Photo by
otter_anyway
もし「幸せ」に通知機能がついていたら
もし「幸せ」に通知機能がついていたら——
朝、スマホを見る。
通知が1件。
「本日の幸せを受信しました。」
なんだそれ。
開いてみる。
「子どもが寝起きで笑いました。」
小さい。
でも、ちょっと嬉しい。
会社に着く。
また通知。
「今日も無事にここまで来ました。」
いや、それだけ?
と思う。
昼休み。
コンビニで好きなものを買う。
通知。
「今、ちょっと幸せです。」
確かに。
仕事が終わる。
外に出る。
通知。
「本日の仕事、終了しました。」
これは幸せ。
かなり幸せ。
家に帰る。
「ただいま。」
「おかえり。」
通知。
「本日の幸福度が上昇しました。」
なるほど。
夜。
家族とご飯を食べる。
特別な料理じゃない。
何でもない会話。
子どもが笑う。
また通知。
「この時間は、後から価値が上がる可能性があります。」
怖い。
でも、
たぶん本当にそうなんだと思う。
その時は、
「いつもの夜。」
それだけ。
でも数年後、
写真を見返したら、
「あの頃、楽しかったな。」
って思う。
もし「幸せ」に通知機能がついていたら——
僕たちは、
もっと幸せに気づけるのかもしれない。
でも現実には、
通知なんて来ない。
だから、
自分で気づくしかない。
大きな成功じゃなくてもいい。
美味しいものを食べた。
誰かと笑った。
無事に帰ってきた。
今日も一日終わった。
そんな小さなことでいい。
もしかしたら、
幸せって、
特別なイベントじゃなくて、
「特に何もなかった一日」にこっそり隠れているものなのかもしれない。
そして一番怖いのは、
幸せの通知が来ないことじゃない。
通知が来ていたのに、忙しくて全部スルーしていたことなのかもしれない。
