芋出し画像

アむデンティティに぀いおの小さな歎史第四の䞻䜓のためのノヌト #1

※今月から4ヶ月遅れで「すばる」集英瀟誌連茉の『第四の䞻䜓のためのノヌト』を転茉しおいきたす。『庭の話』の盎接的な続線になる連茉で、次の䞻著にする぀もりで取り組んでいたす。『庭の話』を読み、興味をもっおいただけた人は、ぜひこちらもチェックしおください。よろしくお願いしたす。

1 ゞョニヌ・ロレンスの来歎

 ã‚žãƒ§ãƒ‹ãƒŒãƒ»ãƒ­ãƒ¬ãƒ³ã‚¹ã®è©±ã‹ã‚‰ã¯ã˜ã‚ãŸã„ず思う。予め断っおおくが、ゞョニヌは「䜕者でもない」。少なくずもいたから取り䞊げるこの時点――二〇䞀八幎の八月䞋旬――においおは確実にそうだ。【蚻1】
 圌は五二歳の癜人男性で、ロサンれルス郊倖のアパヌトで䞀人暮らしをしおいる。生掻は貧しく、職業は日雇いのハンディマンで、裕犏な䜏民たちを盞手に掃陀や家具の蚭眮を行っおいる。
 いや、正確には「いた」ず過去圢で曞くべきだろう。なぜならば圌は぀い先日、ある客ず揉めた結果ずしお実質的な雇い䞻である斡旋業者からもう仕事を回さないこず――぀たり解雇――を宣告されたからだ。
 その客は若い癜人女性で、高玚䜏宅街の䞀角で䞀人暮らしをしおいた。圌女が新しく買った壁掛けのテレビを蚭眮するのが、ゞョニヌのその日の仕事だった。圌女の「ドアの向かい偎」の壁にテレビを蚭眮するようにずいう指瀺を、ゞョニヌは間違えた。その郚屋にはドアが二぀あり、そしおゞョニヌがテレビを蚭眮したのは圌女が意図しないほうの壁だったのだ。
 女性はゞョニヌを責めた。壁を間違えたこずだけでなく、貞したトむレに倧䟿をしたこずたでを責めた。たるで自分のような金も、孊歎もない䞭高幎男性は存圚そのものが瀟䌚の汚物なのだず蚀われおいるようにゞョニヌは感じた。女性ずゞョニヌは口論になるが、最埌はゞョニヌが折れた。生掻がかかっおいるので、客ず揉めるわけにはいかないからだ。しかし女性はゞョニヌを掟遣した業者にクレヌムを入れ、圌は職を倱ったのだ。
 ゞョニヌが持たないのは職だけではない。圌には家族もいない。若い頃に結婚した劻ずはごく短期間で離婚し、圌女が匕き取ったはずの息子ずはもう䜕幎も顔を合わせおいない。
 先日、久しぶりに電話で話したのは、その息子が孊校に薬物を持ち蟌み問題化したずきだ。別れた劻は亀際しおいる男性ず旅行䞭で、もう䜕日も垰宅しおおらず、連絡が぀かない。そこで孊校偎は仕方なく、ゞョニヌに電話をかけたのだ。違法な薬物は止めるようにず、ゞョニヌは電話口で息子を諭す。「人生を棒に振るぞ」ず。しかし息子はそんなゞョニヌを錻で笑う。「負け犬が、父芪顔するな」ず。

 いったいどうしおこうなっおしたったのだろう――ゞョニヌは毎晩のようにそう考えおいる。このような倜に圌の手に握られおいるのはい぀も決たっおクアヌズ・ゎヌルデン・バンケットアメリカ西郚を代衚するラガヌビヌルで、「男らしさ」のむメヌゞが匷いの瓶だ。そしお圌の狭い郚屋には、い぀もすでに空になった瓶が䜕本も転がっおいる。
 そう、ゞョニヌには明らかにアルコヌル䟝存症のきらいがあり、朝に目芚めるずすぐに寝床に攟眮されおいた瓶――倧抵の堎合、圌は眠りに萜ちるたで飲み続けおいる――に手を䌞ばす。そしお意識がある間は、断続的に飲み続けおいる。酔っおいない時間が蚪れるのが、玠面の状態で自分の珟実を盎芖するのが「怖い」からだ。
 ゞョニヌは倜に独り家でビヌルを飲むずき、ビデオを芳るこずが倚い。YouTubeやInstagramを眺めないのは、圌が情報技術に疎く、二〇䞀八幎の時点においおもただスマヌトフォンを所有しおいないからだ。携垯電話は叀いフリップ匏折り畳み型のものを䜿甚しおいお、Instagramはおろか、Facebookのアカりントすら所有しおいない。
 ゞョニヌが特に繰り返し芳おいるのは䞀九八六幎公開の映画『アむアン・むヌグル』――退圹したか぀おの゚ヌスパむロットず飛行機マニアの青幎の垫匟が䞭東の「ならず者」囜家を盞手に奮闘するミリタリヌ・アクション――だ。
 この映画には今や倱われた䞖界が描かれおいる。愚かで軜薄で、熱い思いを抑えきれない若者たちがいお、そんな若者たちを優しく包み蟌む倧きな噚を備えた倧人の男たち――「父」たち――がいる。若者たちは倧人たちを敬い、仲間ずの絆を信じお冒険に出る。その冒険は共同䜓の敵を蚎぀こずで完結する。そしお若者は「父」からの、この通過儀瀌を経おお前も䞀人前の男父になったのだずいう承認を䞎えられるのだ。
 テレビの画面を芋぀めるゞョニヌはしばしば涙ぐむ。こうしお倜に独りでクアヌズ・ゎヌルデン・バンケットを飲みながら、『アむアン・むヌグル』を芳おいるずきは、「あの頃」に戻れたような気がするのだ。
 気持ちが抑えきれなくなったずき、ゞョニヌは深倜にハンドルを握り、走り出す。圌の愛車は䞀九九䞀幎補Pontiac Firebirdだ。叀い車に乗っおいるのは思い出のレトロカヌを倧切にしおいる  からではなく、単に買い替えるカネがゞョニヌにはないからだ。だから廃車寞前のものを盎し盎し乗り続けおいる。ゞョニヌの乗るPontiac Firebirdの真っ赀なボディは既にあちこちが凹み、修理に出しおも適圓な䞭叀車を買い盎したほうが安いず蚀われる始末だ。
 それでもこの車で深倜の街を走るずきもたた、ゞョニヌは「あの頃」に戻れたように思える。それは今のゞョニヌにずっおもっずも幞犏な時間なのだ。車䞭で流すお気に入りのナンバヌは、圓然Poisonの“Nothin’ But a Good Time”やForeignerの“Head Games”ずいった、八〇幎代のものばかりだ。

 倜の街でハンドルを握りながら、ゞョニヌはい぀も「あの頃」を思い出す。
 䞀九八四幎のある時点たで、ゞョニヌの人生はいく぀かの問題を抱えながらも党䜓ずしおは順颚満垆だった。
 䞀九六䞃幎八月二〇日にカリフォルニア州ロサンれルスで誕生したゞョニヌは、幌少期に䞡芪が離婚し、母ロヌラが再婚した継父シドのもずで育぀こずになった。シドは継子を疎みがちだったが圌の裕犏さはゞョニヌに有利に働き、閑静な郊倖の䜏宅街で䜕䞍自由なく圌は少幎期を過ごした。
 さらに䞀二歳のずきにはじめた空手は、圌に高い自己肯定感を䞎えた。ゞョニヌは空手に打ち蟌むようになり、地元の倧䌚の少幎郚門で優勝を重ねた。裕犏な家庭に育ち、ケンカの匷いゞョニヌは高校に進孊する頃には地元の䞍良少幎たちのリヌダヌ栌になり、孊園のスタヌの座を埗た。同じ高校に通う空手仲間たちずオヌトバむを乗り回しながら、パヌティを梯子する。どの䌚でも䞻圹はゞョニヌで、圌はい぀もクアヌズ・ゎヌルデン・バンケットの瓶を片手に堎の䞭心にいた。䞀九八〇幎代前半――すべおは茝いおいた。
 しかし、ゞョニヌの人生はやがお暗転する。卒業間近の䞀九八四幎の倧䌚でゞョニヌは決勝戊で敗れ、連芇を逃したのだ。父のように慕っおいた空手の垫は圌の敗北を他の匟子たちの前で叱責し、鉄拳制裁を加える。それはゞョニヌにずっお最倧の屈蟱であり、そしお信じおいたものに裏切られた瞬間だった。
 ゞョニヌは傷぀き、空手を止める。恋人も圌のもずを去り、ここからゞョニヌの人生は転萜をはじめる。「ワル」の仲間たちは次々ず「卒業」しお手に職を぀け、結婚し、家庭を蚭けおいく。しかしゞョニヌにはそれができない。すべおが茝いおいた「あの頃」に固執するゞョニヌは二〇代になっおも、䞉〇代になっおも酒を飲み歩き、喧嘩を繰り返す。䜕床か、刑務所にも入るこずになる。職は安定せず、母の死によっお継父からの経枈的な支揎も埐々に埗られなくなる。䞉〇代の頃に、劊嚠をきっかけに結婚した劻ずの関係はほどなく砎綻し、今は高校生になった息子ずもほずんど顔を合わせるこずがない。
 気が぀けばゞョニヌは職を転々ずしながらか぀お自分が蔑んでいた、貧しい移民たちが暮らす小さなアパヌトに䞀人暮らしをするようになっおいた。
 そのアパヌトには圌のような貧しい癜人ず、そしお移民が倚い。぀い先日も、同じアパヌトの向かい偎の郚屋にメキシコ系の移民が匕っ越しおきたのだが、それがたた気に食わない。そんな気に入らない䜏凊に、今日もゞョニヌは独りで愛車ず䞀緒に戻っおいく。そしおゞョニヌは今倜も酔い぀ぶれお、泥のように眠る。そしおたた、最悪の「朝」を迎えるのだ。

Johnny Lawrence1967〜

 では、ゞョニヌ・ロレンスはどうすればよかったのか。そしお、これからどうするべきなのか――これがこの連茉の最初の問いだ。
 実は、ゞョニヌがその埌どのような人生を蟿ったのかを調べるこずは、それほど難しくない。しかし、それはここではあたり倧事なこずではない。ここで必芁ずされおいるのは、ゞョニヌ・ロレンスずいう䞀人の「䜕者でもない」存圚を通しお、この䞖界のこずを歎史的か぀構造的に、぀たり瞊ず暪から考え盎すこずなのだ。

2 AnywhereずSomewhere

ゞョニヌはどうすればよかったのか そしお、これからどうするべきなのか
 そもそも、この問いは人間「個人」ずいう単䜍を、いささか過倧評䟡しおいるきらいがあるだろう。
 ゞョニヌ自身は、自分がこうなっおしたったのは自分の責任だず考えおいるかもしれない。いや、きっずそうだ。ゞョニヌは匷いものが奜きで、男らしいものが奜きで、自分も垞にそうありたいず考えおいる。だから昚幎二〇䞀六幎の倧統領遞挙にもし圌が投祚しおいれば、圌は䜎所埗者を含む党囜民に察する包括的な医療保険オバマ・ケアを維持するこずを䞻匵する候補ヒラリヌ・クリントンではなく、それをアメリカの建囜理念――匷い「自立」――に反する負け犬の遞択ずしお非難する偎の候補ドナルド・トランプに投祚しおいただろうし、それ以前に「男らしさ」を䜕より倧事にする圌には華々しい経歎を持぀女性候補に奜意的になる理由はなかっただろう。
 しかし、倧事なのはゞョニヌの問題をゞョニヌを取り巻く䞖界の問題ずしお考えるこずだ。蚀い換えおみよう。この連茉で最初に考えおみたいのは、䞖界はなぜゞョニヌをこうさせおしたったのか、ずいう問題なのだ。

 むギリスのゞャヌナリストであるデむノィッド・グッドハヌトは二〇䞀䞃幎に出版した『The Road to Somewhere: The Populist Revolt and the Future of Politics』【泚2】のなかで、䞖界は今「Anywhereな人々」ず「Somewhereな人々」に分かれおいるず述べる。
 前者はグロヌバル資本䞻矩ず瀟䌚の情報化に察応した新しいタむプの経枈人だ。圌らの倚くは情報産業や金融業に埓事しおいる。圌らの携わる垂堎はグロヌバル化しお久しく、実際に二䞀䞖玀の初頭においおは、むンタヌネット関連の産業を䞭心にこの倉化が䜕よりも匷い力で䞖界を動かした。
 今日においおは垂堎はグロヌバルで倧きく、囜家はロヌカルで小さい。政治運動や革呜は䞀囜の瀟䌚しか倉えないが、垂堎に革新的な商品やサヌビスを投䞋したずき、短ければ数ヶ月で䞖界䞭の人間のラむフスタむルが倉化しおしたう。
 そしおここで重芁なのは、この新しい方法で䞖界を倉えるこずを芚えた人々は集団の䞀郚ずしおではなく、あくたで独立した個人ずしお仕事をし、垂堎を通じお䞖界に関䞎しおいるず考える傟向が匷いこずだ。
 実際にこうしおいる珟圚においお、䞖界䞭のほずんどの人間はむヌロン・マスクがテスラやXに「所属」しおいるずは考えない。逆にむヌロン・マスクずいう「個人」に「テスラ」や「X」ずいうタグが付いおいるように受け取られおいるし、おそらく本人もそう考えおいる。
 さらに重芁なのは、このずき圌ら圌女ら――二䞀䞖玀のグロヌバル資本䞻矩のゲヌムを生きるプレむダヌたち――は、かなりの割合で自分が所属する「囜家」もたた、単なるタグのようにずらえおいるこずだ。
 圌ら圌女らは、地理的に「どこでも」生きおいくこずができる。圌ら圌女らの携わる情報産業や金融業はグロヌバルなネットワヌク䞊に展開するゲヌムで、プレむダヌの物理的な身䜓が東京にいようがニュヌペヌクにいようが、ベトナムやルワンダの山奥に存圚しおいようが関係ない。そしお同時にそれは、圌ら圌女らが瀟䌚的にどのような囜家や団䜓や共同䜓のメンバヌであるかも問われないこずを意味しおいる。劎働集玄を必芁ずしないこれらの新しい産業においおは、個人がプロゞェクトに参加するこずが重芁であり、その人栌がプロゞェクトを運営する団䜓倚くの堎合は株匏䌚瀟に所属するこずを芁求しない――むしろ、耇数の団䜓のプロゞェクトに参加するこずによっお埗られる知芋ず人脈の広さが芁求される――からだ。
 ぀たり、圌ら圌女らは地理的にも、瀟䌚的にも「Anywhere」に、぀たり「どこでも」生きおいける人々なのだ。
 しかし、このような新しいアプロヌチで䞖界に関䞎し、生きおいける人々は、少なくずも二〇二〇幎代の珟圚ではおそらく地球人類の䞀割にも満たないだろう。倧半の人間はこうしおいる今も、前䞖玀的な叀い䞖界にずどめ眮かれおいる。぀たり、人類史の䞻圹の座から転がり萜ちおしたった補造業を䞭心ずした、叀い産業構造の䞭に生きおいる。【蚻3】
 そしおこれらの叀い産業を通じお糧を埗る圌ら圌女らの倧半は、特に二〇䞖玀の旧先進囜においおは賃劎働者であり、団䜓䌁業や囜家などのメンバヌずしお経枈掻動に参加しおいる。倚くの堎合はネゞや歯車のような、぀たり取り替え可胜な郚品のような存圚ずしお、圌ら圌女らは働くこずになる。仮に重芁な圹割を担っおいたずしおも、組織の䞀員ずしお掻動しおいるこずには倉わりはない。そのため所属するその組織を離脱し、名刺を倱えば「䜕者」でもなくなっおしたうこずになる。だから圌ら圌女らの倚くは職業を尋ねられおも、勀務先の組織名を答えおしたうのだ。
 そのためこのタむプの人々が仕事を通しお䞎えられる充実感の倚くが――特に二〇䞖玀埌半を垭巻した日本型経営のようなメンバヌシップ型雇甚の珟堎では――職堎の共同䜓内の承認に、具䜓的には人間関係に䟝存するこずになる。
 恵たれたケヌスでは個人的に仕事「そのもの」に察しお情熱やこだわりを持぀こずはあり埗るし、そうしたケヌスは実のずころ珍しくもない。しかしそれでも倧半のケヌスにおいお賃劎働は基本的に誰かに䞎えられた「他人の仕事」であり、「自分の仕事」ではない。少なくずもAnywhereな人々のように、所属団䜓の倖郚にたで個人の名前が認識され、グロヌバルな垂堎のプレむダヌずしお評䟡されるこずはほずんどない。
 そう、あらゆる意味においお地球人類の倧半はいただに「Somewhere」な、぀たり「どこか」でなければ生きおいけない人々なのだ。
 そしおグロヌバルな垂堎に個人ずしお盎接的に参加する回路を持たない圌ら圌女らが、「個人」ずしおもっずも盎接的に䞖界に関䞎する方法は、おそらくロヌカルな囜民囜家ぞの民䞻䞻矩を通じた政治参加だろう。
 グッドハヌトは二〇䞀六幎のブレグゞットを、グロヌバル資本䞻矩を牜匕するAnywhereな人々具䜓的にはロンドンのクリ゚むティブ・クラスに察する、Somewhereな人々それ以倖の民䞻䞻矩を通じた反乱だず䜍眮づける。同じ構造が、同幎のドナルド・トランプのアメリカ倧統領圓遞にも圓おはたるこずは自明だ。
 こうしたグッドハヌトの分析は、叀い産業を貶めおいるず非難を受けるかもしれない。それは倧きな誀解だ。実際にグッドハヌトは䞀貫しおSomewhereな人々の尊厳ず暩利の擁護を䞻匵しおおり、圌の䞻匵の力点はAnywhereな人々の生きる「境界のない」䞖界が、Somewhereな人々からの搟取の䞊に成り立っおいるこずの指摘にある。
 そしおこの構造を理解するためには、二〇䞖玀的な劎働集玄型の産業のもたらす「疎倖」の問題を盎芖せざるを埗ない仮にこのような「疎倖」の珟実がなければ、䞖界史には劎働運動も瀟䌚䞻矩運動も発生するこずはなかったはずだ。
 これたでは――Anywhereな人々が出珟し、可芖化されるたでは――それでよかったのかもしれない。「働く」ずは「そういうこず」だったのだから。たずえ郜垂の劎働の珟堎でネゞや歯車のような扱いを受けたずしおも、倧半の人々は村萜、぀たり土着の共同䜓の䜕も自分で遞ぶこずのできない䞖界を、結婚や職業遞択の自由もない䞍自由な䞖界を捚おお「自由」を手に入れるこずを、盞察的に遞択したのだ。特に、村萜の共同䜓の階局の比范的䞋䜍に生きる人々や、排陀されがちなマヌゞナルな領域に暮らす人々は郜垂に脱出し賃劎働者ずなるこずが倧きな救いずしお機胜した。
 しかし圌ら圌女らの手に入れた自由は、今日においおは盞察的に「倧したものではなくなっお」したった。グロヌバルな垂堎を舞台に、それも個人ずいう単䜍で掻躍するAnywhereな人々の埗た自由に比べれば、それはどうしおも色耪せお芋えおしたう。そしおこの自由床の差は、経枈栌差に盎結しおいる。比喩的に述べれば、同じアメリカ人でもシリコンバレヌの起業家や゚ンゞニアが、Anywhereな人々ずしお自由ず豊かさをこれたで以䞊に享受するその䞀方で、Somewhereな人々、たずえばラストベルトの自動車工堎の埓業員たちは、安定した雇甚を倱い、貧困に苊しむようになっおいったのだ。
 そしお曎に頭が痛いのは、こうしおいる今も、おそらくAnywhereな人々の倧半は、この問題の本質を理解しおいないこずだ。
 二〇䞀六幎の秋にトランプがはじめおアメリカ倧統領に圓遞した日に、私はFacebookで知人たちのうち䜕人かが、䞀様な投皿をしおいたのを芚えおいる。それは「自分の友人のアメリカに暮らす誰それが、トランプの圓遞を嘆いおいる」ずいう曞き出しからはじたる。そしお「しかし気にするこずはない」ず続く。そしお圌らはこう呌びかけるのだ。「自分たちはどこにだっお行けるタむプの人間じゃないか。アメリカが四幎間暗闇に支配されるのなら、ロンドンにでもパリにでも行けばいい。ドバむやシンガポヌルでもいいし、なんだったら自分を頌っお東京に来たらいいじゃないか」ず。
 私はこのずき、本圓に頭が痛くなる思いがした。理由は二぀ある。たずは、耇数の知人が刀で抌したように同じような内容の投皿をしおいたこずだきっず、䞖界䞭で流行っおいた圢匏の投皿なのだず思う。圌らは情報産業の起業家や投資家やコンサルタントで、いずれも実際にグロヌバルな垂堎のゲヌムをプレむする――぀たりAnywhereな――人々だった。そしお頭が痛くなったもう䞀぀の理由は、圌らが自分たちのそういった「語り口」こそがトランプを生んだこずを、たるで理解しおいないこずだった。
 Anywhereな人々はこう述べる。ブレグゞットを支持し、トランプに投祚した人々は愚かなのだ、ず。自らオバマ・ケアを撀廃し、リヌマン・ショックを匕き起こした金融業ぞの芏制に反察し、自分たちの銖を絞めおいるのだ、ず。そしお暗にこう䞻匵しおいるのだ。自分たちがもたらす経枈成長の䜙剰を「再分配」するから、䜙蚈なこずを䞻匵せず埓えばいいのだ、ず――。もちろん圌ら圌女らの倧半は、このような差別的な意識は持っおいない。圌ら圌女らは単に、それが合理的だず考えおいるだけだ。しかし、おそらく圌らの「語り口」によっおSomewhereな人々にはそう「聞こえお」したうのだ。
 Anywhereな人々は自分たちが実質的に、自分たちだけが䞖界に関䞎し、倉革する力を持ち、そしおそうではないSomewhereな人々はそれに埓うべきだず述べおしたっおいるこずに、お前たちは䞖界に関䞎する資栌がないず告げおいるこずに、自分たちこそがトランプ以䞊に「壁」を䜜っおいるこずに気づいおいないのだ。
 そう、倧事なのはSomewhereな人々の尊厳の問題なのだ。より具䜓的には䞖界に関䞎する「手觊り」の問題なのだ。Anywhereな人々の語り口は、Somewhereな人々の尊厳を奪い去る。自分たちを支える䞖界に関䞎する手觊りは、あなたたちには埗られないず宣告しおしたう。しかしSomewhereな人々がもっずも匷く求めおいるのは、金銭や安党よりもむしろこの「手觊り」なのだ。

3 壁の向こうの䜏人たち

では、このSomewhereな人々が求める䞖界に察する「手觊り」ずは、具䜓的にどのようなものなのだろうか
 䞀九八〇幎代に「感情劎働」ずいう抂念を提唱した【蚻4】こずで知られるアメリカの瀟䌚孊者アヌリヌ・ラッセル・ホックシヌルドは二〇䞀〇幎代なかばのトランプ珟象を目の圓たりにし、アメリカの南郚西郚山岳郚――いわゆるレッド・ステヌトに暮らす保守局の人々の「感情」に泚目したフィヌルドワヌクを詊みた。具䜓的にはルむゞアナ州の癜人のうち、特に䞭産階玚ず劎働者階玚の人々に焊点を圓お、こういった人々がなぜ再分配や環境保護に消極的な政策を、぀たり経枈的に自分たちの銖を締める保守的な政策を支持するのかを、「感情」に泚目しお解き明かそうずした。
 奇しくもトランプが最初の圓遞を果たした二〇䞀六幎に原著が出版された『壁の向こうの䜏人たち』のなかで、ホックシヌルドは自身が探究しおきた「感情」にフォヌカスした瀟䌚孊の芳点からこのフィヌルドワヌクの䞭で出䌚った人々を、生々しく描き出す。

オヌトメヌションず䌁業による自瀟業務の海倖移管が進んだこずにより、高卒のアメリカ人男性の実質賃金は、䞀九䞃〇幎に比べお四〇パヌセントも枛少しおいる。劎働者の九〇パヌセントに関しおは、平均賃金が䞀九八〇幎以降暪ばいのたただ。幎配の癜人男性の倚くは垌望を倱っおいる。実際、このような男性がアルコヌルやドラッグ、自殺により死亡する割合は、平均より高い。平均寿呜はどの幎霢局でも延びおいるものの、䞀九九〇幎から二〇〇八幎にかけおは、高校を出おいない幎配の癜人男性の平均寿呜が䞉幎短くなっおいた――絶望が関係しおいるこずは間違いないだろう。【駐5】

 たずえば、リヌ・シャヌマン圓時八二歳はルむゞアナ州のレむクチャヌルズにあるPPGむンダストリヌズ瀟の石油化孊工堎の配管工ずしお長く働いおきた。リヌは圓時、すでに歩行噚なしでは移動するこずができなくなっおいたが、それは勀務䞭に炭化氎玠の火傷を負っお膝を曲げるこずも、立぀こずもできなくなったからだ。事故埌に䌚瀟はリヌを解雇した。䌚瀟に裏切られたリヌは、自身も携わっおきた化孊物質の䞍法投棄を告発する。そしお、リヌは環境保護運動の掻動家になっおいった。
 しかし数十幎埌、同曞が出版された二〇䞀六幎時点のリヌは保守掟のティヌパヌティに参加しおいる。この「転向」の匕き金になったのが「感情」だ。リヌは明らかに、囜家や州の保護を必芁ずしおいる。しかし、そのこずが圌の尊厳を傷぀けるのだ。その結果ずしおリヌは自分たちを保護する政府を非難する。パヌトタむムの仕事で埗た収入が䞊限を超えたこずを理由に幎金を䞀時停止された経隓や、領収蚌の合算を間違えお予想よりも確定申告埌の還付金が少なかった経隓が、政府による皎を通じた再分配そのものが䞍公平なものだず感じさせたのだ。
 おそらくリヌは間違えおいる。パヌトタむム収入を理由に幎金を䞀時停止されたこずを䞍満に思うのなら、その䞊限を匕き䞊げるように働きかけるこず――より匷い再分配を求めるこず――が解だし、確定申告に぀いおも同様だ。しかし、違うのだ。リヌはそもそも、自己が自立できおいないず感じおいお、それを恥じおいる。リヌにずっお政府の手の差し䌞べ方は、圌を「哀れなるもの」ずしお扱っおいるように感じさせ、尊厳を奪い去る。その結果ずしお単なる蚈算間違いず申告のミスによっお生じたストレスに過ぎないものが、再分配に積極的なリベラルな犏祉政策そのものぞの嫌悪に転化しおしたうのだ。ポむントは明らかにリヌの無知ではなく、その尊厳を巡る感情のほうにある。
『壁の向こうの䜏人たち』にはリヌだけではなく、他にもたくさんのSomewhereな人々の姿が描き出される。リベラルな再分配政策を支持するほうがあなたに有利なのだず説埗するAnywhereな人々の「語り口」が、そのある䞖界ぞの認識を前提ずした語り口が圌ら圌女らを傷぀け「壁」を぀くっおいるこずを、ホックシヌルドは圌ら圌女らの肉声を通じお告発する。「壁」を぀くり䞊げおいるのは、぀くれもしないそれを぀くるず宣蚀しお人々を動員するトランプではなく、そのような動員に匕っかかるSomewhereな人々を嘲笑するAnywhereな人々の「語り口」なのだ。

 ゞョニヌも、そしお圌の芪䞖代に圓たるリヌも経枈的に困窮しおいる。アメリカ囜内においおこの数十幎進行した、栌差の拡倧に怒りを芚えおいる。にもかかわらず、圌らは再分配による栌差是正を支持しない。それどころか再分配に察しおも怒りを芚えおいる。
 トランプが最初に倧統領の座を埗た二〇䞀六幎の遞挙においお、ヒラリヌ・クリントンが倚数の最貧困局を含む倧郜垂圏で祚を獲埗したのに察しお、トランプの支持局が「か぀おの」䞭流階玚であり、珟圚はその地䜍を脅かされおいる癜人局であったこずは広く知られおいる。実際にピュヌ・リサヌチ・センタヌによる二〇䞀六幎の調査では、二〇䞀六幎の共和党予備遞の段階で、アンケヌト調査においお「トランプを支持する」ず回答した登録有暩者のうち、幎収䞃䞇五〇〇〇ドル以䞊の局が䞉〇%、䞉䞇ドル未満の局はわずか䞀䞀%にずどたっおいた。【蚻6】
 これは、同幎の党米䞖垯幎収の䞭倮倀玄五䞇九〇〇〇ドルず比范しおも、圌の支持基盀が必ずしも最貧困局ではなかったこずを瀺しおいる。
 このアむデンティティず経枈の関係を逆に捉えおしたうず、この䞖界を揺るがしおいる珟象の構造を芋誀るこずを、ホックシヌルドのフィヌルドワヌクは教えおくれる。いたアメリカをはじめずする二〇䞖玀の「西偎」旧先進囜に枊巻いおいるのは「か぀おの」䞭流階玚のアむデンティティの䞍安であり、経枈的な没萜がその原因ずしお匷く存圚しおいる。しかし圌らの最終的な目的は、぀たり本圓に取り戻したいのは誇りであり、尊厳に他ならない。安定した雇甚や、それが保蚌する金銭的に䜙裕のある生掻は誇りを取り戻す手段に過ぎないのだ。
 もし圌らの「最終的な」芁求が金銭であるのならば二〇䞀六幎のアメリカ倧統領遞挙の䞻圹は、実質的な瀟䌚䞻矩を暙抜するバヌニヌ・サンダヌスになるべきだった。だが実際には、圓時サンダヌスの䞻匵した瀟䌚䞻矩的再分配に察しお「圌ら」は匷い譊戒を芋せ、距離を取った。圌らが取り戻したいのは、アメリカ合衆囜の建囜理念に謳われた匷く、自立したアメリカ人ずしおの「誇り」に他ならないのだ。

 アメリカを代衚する哲孊者で、共同䜓䞻矩者を自認するマむケル・サンデルは近幎、グッドハヌトのいうAnywhereな人々ずSomewhereな人々の分断の背景に、今日の資本䞻矩瀟䌚が前提ずするメリトクラシヌの支配を指摘する。【泚7】
 メリトクラシヌは、運の芁玠を軜芖しお人間の成功を運ではなく、努力の結果ずしお称賛し、倱敗に察しおは努力の䞍足ずしお自己の責任を問う。サンデルは、今日の情報産業ず金融業に牜匕される新しい、グロヌバルな資本䞻矩瀟䌚は個人単䜍で成功を競うゲヌムが党面化するため、より匷くメリトクラシヌが発揮されるこずを指摘する。このメリトクラシヌの党面化が、これたでよりも匷くゲヌムの敗者を粟神的に远い詰めるのだ。
 このずき「壁の向こうの䜏人たち」にずっお再分配政策は単なる制床ではなく、あなたは瀟䌚の敗者であり、救枈が必芁だずいう刻印ずしおより匷く受け止められる。ホックシヌルドが描き出しおいるのは、この刻印が劣䜍の蚌明ずしお圌ら圌女らに匷い喪倱感を䞎えおいる珟実なのだ。
 そしおゞョニヌ・ロレンスの、そしおリヌ・シャヌマンをはじめずするルむゞアナの癜人劎働者たちの、喪倱感は匷い被害者意識に転化し、しばしば排陀の論理ず結び぀く。圌ら圌女らの敵意は䞀方では自分たちから仕事を奪っおいくように、実態はずもかく圌らがそう感じるこずによっお、喪倱の理由に䜍眮づけられる移民たちぞず向かい、もう䞀方ではそれはあなたたちの無知だ、そもそもの技術革新ず䞖界経枈の構造の倉化の結果であり、移民たちに怒りをぶ぀けるのは間違いなのだず統蚈を甚いお、「説埗」を詊みる西海岞や東海岞のクリ゚むティブ・クラスたち――「Anywhereな人々」――に向かう。そしお、圌らは「壁を䜜れ」ず叫ぶアゞテヌションに喝采を送るのだ。

4 栄光の䞉十幎

では、どうすればよいのだろうか ここでゞョニヌ・ロレンスやリヌ・シャヌマンが蚘憶の䞭で理想化する「あの頃」に぀いお、改めお考え盎しおみたい。
 参照するのはフランスの経枈孊者トマ・ピケティの研究だ。ピケティは二〇䞀䞉幎に出版した『21䞖玀の資本』においお、資本収益率rが経枈成長率gを䞊回るず栌差が拡倧するずいう歎史的傟向を指摘した。ピケティはこの「rg」ずいう䞍等匏を、䞀九䞖玀以降の長期デヌタに基づいお提起し、䟋倖的な時代を陀けば、この傟向が自然に回垰するず論じた。この理論が、珟代資本䞻矩における䞍平等の構造を象城的に瀺したものずしお囜際的に倧きな泚目を集めたこずは蚘憶に新しい。【泚8】
 ピケティの『21䞖玀の資本』は理論ず同時に資産課皎を前提ずした皎の环進化の必芁性を䞻匵するものだった。しかしゞョニヌやリヌが盎面した感情をめぐる問題、぀たり珟代の劎働者たちのアむデンティティの問題を考える䞊で泚目したいのは、『21䞖玀の資本』から同曞の内容をより政策提蚀に重心を移しお二〇䞀九幎に出版された『資本ずむデオロギヌ』【蚻9】で詊みられおいる「栄光の䞉十幎」に぀いおの怜蚌だ。なぜならば、この「栄光の䞉十幎」こそが、ゞョニヌやリヌの懐かしむ「あの頃」に他ならないからだ。
 ピケティの「栄光の䞉十幎」に぀いおの怜蚌は、圌がかねおより䞻匵するロヌカルな囜民囜家内の环進課皎の匷化や、それを有効に機胜させるためのグロヌバルな垂堎党䜓を巻き蟌むデゞタルミニマム課皎などの囜際間の取り組みに察する論拠ずしお提瀺されるものだ。しかしピケティの䞀連の議論をある芖点から読み替えるず、そこには「栄光の䞉十幎」に発生した、劎働者のアむデンティティをめぐる䞍幞な構造が浮䞊するのだ。
 もずもず「栄光の䞉十幎」ずは同じフランスの経枈孊者ゞャン・フラスティ゚の造語で、第二次䞖界倧戊が終結した䞀九四五幎から䞀九䞃五幎たでの䞉十幎間を指しおいる。【泚10】
 フラスティ゚は、戊埌の西偎諞囜のリヌダヌずなったアメリカずそのアメリカの展開したマヌシャル・プランに代衚される埩興支揎戊略の察象ずなった西ペヌロッパず日本などの囜々が、この䞉十幎間に高い経枈成長を芋せ、特に劎働者階玚の生掻氎準が向䞊したこずに泚目する。そしおその背景に技術進歩ず生産性の向䞊ずそれを背景にした第䞉次産業の発展があるこずを、フラスティ゚は匷く䞻匵した。
 察しおピケティはフラスティ゚ずは異なり、この「栄光の䞉十幎」の栌差の瞮小に泚目する。ピケティは『資本ずむデオロギヌ』ではずくに䞀九五〇幎から䞀九八〇幎のフランスなどの西ペヌロッパ諞囜に芋られた、再分配による栌差の盞察的な解消、぀たり俗に「戊埌䞭流」ず呌ばれる分厚い䞭間局の圢成が芋られたこずが、フラスティ゚がもずもず指摘しおいた高い経枈成長ず䞊走しおいたこずを匷調するのだ。
 歎史を富を巡る政治闘争の芳点から蚘述するこずの重芁性を蚎えるピケティにずっお、この「栄光の䞉十幎」に、経枈成長ず再分配が高いレベルで䞡立しおいたこずは非垞に倧きな意味を持぀。
 広く知られるようにピケティの批刀察象は䞀九八〇幎代のレヌガンアメリカ、サッチャヌむギリスにはじたる「小さな政府」であり、その察案は資産課皎を䞭心ずした瀟䌚民䞻䞻矩のアップデヌトによる埩暩にある。そのための有力な論拠ずしお、この「栄光の䞉十幎」の再分配の進行ず高い経枈成長率の䞡立は重芁なのだ。
『資本ずむデオロギヌ』でピケティは指摘する。「栄光の䞉十幎」の再分配を支えた芁玠は倧別しお二぀あるず。
 䞀぀は第二次䞖界倧戊時に行われた、囜家による個人資産の接収だ。このずき接収された資産の倚くは倚くのケヌスで、囜家を問わず西偎諞囜においおも返還されず、結果的に戊埌の再分配の原資のひず぀ずなった日本の堎合はGHQによる蟲地改革なども、有効に䜜甚した可胜性が高い。
 もう䞀぀はこの時期の西偎諞囜の环進性の極めお高い皎制だ。たずえばアメリカではアむれンハワヌ政暩䞋䞀九五䞉〜䞀九六䞀幎には、連邊所埗皎の最高皎率が実に九䞀%に達しおいた。
 これは総力戊䜓制䞋の高い皎率が維持された結果ず考えるこずができるが、ピケティはこの「栄光の䞉十幎」こそが、前述した「rg」ずいう䞍等匏――資本収益率rが経枈成長率gを䞊回るこず、぀たり䞻に資本家の所有する資産の運甚が、賃劎働者の絊䞎所埗の䞊昇よりも高くなるこず、党䜓ずしおは持おる者ず持たざる者の栌差が拡倧するこず――が厩れ、䞡者が接近した、たたは䞀時逆転した時代だず匷く䞻匵するのだ。
 だが、珟圚は異なる。「栄光の䞉十幎」は遠い過去のものずなり、再び「rg」ずいう䞍等匏は匷力に䜜甚しおいるのだ。ピケティは䞀九八〇幎代以降、アメリカをはじめずする先進諞囜で栌差が再び急速に拡倧したず指摘する。その背景にはアメリカのロナルド・レヌガン政暩やむギリスのマヌガレット・サッチャヌ政暩以降に進行した西偎諞囜の「小さな政府」ぞの転換ず、それに环進課皎や資産課皎の匱䜓化がある。
 たずえばアメリカでは、䞀九八〇幎以降の四〇幎間で、䞊䜍䞀%が占める囜民所埗の比率は玄䞀〇%から二〇%超ぞず倍増し、逆に䞋䜍五〇%の取り分は二〇%から䞀二%以䞋に枛少した。さらに䞊䜍〇・䞀%に限れば、䞀九八〇幎時点で囜民所埗の玄二・五%を占めおいたが、珟圚ではその比率は䞀〇%を超えおいる。぀たり、〇・䞀%の超富裕局が、数千䞇人分の囜民ず同等の所埗を埗おいるこずになる。【泚11】
 ペヌロッパ諞囜でも、アメリカほど極端ではないにせよ、同様の傟向が芳察されおいる。今日においおフランスでは䞊䜍䞀〇%が保有する囜民資産の比率は六〇%を超える。ドむツでも䞊䜍䞀%が党資産の玄䞉五%を保有しおおり、栌差は固定化され぀぀ある。
 日本では「倱われた䞉十幎」を経お幎収䞀〇〇〇䞇円以䞊の絊䞎所埗者の割合は着実に増えおいる䞀方で、幎収二〇〇䞇円以䞋の劎働者は党䜓の玄二〇%を占め続けおおり、非正芏雇甚の拡倧ず合わせお「ワヌキングプア」が構造的に固定化されおいる。二〇䞀九幎の時点では金融資産を党く保有しない䞖垯が党䜓の玄䞉〇%に達し、実質的な階玚の再生産が懞念されおいる。
 か぀お「栄光の䞉十幎」で実珟された、再分配による瀟䌚の安定ず䞭間局の厚みは、もはや完党に厩壊し、所埗ず資産の集䞭がか぀おない速床ず芏暡で進んでいる。ゞョ゚ル・コトキンが「新しい封建制」ずすら呌ぶ【蚻12】この状況をピケティは匷く批刀し、䞭間局の埩掻ずそのための匷力な再分配を䞻匵する圌の䞀貫した姿勢は前述したずおりだ。
 ピケティはそのために戊時䞋の資産課皎ず戊埌も維持された环進性の高い皎制を再導入するこずに留たらず、さらにタックスヘむブンの撀廃やデゞタルミニマム課皎ずいった囜際的な取り組みに぀いおも、その具䜓的なロヌドマップの提案を含めお匷く䞻匵する。
 しかし、ここで泚目したいのはそのピケティが、決しおこの「栄光の䞉十幎」を理想化し、「あの頃」ぞの回垰を蚎えお「いない」こず、むしろ「栄光の䞉十幎」があるタむプの人々にずっおは「栄光の」時代だったその䞀方で、「そうではない」人々にずっおは極めお䞍自由で屈蟱的な䞉十幎であった事実を指摘しおいるこずなのだ。

5 再分配の察象者

 そもそもの前提ずしお確認しなければならないのは、この「栄光の䞉十幎」の安定を可胜にしおいた倖郚的な条件だ。
「栄光の䞉十幎」においお再分配が匷力に進行したこずは既に述べたが、では、その分配すべき富の原資はどこから生たれたのだろうか ここたで読み進めお、それは「持おる者」たちぞの資産課皎ず环進課皎であるず単玔に考える人も倚いかもしれない。しかし少し考えれば分かるこずだが、そうはならない。栌差の瞮小ず経枈成長が䞡立するずは、埌者で生たれた富が集䞭せずに、瀟䌚党䜓で分配されるこずを意味する。では、圓時二〇䞖玀埌半の西偎諞囜アメリカ、西ペヌロッパ、日本の分配されるべき富は、そもそもどこから生たれおいたのか
 答えは䞻に補造業における加工貿易だ。発展途䞊囜から安く買い付けた原料を、先進囜の高い技術で補品に加工し、そしお途䞊囜に茞出するこずで利益を䞊げる――この加工貿易が、第二次䞖界倧戊埌も政治的には「独立」を認めながらも経枈的には埓属関係が維持された、旧怍民地に察する先進囜の搟取であるこずは、二䞀䞖玀の珟圚においおは――フェアトレヌドずいう蚀葉が広く普及した今日においおは――もはや自明だ。
 この二〇䞖玀埌半的な加工貿易モデルを正圓化するこずは、今日においお倫理的に難しいだけでなく、おそらく構造的にも難しくなりはじめおいる。この加工貿易はその名の通り補造業のモデルだが、情報産業にその構造は螏襲されにくい。前述したように、今日の垂堎は既にグロヌバルであり、特に情報産業においおはその傟向が顕著だ。
 誀解しないで欲しい。こうしおいる今も、私たちはシリコンバレヌのグロヌバルな情報産業のプレむダヌたち――GoogleやAppleやFacebookやAmazon――にたるで「小䜜人」のように富を吞い取られおいる。あなたが今、魅力的なゲヌムアプリケヌションを開発し、それをAndroid携垯電話やiPhone向けに販売した堎合、販売金額の䞉割以䞊を無条件に城収される。しかし、この搟取はこれたでの搟取ずは、構造が違うのだ。
 たしかにそれらの䌁業はシリコンバレヌを本拠地にしおいるかもしれない。しかし、私たちが想像しおいるよりもずっず、これらの䌁業はその土地にも、その土地を所有する囜家にも結び぀いおいない。そもそも垂堎はグロヌバルであり、圌らがその利益から玍めるべき皎は、必ずしもアメリカ合衆囜やカリフォルニア州だけに流れおいるわけではない。これらのグロヌバルな䌁業においおは、アむルランドやケむマン諞島などのタックスヘむブンを経由した法人蚭立ず利益移転スキヌム、぀たり租皎回避が垞態化しおおり、アメリカはもちろん、囜家ぞの玍皎そのものがかなりの割合で回避されおきた。実質的な玍皎責任の所圚が囜家単䜍では把握できなくなりはじめおいるのだ。
 圓然それは問題芖されお久しく、近幎は囜際的な芏制匷化OECDのBEPSプロゞェクトや最䜎法人皎率の導入により、完党な租皎回避は難しい。そのため、䞀定の皎をアメリカだけでなく、珟地政府に支払っおはいる。珟地法人も、玍皎しおいるのは間違いない。しかし、垂堎そのものがグロヌバルであるために、ロヌカルな囜民囜家による皎の城収には限界がある。少なくずも経枈の領域においおは、埐々に「囜ずいう単䜍が富む」ずいう発想が、間違いになりはじめおいる。より正確には、埓来の囜民囜家単䜍の富の定矩や課皎䞻暩が、珟代の経枈の実態に察しお機胜䞍党を起こし぀぀あるのだ。
 二〇䞀〇幎代以降のアメリカの分断ずは、比喩的に述べればアメリカずベトナムやルワンダの囜民の平均的な生掻氎準の栌差は瞮小したず蚀われる䞀方で、シリコンバレヌの起業家ずラストベルトの劎働者の栌差が拡倧するこずによっお生じた分断なのだ。
 か぀おのような加工貿易による囜際間搟取で埗た富を、先進囜内で再分配し「分厚い䞭間局」を圢成するずいう「栄光の䞉十幎」のモデルは、二䞀䞖玀の今日においおは倫理的にもその正圓化は難しく、そしお経枈構造の倉化はそのそもそもの成立を難しくしおいるのだ。これが、ピケティが「栄光の䞉十幎」ぞの回垰を䞻匵「しない」第䞀の理由だ。

 続いおピケティが指摘するのは、その再分配の察象の問題だ。『資本ずむデオロギヌ』においお、ピケティは「栄光の䞉十幎」の間に実珟された再分配の実態が、ほが賃劎働者が䜏宅ロヌンを組み「持ち家」ずいう資産を取埗するこずにあったこずを、統蚈的に瀺しおいる。「栄光の䞉十幎」を謳歌した西偎の旧先進囜においおはこの時期、劎働者の䜏宅取埗が囜策ずしお重芖された。金利補助、皎控陀、建蚭支揎などの制床が敎備され、実質的な再分配ずしおの「持ち家」取埗が掚進されたのだ。
 そしお、重芁なのはこの「持ち家」の取埗が象城する再分配の察象ずなった賃劎働者ずは、ほが「男性の正芏劎働者」のこずであったずいう点だ。
 そう、「栄光の䞉十幎」の再分配の察象は前提ずしお「男性」だったのだ。
 ピケティはこの「栄光の䞉十幎」のゞェンダヌに぀いおの状況を以䞋のように総括する。
 たず、この時期に西偎諞囜においお、参政暩が倧きく拡倧し政治的なゞェンダヌギャップは衚面的には解消されたずされる。「衚面的には」ずいう留保が぀くのは、代議士や官僚、経営者などの女性比率は非垞に䜎く、政治の䞖界のみならず瀟䌚党䜓においお女性の瀟䌚進出が実珟されたずは考えられないからだ。
 そしおここが重芁なのだが、むしろこの時期は男性賃劎働者に察する諞制床幎金、健康保険、家族手圓などによる保護の匷化に䌎い、女性の専業䞻婊化が進行した。぀たり、このずきに拡倧した男性の安定した正芏雇甚は、女性を家事ず育児を䞀手に匕き受ける専業䞻婊に誘導するこずになった。この女性の専業䞻婊化は、蟲業や郜垂の自営業ぞの埓事に比べお、盞察的にはむしろ女性の瀟䌚的、経枈的地䜍を䜎䞋させた偎面が匷い。
 この「栄光の䞉十幎」で男性賃劎働者が䜏宅ロヌンを組み取埗した「持ち家」の倚くが、郜垂郊倖の䜏宅地に建おられたものだったが、これらの「持ち家」から男性賃劎働者が遠く離れたオフィスや工堎に通うこずができたのは、専業䞻婊を「持ち家」に監犁し、経枈的に、瀟䌚的に「埓属」させおいたためだ。「栄光の䞉十幎」ずは、女性参政暩が拡倧するその䞀方で、瀟䌚的、経枈的には家父長制が枩存、たたは再匷化された時代でもあったのだ。少なくずもその分厚い䞭間局を圢成した資産持ち家の所有者は圌女たちではなく、そのこずが圌女たちを決定的に䞍自由にしおいたこずは疑いようがないだろう。

 そしおピケティの指摘する「栄光の䞉十幎」の䞉぀目の問題はフルタむムの男性正芏雇甚者に「なれなかった」人々は、象城的に述べれば「䜏宅ロヌンの組めなかった人々」はこの再分配の察象「倖」に眮かれたこずだ。
 たずえば戊埌の西偎諞囜がこの時期に採甚しおいた犏祉囜家制床は、倚くの囜で「囜籍」たたは「長期定䜏暩」を持぀者を察象ずしたため、移民特に䞀䞖は幎金、医療、䜏宅支揎などの制床から排陀される傟向があった。これは移民政策の問題であるず同時に、そもそも犏祉囜家の再分配の察象が、この時代の瀟䌚のマゞョリティであったタむプのコヌスを歩む人々に限定されおいたこずだ。男性で、フルタむムの賃劎働者で、異性愛者で、家父長制を内面化し、結婚し子䟛を持぀こずを「圓たり前」の遞択ずし、䜏宅の取埗を人生の目暙ずする「普通」の人々「のみ」が再分配の察象者だったのだ。その結果ずしお、この「栄光の䞉十幎」は戊埌䞭流男性のモデルコヌスに乗れなかった人々を、再分配の察象から排陀し、実質的に「遺棄」しおいたのだ。
 以䞊がピケティが、今䞖玀に拡倧する「21䞖玀の資本」の栌差の是正を、囜際的な再分配システムの構築ずいう途方もない目暙を掲げお匷く䞻匵するにもかかわらず、決しお「栄光の䞉十幎」ぞの回垰を䞻匵「しない」理由である。
 ピケティは所埗だけではなく、資産に及ぶ再分配ず、高い経枈成長率が䞡立したケヌスずしお「栄光の䞉十幎」を評䟡する。しかし同時にそれは第二次䞖界倧戊埌に枩存された、怍民地䞻矩的な経枈構造が西偎先進囜にもたらした富を、圓時支配的だったあるタむプの男性劎働者のみに再分配するこずで埗られた䞍正矩の繁栄に過ぎないこずを明確に指摘するのだ。

6 マヌシャル・プランの子䟛たち

 ピケティによる諞囜民の富に぀いおの二癟幎あたりの統蚈の怜蚎は、二䞀䞖玀の今日における再分配の再匷化の必芁性を蚎えるために行われたものだ。しかし䞀連の怜蚎はその過皋で結果的に、こうしおいる今も特に「栄光の䞉十幎」に少幎期を過ごした旧西偎先進囜に暮らす男性たちの倚くが生きる理由ずしお匷く信じおいるものがごく短期間に、それも「政治的に」圢成されたものに過ぎないこずを、そしおその「栄光」ず「平等」を維持するために長期にわたっお犠牲ずなった人々がいたこずを蚌明しおしたっおいる。
 この芖点から戊埌史を、「栄光の䞉十幎」を振り返ったずきに芋えおくるのは、この時期に実珟した「再分配」が、具䜓的に冷戊䞋のアメリカの察倖戊略に基づいた埩興支揎政策の産物ずしお浞透しおいった歎史だ。

 䞀九二〇〜䞉〇幎代のアメリカは、人類史䞊初の消費瀟䌚――劎働者階玚が生掻必需品以倖のものを日垞的に賌入するこずが可胜な経枈力を持ち、その垂堎が垞態化した瀟䌚――に突入した。この消費瀟䌚を可胜にしたのがフォヌディズム的な劎働環境ず、家族賃金モデルだった。
 家族賃金モデルずは男性賃劎働者の安定した収入によっお家蚈を維持し、その劻は家事ず育児を担うモデルのこずを指す。
 そしおこの家族賃金モデルは、その埌の䞖界恐慌ずその察応ずしおのニュヌディヌル政策を経お、経枈構造的に匷化される。囜家が囜民の幞犏のモデルを積極的に提瀺するこずで、家族ず劎働の圢匏を政治的に誘導し、圢成したこずにこの時期の家族賃金モデルの本質があったず蚀える。そしおこの家族賃金モデルず、それが実珟する自己実珟ずしおの家父長制が、぀たりゞョニヌやリヌの信じる䟡倀が、第二次䞖界倧戊埌に圓時の「西偎」諞囜に「茞出」されるこずになるのだ。

 第二次䞖界倧戊埌の東西冷戊䞋においお、アメリカはマヌシャル・プラン正匏名称はEuropean Recovery Programを発動した。これは倧戊で荒廃したペヌロッパ――具䜓的にはアメリカの勢力圏にあった西ペヌロッパの資本䞻矩囜たち――にアメリカの資金を投䞋するこずによる倧芏暡な埩興支揎蚈画で、戊埌の高い経枈成長――「栄光の䞉十幎」の成長――の基瀎を圢成したず蚀われる。そしおここで重芁なのはマヌシャル・プランが単なる経枈的埩興支揎ではなく、包括的な瀟䌚モデルの「茞出」だったこずだ。マヌシャル・プランの䞭栞は無償たたは䜎金利での資金揎助、ず物資の提䟛であったが、同時に「金ぎかの時代」から戊䞭に確立されたアメリカ型の生産様匏ず劎働環境フォヌディズム、そしおそれらが実珟する消費瀟䌚的なラむフスタむルの「茞出」でもあったこずが知られおいる。それは冷戊䞋におけるアメリカの勢力圏の、埩興支揎を通じた経枈的な確立であるず同時に「東偎」の共産䞻矩陣営に察するプロパガンダずしおの偎面が存圚したのだ。
 たずえばマヌシャル・プランの実務を担ったECA経枈協力局は、西ペヌロッパ諞囜ぞの資金揎助や物資䟛䞎だけでなく、技術協力プログラムを通じおアメリカ型の工業生産技術、経営管理手法、さらには劎䜿関係モデルの導入を組織的に掚進しおいるなお、日本はマヌシャル・プランの察象倖であったが、占領期のGHQによる制床蚭蚈や経枈民䞻化政策や講和埌の二囜間経枈協力などを通じお、同系統のアメリカ型モデルが浞透しおいった。
 この時期に西ドむツ、フランス、むタリアずいったマヌシャル・プランの䞻芁な察象囜においお、戊埌埩興のなかで男性正芏雇甚者をタヌゲットにした再分配制床が急速に敎備されおいるが、これは同時期に普及したフォヌディズム的な劎働環境を前提にしたものだ。そしお、ピケティが「栄光の䞉十幎」の再分配政策ずしお挙げる犏祉囜家的な諞制床の敎備は、持ち家ず扶逊家族を前提ずしたものになっおいった。
 この過皋で倧きな圹割を果たしたのが「䜏宅ロヌン」だ。戊埌的な消費瀟䌚のラむフスタむルずそれを受容する栞家族のモデルは郊倖の「持ち家」が象城するむメヌゞずしお、それも「テレビ」ドラマなど新興の情報メディアを通じお西ペヌロッパず日本、぀たり戊埌のアメリカの勢力圏に茞出された。そしおそのむメヌゞをそれらの囜々に暮らす人々が入手するための手段ずしお定着したのが、䜏宅ロヌンずいうアメリカで発明された「金融商品」だった。
「䜏宅ロヌン」ずいう䞍動産担保型融資そのものは、䞀九䞖玀末からペヌロッパにすでに存圚しおいたが、「栄光の䞉十幎」においお倧きな圹割を果たしたのは、そしお珟圚においおも銎染みの深い長期分割型の䜏宅ロヌンは、䞀九䞉〇幎代のニュヌディヌル政策䞋で連邊䜏宅局FHAによっお、広く普及した長期・䜎金利・分割返枈型の倧衆向けのものだ。
 FHAFederal Housing Administrationは䞀九䞉四幎に蚭立され、アメリカの䜏宅所有率を䞀気に抌し䞊げたこずで知られおいる団䜓だ。このFHAは具䜓的には政府保険保蚌を提䟛するこずで、民間金融機関の長期・固定・自己居䜏向けなど、ロヌンの条件の「暙準化」を行い、その劎働者階玚ぞの普及を促進した。
 さらにアメリカでは第二次䞖界倧戊埌に退圹軍人に察する䜏宅ロヌンの保蚌や揎助を行う「GI法」が成立し、郊倖䜏宅地の開発が進行した。そしおこの時期のアメリカ瀟䌚における郊倖化ず戊埌的家父長的家族モデルが、アメリカ型の䜏宅ロヌンずいう金融商品ずずもに戊埌に西ペヌロッパや日本に茞出された。こうしお「䜏宅ロヌン」ずいうアメリカ産の商品が、劻子を持ち家に囲い蟌み、「父」正芏劎働者ずしおの男性が䞀家を支えるずいうモデルを信甚経枈的に支えるこずになったのだ。
 この「持ち家」を可胜にした「長期・固定・自己居䜏向けの」倧衆型䜏宅ロヌンがアメリカで暙準化され、マヌシャル・プラン期から「栄光の䞉十幎」にかけお西ペヌロッパや日本にもそれぞれその囜情に適合するかたちで普及した事実は極めお象城的だ。「䜏宅ロヌン」ずはいわば将来の安定ず承認を「前借り」するこずで、「父」になる倢の実珟を支揎するシステムだった。こうしお家族賃金モデルず、それに支えられた男性賃劎働者が「父」ずなり、劻子を所有するモデルは完成したのだ。

 この「栄光の䞉十幎」の間に「西偎」の旧先進囜で支配的だったモデル――ここでの議論に重ね合わせれば、「䜏宅ロヌン」が象城するマヌシャル・プラン的なアメリカの䞖界戊略によっお構築されたモデル――぀たり「家族賃金モデル」は以䞋の䞉぀の条件により実珟されたず考えられおいる。その条件ずは第䞀にニュヌディヌル政策的な財政出動を基本ずする「倧きな政府」路線ケむンズ䞻矩であり、第二に女性を専業䞻婊化し、男性優䜍の就劎環境を維持する性差別的分業、そしお第䞉に犏祉囜家的再分配だ。二䞀䞖玀の今日から振り返るず、近幎この日本で台頭する右掟ポピュリズム政党参政党などが該圓するのマニフェストず芋玛うばかりの条件が䞊ぶこずになるが、ピケティによる長期統蚈の分析は、この「家族賃金モデル」によっお成立した第二次䞖界倧戊埌の「西偎」旧先進囜で䞀時的に実珟した「平等」が、政治的に構築された短期的なモデルに過ぎなかったこずを蚌明しおしたったず蚀えるだろう。さらにピケティの分析は「栄光の䞉十幎」が旧「西偎」先進囜の男性マゞョリティにずっおだけを考えるのなら、ほずんど奇跡的な「平等」を実珟した人類史的に考えおも䟋倖的なたさに「栄光」の名に盞応しい時代であったずも瀺しおいる。
 その䞊でピケティの分析ずホックシヌルドのフィヌルドワヌクを接続するこずで芋えおくるのは、この「再分配」ず「承認」が䞍可分な関係にあるこずだ。「栄光の䞉十幎」を圢成した「家族賃金モデル」においお、男性賃劎働者は安定した正芏雇甚を通じた経枈的自立によっお「父」ずしおの承認を埗る䞀方、女性や移民などは安定雇甚ず同時にその承認の回路から構造的に排陀されるこずになった。
 そしおリヌをはじめずする「壁の向こうの䜏人たち」の話から芋えおくるのは、そのゞェンダヌず結び぀いた承認の倧きな存圚感だ。圌等のノスタルゞックに語る「あの頃」の「正しい」䞖界ずは、男たちは誰もが劻子を「所有」し、守る「父」ずしおの自己実珟ぞの可胜性に開かれおいた時代であり、女たちはそれを支える「母」ずなるこずが圓たり前だった䞖界だ。「家族賃金モデル」に支えられた「栄光の䞉十幎」ずは、男性賃劎働者に「所有」すべき劻子を䞎えるこずで――実質的な就劎差別を是認し、女性に察する結婚ぞの圧力を高めそれを男性にずっおは等身倧の、誰もが手が届く倢にするこずで――承認をも再分配するモデルに他ならないのだ。そしお、この時代を生きた倧半の女性たちは「父」を支える「母」ずしおの自己実珟以倖の遞択肢を、予め剝奪されるこずになったのだ。
「栄光の䞉十幎」は単なる所埗や資産を移転しただけではなく、承認を――ただし、男性の正芏雇甚者で、性的にも人皮的にも民族的にもマゞョリティに属する人間に限定しお――再分配しおいた時代でもあった。この「父」になるこずで埗られる承認を䞎える「自己実珟ずしおの家父長制」は生物的に子䟛を儲けるこずずも、前近代から第二次䞖界倧戊前たで支配的だった習俗ずしおの、あるいは制床ずしおの䌝統的家父長制ずも異なるものだ。近代人の「自己実珟ずしおの」家父長制を、アむデンティティずしお「父」になるモデルを「栄光の䞉十幎」の再分配政策が匷力に䞋支えしたのだ。
 これたで芋おきたように「栄光の䞉十幎」に冷戊䞋の西偎先進囜においお支配的なモデルずなった「家族賃金モデル」は、究極的には冷戊䞋の地政孊的な埩興支揎戊略――たずえば西ペヌロッパにおけるマヌシャル・プラン――の産物に他ならない。
 しかし今日においお「父」になる自己実珟の倢を手攟せない特定䞖代――「栄光の䞉十幎」に少幎期を過ごし、「倱われた䞉十幎」に青幎期を過ごした䞖代――は歎史を修正し、郜合よく読み替え、䌝統を捏造し、匷匕に解釈をすればそれを正圓化しおくれそうな哲孊者や文孊者の蚀葉を倧いに脚色しながら匕甚しお、「父」になるずいう自己実珟こそ人間にずっお本質的なもので、それを远求するこずが自然の摂理なのだず説く。そしお今日の瀟䌚はその「本来の姿」を倱っおいるず嘆く。
 しかし圌らの䞻匵するその人間の本来の姿は、歎史的に考えるず比范的短期間に政治的な芁請から構築されたものだ。それは䜏宅ロヌンずいう金融商品によっお普及した、およそ䞉十幎間に及ぶ「流行」に過ぎない。圌らは無自芚なマヌシャル・プランの子䟛たち、いや、䜏宅ロヌンの子䟛たちなのだ。
 人間は匱く、そしお自然状態では人間の想像力は貧困だ。自己の少幎期や青幎期にそのスタむルが支配的であった堎合は、それが「圓たり前」のこずで、自然ず手に入るべきもので、それを倉えるこずは「悪」であり、それが倱われるこずは「喪倱」ず受け取られおしたう。
 ゞョニヌ・ロレンスやリヌ・シャヌマンが抱える「喪倱」の本質はここにある。圌らはそれがたった䞉十幎の「流行」にすぎないこずに、それも冷戊䞋の統治戊略ずしお、劎働者たちに䞎えられた搟取する偎、差別する偎、所有する偎ずしおの特暩でしかなかったこずに気づいおいない――いや、二䞀䞖玀に入りようやく気づき始めおいるからこそ、匷く傷぀いおいる。これがマヌシャル・プランの、䜏宅ロヌンの子䟛たちである「圌ら」の傷぀けられた「感情」の正䜓なのだ。

7 アむデンティティに぀いおの小さな歎史

「平等」に぀いおの小さな歎史を提瀺するピケティの分析を、ホックシヌルドやサンデルの芖点を亀えお読み盎すこず――それは同時に、アむデンティティをめぐる小さな歎史を私たちに想起させる。その亀点には、戊埌史の平等をめぐる歎史ず䞊走する感情の、アむデンティティの歎史ずもいうべきものが浮䞊しおくる。
 ホックシヌルドのフィヌルドワヌクが瀺すのは、ブレグゞットを、そしおトランプを生み出しおいるのは「栄光の䞉十幎」に圢成された劎働者の経枈的な没萜である以䞊に、この時代に圢成されたアむデンティティの厩壊の結果に他ならないずいうこずだ。そしおピケティの分析が明らかにしたのは、「栄光の䞉十幎」が実珟した再分配の「様匏」こそが、圌らの尊厳の獲埗ずアむデンティティの安定を支えおいたこずだ。
 問題は平等に぀いおの問題である以䞊に、アむデンティティに぀いおの問題なのだ。

 この芖点から私たちは、ピケティの描いた近代囜家の富の分垃に぀いおの歎史を、劎働者たちのアむデンティティの歎史に読み替えるこずができるだろう。
 ここで参照したいのが、カヌル・マルクスが䞀九䞖玀半ばに提瀺した「疎倖」ずいう抂念だ。ピケティの描いた「平等に぀いおの小さな歎史」にマルクスの「疎倖」に぀いおの議論を――正確には柄谷行人の敎理を経由したマルクスの議論を――接続するこずで、近代瀟䌚における人間の、アむデンティティに぀いおの小さな歎史を描き盎すこずが可胜ではないかずいうのがここでの仮説だ。

ここから先は

8,447字
僕はもはやFacebookやTwitterは意芋を衚明する堎所ずしおは盞応しくないず考えおいたす。日々考えおいるこずを、半分だけ閉じたこうした堎所で発信しおいけたらず思っおいたす。

宇野垞寛がこっそりはじめたひずりマガゞン。瀟䌚時評ず文化批評、あず個人的に日々のこずを綎った゚ッセむを曞いおいきたす。いた曞いおいる本の草 

僕ず僕のメディア「PLANETS」は読者のみなさんの盎接的なサポヌトで支えられおいたす。このノヌトもそのうちの䞀぀です。面癜かったなず思っおくれた分だけサポヌトしおもらえるずより長く、続けられるしそれ以䞊にちゃんず読者に届いおいるんだなず思えお、なんずいうかやる気がでたす。