限りあるものに心惹かれる
花火が好きだ。
夜空いっぱいに咲く大輪の花も、胸の奥まで響く大きな音も、そのすべてに心が躍る。
けれど、私が花火に強く惹かれるのは、花火が「ずっとそこにはないもの」だからなのだと思う。
花火は、いつでも見られるものではない。
限られた季節、限られた場所、限られた時間。
その日、その場所へ行かなければ、見ることができない。
だから花火を見に行く日は、少し前から「特別」になる。
何度も天気予報を確認したり、当日はまだ明るいうちから会場へ向かったり。
少しずつ暮れていく空を眺めながら、あたりが暗くなるのを待つ時間は、いつもの夜とはどこか違って見える。
それなのに、あれほど待ちわびた花火は、いざ始まってしまえば驚くほど早く終わってしまう。
暗い夜空を、一筋の光が勢いよく駆け上がり、次の瞬間、大きな花を咲かせる。
思わず息をのむほど鮮やかに輝いたかと思えば、その光はほんの数秒で、ほどけるように消えて、「もう少し見ていたい」と思うころには、夜空は静けさを取り戻している。
その光景から、一瞬たりとも目を逸らしたくない。
たとえ同じ場所で、同じ人と、似たような花火を見たとしても、空に広がる形も、風に流れる煙も、そのときの気持ちも、まったく同じにはならない。
私は昔から、そういう「限りあるもの」に心惹かれる。
どれほど失いたくないと願っても、過ぎていく瞬間を留めておくことはできない。
その儚さをいちばん強く感じるのは、花火が終わる瞬間だ。
最後の一発が夜空に大きく開き、光の粒がゆっくりと落ちていく。
少し遅れて音が響き、やがて空は何事もなかったかのように暗闇へ戻っていく。
さっきまであれほど眩しかったのに、気づけば光のかけらさえない。
残っているのは、夜空に漂う煙と、耳の奥にかすかに残る音と、胸の中の余韻だけだ。
帰り道、人の流れに混ざりながら、さっき見た花火を思い返す。
少しだけ切なくなる、その時間も好きだ。
楽しかった時間が終わってしまった寂しさと、確かに美しいものを見たという満足感。
もう戻れないからこそ、何度も心の中で振り返りたくなる。
花火の美しさは、夜空に輝いている瞬間だけにあるのではないのかもしれない。
始まる前の高揚も。
一瞬の光に息をのむ時間も。
消えていく光を惜しむ気持ちも。
永遠に咲き続ける花火があったとしても、私はきっと、今ほど心を奪われない。
終わることが分かっているからこそ、その一瞬を見逃したくないのだ。
どうしようもないほど鮮やかに輝いて、跡形もなく消えていく。
その儚さを「惜しい」と思えることまで含めて、花火は美しい。
だから私は、花火がとても好きだ。
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