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2025.4.28 母としての罪悪感の正体

このマガジンはただの日記です。読まなくてもまったく困りません。

先週末、小学校3年生になった次男のサッカーの試合があった。観戦していたら、同じサッカーチームメンバーRくんのお母さんから声をかけられた。

R母「次男くんはサッカー大好きだし、もう小学3年だし、そろそろサッカーのクラブチーム(毎日練習あり)に入りたいって言いませんか?」

私「うーん。今のところ、毎日やるほどサッカーが好きかはまだわからないですね。クラブチームは親の送迎も必要になるし、うちは今のペース(週3回、コーチの送迎あり)がちょうどいいと思っているので、多分入りたいって言われても入らない(入れない)ですね」

と答えると、R母は「次男くんもそうなんですね。良かった」と言った。そのまま試合を見ながら立ち話を続けていると、Rくんのお母さんが、

「Rが『サッカーのクラブチームに入りたいな』と言うんですけど、毎日行くとなると……。私が仕事を早めに切り上げて、送迎して、その合間に下の子のお迎えに行って……と考えると、私の体力的に無理だなと思って。でも、皆さん熱心だから、なんとなくね。息子の要望をかなえられないことを申し訳ないと思っていたんですよ」

とポツリポツリと話していた。

そのことを Instagram のストーリーズで写真つきであげたら、これがびっくりすることに、30件くらいの「わかる!!!」「私も!!」「この気持ちを分解して!」というコメントをもらった。

皆さんのお子さんがサッカーをやっているわけではないのだが、さまざまな習い事があり、「わかる〜」というお声が多かった。特に親の負担が大きいスポーツ系(サッカー、野球、スケートなど)は悩ましいようだ。

そりゃ、親であれば子どもの「やりたい!」に寄り添いたい。一方で、「子どもの希望をかなえる」ことが無理な場合もある。こちとら(親ね)、生活を支える責務がある以上、毎日の習い事の送迎(17時送り、20時迎えなど)が無理なこともある。がんばればできるかもしれないけど、親のリソースを削らなきゃいけない(資金、時間、体力)。他の兄弟がいるとなれば、希望をかなえることは難しい。

そんな事情を、親子で納得して「うちはこここまで」とするものの、親の心のどこかに「子どもに申し訳ないな」という気持ちがある。
「わかっているのに、感じてしまう罪悪感」。これを分解してほしいというリクエストをもらった。

ということで、ちょっと考えてみた。

心のどこかで感じてしまう「私ががんばれば、わが子は習い事をフルでできたのではないか」という痛みについて。

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