駄文 今の日本に思うこと
インバウンドという言葉がテレビでしきりに放映され始めてからどれくらい経つだろうか。
現在では外国人が街中を闊歩している姿は珍しくもなんともなく、それがむしろ当たり前とさえ思えるほど、外国人にとって敷居の低い国になった。
円安も影響しているのだろうが、それにしたって多すぎると思う。
私のこの感覚を共有する日本人は多くいるだろう。
日本人はそれくらい「観光地化する日本」についてのアンテナが低かったように思う。
戦後、日本が評価されていた部分はその経済力や科学力だった。
特に家電や自動車は、戦勝国で文化の先端をひた走っていた欧米各国の追随も許さないほどであった(アメリカやロシアが宇宙開発ばっかりやってたために、空白になっていた産業を日本が一手に担っていたとも言える)。
バブル景気の頃までは、その経済力に任せてこの世の春を謳歌していた日本にその陰りが見えたのはバブルが弾けた後の不景気の時代だった。
国際競争力は衰え、何より消費者のニーズを掻っ攫っていったのは中国や韓国の家電メーカーだった。
日本は消費者に優しすぎるために様々な機能を追加する代わりに商品が割高になってしまっていた。
そのため、シンプルを標榜し割安の価格で抑えた上記メーカーの商品がヒットしたのである。
内紛など様々な要因で日本の後塵を廃していた中韓や東南アジアの国々が成長を続けていく中、リーマンショックの打撃もあり日本は暗中模索を続けている。
また地中資源もなく、海洋資源もロシアや韓国、中国に狙われているので、安心して資源保護を行えない日本は、海外と取引できる材料もとりわけ少なかった。
しかし、そんな日本にも注目される部分は残っていた。
独自の文化からできあがった建造物や祭りなど、"観光資源"である。
日本独自の文化については、戦前から海外の研究者の興味の的になっていたが、それを実際に見てみようという動きが戦後加速していく。
さらに、治安が良いことやお客さんをもてなすという精神性で日本は観光地として人気を博していった。
そんな日本にも罠があった。
個人差はあるにしても、海洋国家の遺伝子は否が応でも排外主義を生み出してしまう。
つまり、外国への関心が他国よりも少ないのである。
また、教育レベルの高さから母国語で高等教育、大学教育まで可能な日本では、「日本語を喋ることができれば学校を出られる」というアドバンテージを生んだ。
これは高尚な文化を持つ国にしか許されないことだと思うが、観光客が来日する際に、強烈なディスアドバンテージになった。
英語がわかる人が極端に少ないのだ。
「英語が公用語になっていない」ということは、歴史的に見れば誇れることだ。
大航海時代にヨーロッパ各国の侵略を受けた国は、侵略者側の国を宗主国としてその国の言語を使っている。
例えをあげれば枚挙に暇がない。それくらい陸続きの国では勢力図が次々と塗り変わっていった。
日本は四方八方を海に囲まれた海洋国家として、過度な侵略を受けずに現代まで歴史を紡いでいる。
もちろん太平洋戦争後アメリカの統治下に置かれたり、そもそも明治時代に森有礼が公用語を英語にしようと提唱したことはあるものの、結局は日本人の識字率の高さなども相まって遂行されず、現代まで「公用語がなく、母国語のみを用いる国日本」として存在している。
これは誇るべきことであって恥ずべきことではないと思う。
しかし、韓国や中国など近隣の国が国際競争力を得ている今を鑑みると、国際言語たる英語を習得しなかったのは、なかなか手痛い日本史の反省点なのではないかとも思えてしまう。
かつての日本のように経済力や科学力で国際社会と対峙する国や、ブルネイやドバイのように資源を取引材料として国家を成立させる国もある中、日本が選んだ道は「観光立国」だった。
おそらくこの動きの端緒は、バブル景気に任せ行われた「ふるさと創生事業」だったろう。
もしくは沖縄海洋博覧会や大阪万博の影響もあったかもしれない。
何にしても、住みやすい日本を目指したかつての日本人は、日本国内にリゾート地と呼べる場所をいくつも作っていた。
有名なところで言えば、軽井沢などの高原リゾート、沖縄などの海洋リゾートなど全国各地に人を呼び寄せるための仕組みが作られた。
その大多数はバブル崩壊で頓挫するのだが、すでに整備が終わっていた場所は現在でも避暑地などで人気を博している。
この人を呼び込むための土台は、およそ日本人を相手にした観光を意識して作られていただろう。
実際観光地の栄枯盛衰を見ると、永続的な維持よりかはブームに乗っかった一時的な人気で形作られ(て、今や人より動物の方が多くなっ)た場所が多い。
つまり日本における流行をコンセプトに作られた観光地だったのだ。
その対象者に僅かにでも外国人はいただろうし、外国人の日本観光を目的に整備された場所もある。
しかし、それは多数派ではなかった。
日本人が日本を知る。
景気が良くなるにつれ余暇時間の見直しが図られていた日本では、観光が娯楽として"日本人に"提供されていたのである。
長く続く不景気で、日本人は旅行どころではなくなった。
馬車馬のように働いても、かつてのように景気は良くなるどころか悪くなる一方である。
そんな中羽振りよく観光地に足を踏み入れるのは外国人だ。
一時期しきりにニュースになっていた中国人の爆買いなども記憶に新しい。
日本に残されたのは、一度踏み出してしまったために止まれなくなってしまった「観光立国」としての政治の進め方。
それに対応しなければならない日本人。
かつてお客様だった日本人は外国人に置き換わり、観光業に従事する日本人は外国の価値観、言語を受け入れなければならなくなった。
その変化についていくには時間が必要だと思う。
日本は「観光地」としての地位を高めた。
その代償として、「産業立国」、「文化立国」としての地位を失った。
この良し悪しの議論はここでは行わないが、それで本当に良かったのだろうか。
おそらく国会議員の議論の的にすらならないことに思いを馳せた。
