格差の「身分」化と「総国家」
今日は少し大きな話をしてみたい。いま起きているのは、「格差」の「身分」化だ。たとえば、日本の場合、「失われた30年」の間に世代が一回りしつつあるので、格差が「親ガチャ」によって固定され、身分化しはじめている。これはどう考えてもまずい。
しかし、脳みそが2010年代前半で止まっている新自由主義系というか、初期ニューズピックス系はいまだに露悪的に「俺様は有能&意識高いから格差OK」みたいなキャラで語るのがカッコいいみたいなことを言っているし、偽善系の権威ビジネスをやめられない学者先生や社会起業家とかは、左右の立場を問わずビニールハウスの中から無責任に「これからは共同体の相互扶助で何とかしよう」的なバカなことをウットリと語る。この人たちは、共同体の下位カーストに置かれる人々のことや、共同性を維持するために発生する「いじめ」のリスクを、まったく考えられていない。僕は、繰り返し述べているように、結局「再分配」しかないと思う。
再分配は尊厳を奪う? それは、労働疎外丸出しの、労働集約型の賃労働スタイルを放置しているからだ。僕は、昨日書いたように、「弱い自立」+強力なセーフティネット(再分配)で、これは解決できると思う。
再分配は国家の役割を肥大させる? それ自体は全く問題ではない。そもそも僕にとって、「左翼であること」は目的じゃない。結果的に問題が解決すればよく、それが「左翼っぽい」かどうかは極めてどうでもいい。困るのは、国家の役割が(公的領域の肥大に比例して)大きくなることじゃない。ネーション・ステート(国民国家)の「ネーション」、つまりナショナリズムが(消去法で)肥大して、いまのように戦争リスクが高まることだ。
要は、ステートを強化してもネーションを強化「しない」知恵が必要なのだ。左翼キャラで何十年かやってきた人は認めたくないだろうが、あなたのプライドなんかどうだっていい。
そもそもアイデンティティの問題の前面化は、賃労働者の疎外を(家族または国家に基づく)アイデンティティの安定で埋め合わせるところから始まっているので、やはりポストフォーディズムの批判的アップデート(「弱い自立」)によって、共産化ではないかたちで労働疎外そのものを解消することが効くだろう。
で、ここで問題なのは、今日の(グローバルに発生した)格差は、(ローカルな国家内の)再分配だけでは是正しきれないということだ。とりあえず、タックスヘイブンの廃止&グローバル・ミニマム課税の強化あたりから始めるべきなのだが、究極的には、やはりここから、世界政府に近いものが遠い未来のビジョンとして出てくるだろう。
まあ、そういったSF的な話はいいとして、ここで考えてみたいのが「総資本」の問題だ。これは金融用語の「総資本」ではなく、柄谷行人のマルクス論でよく出てくる「総資本」だ。
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u-note(宇野常寛の個人的なノートブック)
宇野常寛がこっそりはじめたひとりマガジン。社会時評と文化批評、あと個人的に日々のことを綴ったエッセイを書いていきます。いま書いている本の草…
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