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自分にはない武器を持つ人たち──所属を求める人を見て考えたこと


先日、ある社員から「個別に相談したいことがあります」と声をかけられ、ご飯に行くことになった。

相談内容そのものは珍しい話ではない。

仕事の悩みだったり、今後のキャリアだったり、組織に対する不安だったり。

管理者をしていると、こうした機会はそれなりにある。

ところが、その様子を見ていた別の社員からも後日同じように誘われた。

もちろん偶然かもしれない。

ただ、その二人はあまり波長が合うタイプではない。

だからだろうか。

私は少し意地悪な見方をしてしまった。

もしかすると、この二人は私を巡って覇権争いをしているのではないか、と。

誰が近い存在なのか。

誰が可愛がられているのか。

誰が信頼されているのか。

そんな競争が起きているようにも見えた。

派閥が苦手な自分

私は昔から派閥というものが苦手だった。

誰かの庇護下に入ること。

特定の人との関係性を武器にすること。

組織内で勢力を作ること。

そういったものに価値を感じたことがあまりない。

むしろ意識的に距離を置いてきた。

誰かに依存することで得られる安心感よりも、誰にも依存しない自由の方を選んできた。

だから今回の出来事も、

「なぜそんなことをするのだろう」

と感じてしまった。

もし私がその立場なら、上司に近づくための努力よりも、自分自身の能力を高める方に時間を使うだろう。

だから正直に言えば、

「なんて無駄なことをしているのだろう」

と思ったのである。

見えている世界が違うだけかもしれない

しかし、その後少し考えた。

本当に無駄なのだろうか。

もしかすると、私が見ている世界と彼らが見ている世界が違うだけではないのか。

そんな気がしてきた。

人間は社会的な生き物である。

歴史を振り返れば、集団に所属することは生存そのものだった。

誰かに守られること。

仲間として認識されること。

共同体の一員として受け入れられること。

それは生き残るために必要な能力だった。

そう考えると、

「誰に可愛がられているか」

「誰の近くにいるか」

ということは、人間にとって本能的に重要なことなのかもしれない。

一方で、私は少し変わっているのだと思う。

所属による安心感よりも、自立による安心感を求めている。

誰かに守られるよりも、自分で立っていたい。

誰かの一員であることよりも、自分自身であることを優先したい。

だから派閥や人間関係の力学に価値を見出しにくい。

しかし、それは私の価値観でしかない。

彼らには彼らの価値観がある。

所属することに意味を見出す人もいる。

誰かとの関係性を大切にする人もいる。

その人たちなりの生き方がある。

そう考えた時に、少し見え方が変わった。

自分にはない武器

面白いことに、私はその行動を嫌いになれない。

むしろ少し尊敬している。

なぜなら、自分にはできないからだ。

私は人の懐に入るのが得意ではない。

積極的に距離を縮めることも苦手だ。

誰かに可愛がられようと思って動いたこともほとんどない。

だからこそ思う。

あれは才能なのだ。

人との距離を縮める力。

関係性を築く力。

人を巻き込む力。

相手に好かれる力。

これらは組織の中では非常に強力な武器である。

実際、その能力によって大きな成果を出している人もたくさんいる。

私はその武器を持っていない。

だから真似もできない。

人は、自分が持っていない能力を持つ人を否定することがある。

「あの人は媚びている」

「あの人は要領がいいだけだ」

そんな言葉で片付けてしまう。

しかし私はそうは思わない。

自分にできないことができるのだから、それは立派な能力である。

別の世界線の自分

ふと考えた。

もし自分が若い頃から、その武器を持っていたらどうなっていただろうか。

もっと人脈を広げていたかもしれない。

もっと組織の中心にいたかもしれない。

もっと違うキャリアを歩んでいたかもしれない。

今とはまったく違う景色が見えていた可能性もある。

ただ、その世界線の自分は今の自分になっていただろうか。

所属しないから見えた景色がある。

孤独だったから考えた問いがある。

誰にも依存しなかったから鍛えられた思考がある。

今こうして問い続ける自分は、その生き方の結果として生まれたのかもしれない。

持っていない武器への敬意

人は、自分が選ばなかった人生を想像する。

後悔ではない。

羨望でもない。

ただ、自分とは違う武器を持った人が見ている景色に興味を持つ。

そんな感覚である。

今回の出来事は、派閥争いを目撃した話ではなかった。

自分とは異なる生存戦略を持つ人たちを観察した話だったのだと思う。

そして気づいた。

私は所属を求める人たちを理解できないのではなかった。

ただ、自分が持っていない武器を使って生きている人たちだったのである。

その武器を自分が手にすることはないだろう。

しかし、その価値を認めることはできる。

それだけでも、少し世界の見え方が変わった気がしている。

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ゆいえん|フォロバ100 ありがとうございます。 励みになります。 毎日投稿に挑戦中💪