【エッセイ】 彼女は飛行機が好きだった…
今年も8月になり、私の脳内は『あの夏』の記憶の蘇りが加速している。
先日、彼女の自宅を訪問した際に、久しぶりに彼女の部屋に入ってみた。
久しぶり……どころか、おそらくかれこれ30年ぶりになる。
ご両親は生前、彼女の部屋の扉を開けることを躊躇していた。
特にお母様はそうだった。
「あの部屋に入ると、あの子の匂いが残っていて…。
辛くなるから入れないの」
そのお気持ちを察して、私もそれに従ってきた。
久しぶりに…。
本当に久しぶりに…。
階段を昇り、彼女の部屋へ…。
山積みされた彼女の私物が迎えてくれる。
1985年8月12日、ここにある物たちが『遺品』と呼ばれるようになった。
この度、諸事情により数ヶ月前からこの部屋の片付けを始めたという。
そのせいで開け放れた扉や窓から、懐かしい彼女の匂いは抜けてしまっていた。
沢山の衣装ケースやチェストには、彼女らしい方法で、隙間なくきっちりと収納されていた。
「あ、あの時着ていた服だ!あ、これも!」
二十歳の頃に着ていた洋服を手にして、そっと顔に近付けると、微かに彼女を感じた。
この部屋に案内してくれた方が、片付け作業の予定を話してくれた。
私は耳を傾けながら、本当にこれでお別れの時を迎えることを悟る。
高校生の時から、彼女は私に色んな物をプレゼントしてくれた。
「お誕生日おめでとう」…とか。
「メリークリスマス!」…とか。
「頑張ったご褒美だよ」…とか。
彼女が私にくれた物は、主に洋服だった。
「絶対に似合うよ」…と言って、私に差し出してくれた。
その洋服たちは私のお気に入りアイテムとなり、繰り返して着ていた。
何回も、何回も…。
彼女のセンスで選んでくれたTシャツやブラウスは、やがてだんだん色褪せたり、縮みや傷みが激しくなり、我が家の引越しの際に処分してしまった。
こともあろうに処分してしまったのだ。
だからもう手元にある彼女のくれた洋服はない。
唯一の残っている物。
それは黄色いプラスチック製の小さなケース。
あの頃、私が集めていたチープなアクセサリーを入れるのに「丁度良い!」と彼女がプレゼントしてくれた。
「渋谷で見つけたんだー。いいでしょう、使って」

40年以上前のプレゼントが、今も私の愛用品だ。
これと色違いのケースを、遺品の中から見つけた。

色違いで買っていたんだ!と今更ながら知る。
心がジワーっとした。

皮肉にも、このケースには飛行機の絵柄。
そういえば、これを貰った時に、こんな会話をした。
「ありがとう、あ、飛行機だ」
「そうだよ、飛行機好きなんだもん」
特に深い意味があるわけもない会話だった。
幼子が「電車が好き」とか「お船が好き」というような、ただ理屈抜きで素直に発した言葉だ。
彼女の「飛行機好きなんだもん」は案外本気だった。
「すごくいい場所があるの!連れてってあげるね」
ある時彼女は私を、東京の京浜島公園に案内した。
東京湾に面し、羽田空港が目前に見える。



飛行機が直近に見える場所で、夜更けまでその景色を堪能しながら、たわいのないお喋りをしていた。
「JALがいいなぁ」
「どうして?私はANAがいい」
「JALのオレンジジュースが美味しいから」
「なーんだ!ジュースが理由なの?」
こんなお喋りをした記憶がある。
飛行機が好きだった彼女。
「JALがいい」と言ってた彼女。
人生って皮肉だ。
了
几戸姶洛
