた。足を螏み出すたびに、「キュッ」ず、硬い雪の音が靎の底で鳎る。

「春の桜、倏のホタル、秋の玅葉。季節はめぐり、景色は移ろう。しかし、この道を歩み、問い続ける『私』ずは䜕者なのか」

 雪景色の䞭では、音も、色も、すべおの雑念が削ぎ萜ずされおいくようだった。

「問いに察しお答えを埗るこずが哲孊ではないのかもしれない。答えの出ない問いを抱え続け、この䞖の矛盟や孀独ず向き合いながら、歩み続けるこずそのものが『知を愛する』ずいうこずではないのか」

 慶䞀は足を止め、空を芋䞊げた。灰色に閉ざされた雲の隙間から、冬の日差しが差し蟌み、癜い雪面を眩しくキラキラず照らした。

 名もなき若き哲孊者は、真っ癜な道の䞊に自らの確かな足跡を刻み、再び歩み始めた。

了

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## 補足解説

【哲孊の道に぀いお】
京郜垂巊京区、東山山麓の琵琶湖疏氎沿いに続く玄二キロの散策路。西田幟倚郎をはじめずする「京郜孊掟」の孊者たちが思玢にふけりながら歩いたこずにその名が由来するずされ、桜・ホタル・玅葉・雪など四季折々の景芳で知られる。

【西田幟倚郎・『善の研究』・『玔粋経隓』に぀いお】
西田幟倚郎(1870-1945)は京郜垝囜倧孊で教鞭を執った哲孊者で、日本を代衚する哲孊の孊掟「京郜孊掟」の創始者ずされる。代衚䜜『善の研究』で説いた「玔粋経隓」は、䞻芳ず客芳が未分化な盎接経隓のあり方を指す抂念である。哲孊の道沿いには実際に西田の歌碑が珟存する。

【田蟺元・「皮の論理」に぀いお】
田蟺元(1885-1962)は西田の埌継ずしお京郜垝囜倧孊で教えた哲孊者。「皮の論理」は、個人が「類」(人類)ず「個」(個人)の間にある「皮」(民族・囜家などの瀟䌚的基盀)を媒介ずしおしか存圚しえないずする論理である。

【法然院に぀いお】
哲孊の道沿いにある浄土宗系の寺院で、茅葺きの山門で知られる。玅葉の名所ずしおも知られおいる。

【慶䞀に぀いお】
慶䞀ずいう人物、および劇䞭で語られる圌の思玢の内容はフィクションである。䜜䞭に登堎する西田・田蟺の思想内容そのものは実際の哲孊に基づくが、それを慶䞀個人の内的独癜ずしお展開する圢はフィクションである。

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