ソ連映画なのに、なぜこんなに今の日本に痛いのか。ニキータ・ミハルコフ監督「五つの夜に」
1979年。
ソ連はまだ崩壊していない。むしろ表面上は安定している。巨大軍事国家として世界に君臨し、宇宙開発を誇り、統計上は「成熟した社会主義国家」として振る舞っていた。
だが、その足元では、経済停滞、出生率低下、共同体疲労、小市民化、そして「何かがもう終わっている」という倦怠が静かに広がっていた。アフガン侵攻前夜とは、単なる国際政治上の転換点ではない。後期ソ連という巨大システムが、自らの内部摩耗を隠しきれなくなった時代である。
ソ連〜ロシアを代表するニキータ・ミハルコフ監督の1978年の作品「五つの夜に」(Five Evenings )は、そうした時代空気を驚くほど繊細に封じ込めた作品だ。
一見するとこれは、戦争によって引き裂かれた男女の再会を描く中年メロドラマに見える。だが実際には、「理想を演じ続けた社会で、人間の感情がどう摩耗していくか」を描いた映画である。
生活防衛へと回収されていく感情。平穏無事を守るためだけに生きる小市民的停滞。『五つの夜に』の主人公もまた、その同じ世界の住人だ。彼は「ソ連最大の化学プラントを任される技師」という虚構を語る。しかし実際は、北方で働くトラック運転手にすぎない。
だが重要なのは、彼が肉体労働者だからではない。問題なのは、「ありのままの自分では愛されない」と彼自身が思い込んでいることだ。
だから彼は、トレンチコートを纏い、ノワール映画の主人公のように振る舞い、自らの人生を“ソ連的成功物語”へと偽装する。そこには戦争によって断絶された青春だけでなく、後期ソ連に蔓延した「役割演技疲労」が滲み出ている。
女も同じだ。模範的党員、工場職長、甥を育てる保護者。その役割を真面目に遂行している。だが彼女の細い指先や疲れた横顔には、「人生を正しく生き切った者の幸福」がない。むしろあるのは、“崩れてはいけない人間”の緊張である。
本作が恐ろしいのは、誰も体制批判を口にしないことだ。むしろ全員が真面目に生きている。
それでも幸福に辿り着けない。その静かな閉塞こそが、この映画の劇薬性だった。
そして、その倦怠は空間描写にも浸透している。共同アパートには、濃すぎる闖入者たちが絶えず現れる。テレビを見るためだけに来る老夫婦。騒々しい管理人。軽薄に見える少女。未熟な甥。共同体は存在する。
しかしそれはもはや、人間を支える共同体ではなく、他者の感情が絶えず侵入してくる閉塞空間へと変質している。
これはまさしく、後期ソ連社会そのものだ。
巨大な軍事国家でありながら、日用品供給や生活基盤整備は立ち遅れる。
そのアンバランスは、当時のソ連製機械群にも奇妙な形で現れていた。例えば、半世紀近く基本設計を変えず走り続けた UAZ-452。粗雑な品質、旧式の設計、しかし驚異的な悪路走破性。あるいは Lada Niva や AK-47 に象徴される、「不格好だが壊れない」思想。
それらは単なる工業製品ではない。“限界状況で生き残る”ことを最優先した文明の表情だった。
だから『五つの夜に』の男が北方でトラックを走らせていることは、偶然ではない。彼はソ連という巨大国家の末端にいる“現場の人間”であり、その生は、宇宙開発の栄光よりもむしろ、泥と寒気と消耗に近い。
やがてソ連はアフガン戦争へ突入する。
そしてその戦争は、この疲弊した国家に致命傷を与える。
しかしミハルコフは、その直前に、この国の「精神的疲労」を撮ってしまった。
だから本作は、戦争映画でも恋愛映画でもなく、“歴史の消耗が人間の感情をどう空洞化するか”を描いた映画なのである。
そして厄介なのは、これは決して過去のソ連だけの話ではないということだ。
現代の高度資本主義社会もまた、成功を演じ続け、キャリアを自己物語化し、正しいライフスタイルを維持し、「充実している自分」を演出し続けることで、人間を静かに疲弊させている。
本作の男が「技師」を演じたように、現代人もまた、SNSや職業的肩書や自己啓発言語を用いて、自分の人生を“意味ある物語”として提示し続ける。だが、その演技が長く続けば続くほど、「本当は疲れている」という感情を口にできなくなる。
だからこの半世紀前の一見古臭い映画は、不思議なほど日本人の心を打つ。
長時間労働、役割過剰、ケア疲労、空気を読む共同体、感情の抑圧。『五つの夜に』に漂う閉塞は、現代東京の夜にも確かに存在しているからだ。
終盤、男はついに女の膝で眠る。
国家でもない。成功でもない。革命でもない。
ただ、「もう強がらなくていい場所」だけが、最後に残る。
その静かな着地に、我々は驚くほど弱い。
なぜなら、それを欲しているのが、1979年のソ連人だけではないからである。
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