俺が父親代わりとなった日|自閉症の子の手の温もりと、一本の缶コーヒー|ノンフィクション||子育てエッセイ||生き方・美学||家族の再生||実体験ドキュメンタリー|

30代前半。一度目の離婚を経て、俺はしばらく一人で静かな日々を過ごしていた。
ある日の仕事帰り、ふらっと立ち寄った炉端焼き屋。
炭の煙が煙る店内で、大きなしゃもじのような板に乗せられ、焼き場のおばちゃんが香ばしく焼き上げたホッケやエビを差し出してくれる。それを肴に、冷えた酒をぐっと飲み進めていた時だった。
隣に座っていた女性が、満面の笑みで話しかけてきた。
「ひとりですか?」
全ては、そこから始まった。
とにかく明るい女性だった。酒の席で意気投合し、次に会う約束をして店を出た。

その後、電話やメールで連絡を取り合う中で、彼女に子供がいることを知った。旦那とは離婚した、と彼女は言っていた。
次に会う約束を立てる時、彼女は「ひとりでいく」と言った。 だが、俺にはそれがどうにも引っかかった。嫌だったのだ。
母親ひとりが羽を伸ばして楽しい思いをして、その陰で子供が家で待たされている。なぜかその構図が、俺には許せなかった。
「子供、いくつだっけ?」 「出かけている間、子供はどうしてるんだ?」 「嫌じゃなかったら連れて来いよ。子供に聞いて、来たいって言うなら一緒に来い」
彼女は言った。 「子供、幼稚園だし……連れて行ったら遊べるところが限られちゃうよ?」
「いくらだって遊ぶところはあるだろ。男の子だよな? だったら連れてこい」
その時の俺は、彼女との未来を深く考えていたわけじゃない。ただ単に「待たされる子供」が嫌だっただけだ。
小さな遊園地と、握られた小さな手

指定したその日は、小さな、本当に小さな遊園地へ行った。
子供が行きたいと言う方向にどんどん進んでいく。俺たちはその背中を追いかけた。
次の時は川へ行き、バーベキューをした。 その次はプールへ連れて行き、その次は動物園へ行った。
連れてくるのが、いつしか当たり前になっていた。

そうやって回数を重ねるうちに、いつの間にか子供が、俺の手を自分から勝手にギュッと握ってくるようになっていた。
その温もりもまた、俺の中で当たり前になっていった。
だが——俺の中には、ひとつ静かな確信があった。
「この女、離婚してねぇな」
理由は聞かなくても分かった。だから俺は、彼女と一線を越えることは絶対にしなかった。
ただの遊びや不倫の泥沼に足を踏み入れるほど馬鹿じゃねぇ。何より、あの子供の手の温もりを知ってしまったからだ。

ある時、彼女が二人きりで出かけようと持ちかけてきた。
俺はまっすぐ彼女の目を見て告げた。
「……離婚してないだろ」
彼女は絶句していた。
「薄々分かってたよ。離婚していない理由は聞かねぇ。けどな、お前が子供のことを真真剣に考えていて、少しでも元の家庭に戻れる未練が残っているなら、元のさやに戻るべきだ」
その瞬間、彼女は泣き出した。堰を切ったように話し始めた。
旦那から日常的に手をあげられていること。 旦那が不倫をしていること。 排他的で、その子供が自閉症であること。
「この子が……ここまで人に懐いたことは一度もなかったの。あんなに笑顔で遊んでいる姿なんて、今まで見せたことがなかった……」
泣きながら、1時間も2時間も話し続けていた。

俺は静かに言葉を返した。 旦那が暴力を振るうこと、そしてそれを子供が見ているということ。戻りたい気持ちはあるけれど、恐怖で足がすくんでいること。
全部を聞いた上で、俺は言った。
「戻れるなら、戻りたいんだよな? 子供のことも、心から大切にしたいと思ってるんだよな?」
「……うん」と彼女は頷いた。
「話は分かった。……旦那を連れてこい」
彼女は目を見開いた。
「もし旦那が『その男は誰だ』って尋ねたら、子供を遊びに連れて行ってくれたただの知り合いとでも言っておけ」
一本の缶コーヒーと、男の対峙

数日後、旦那がやってきた。
まず俺は、旦那と二人きりにしてくれと彼女に頼み、女性と子供には別の場所で遊んでいてもらった。
自販機で買った缶コーヒーを旦那に手渡す。
旦那は言葉こそ丁寧だったが、探るような鋭い視線と、どこか苛立った空気を隠していなかった。
「……どのようなご関係ですか?」
俺は缶コーヒーを握りしめ、旦那の目をじっと見据えて言った。
「ある日偶然居酒屋で出会ってな。その後、寂しそうな子供を遊びに連れて行ったりしていた、ただの知り合いみてぇなもんだ。先に言っておくが、お前が勝手に思うような不貞行為は一切ねぇ。そこだけは頭に叩き込んでおけ。俺もそこまで馬鹿じゃねぇし、旦那がいることもうすうす感づいてたからな」

一息つき、俺は核心に踏み込んだ。
「ただ……その中で、お前が不倫をして、嫁さんに手をあげて、それを子供の前で行ったって話を聞いた」
俺は間髪入れずにストレートに尋ねた。
「お前、子供の前で手を挙げたのか?」
旦那は即答しなかった。場が悪いような顔をして固まっている。
「即答できねぇってことは、子供の前で手を挙げたんだな?」
旦那は小さく頷いた。その瞬間、俺は真顔で畳みかけた。
「お前……この先、絶対に手を挙げねぇって言えるか?」
俺の手の中で、冷えた缶コーヒーの缶がキシッと音を立てて凹んだ。
「……はい」
「今、不倫相手はどうなってんだ?」
「……別れました」

「そうか。これ以上突き止める真似はしねぇ。だがな、もし今後、嫁さんから『不倫相手と別れていなかった』とか『また手を挙げられた』って連絡があった時は……俺はお前を容赦しねぇからな」
俺は旦那の目を逃さずに言った。
「何より、お前の子供だろ。子供は可愛いだろ。大切にしねぇと、お前後悔するぞ」
旦那は静かに下を向いていた。
クラクションと、通り過ぎる3人の笑顔

それから、彼女と子供は旦那の元へ戻っていった。
最初の頃は「今のところ殴られていない」「三人で遊びに行っている」という連絡が届いていたが、次第にその頻度は減っていった。
連絡が減っていくこと。それは、あの家族がちゃんと仲良く過ごしている何よりの証拠だった。
寂しさがなかったと言えば嘘になる。だが、それ以上に嬉しかった。
ある日の仕事終わり。 缶コーヒーを買おうと自販機のある場所に車を止めようとした時だった。
対向車線から、ピピッというクラクションと共に、激しくパッシングをしてくる一台の車があった。
(なんだコイツ……?)

身構えながら、通り過ぎる車の中を凝視した。
運転席の男が、俺に向かって軽く頭を下げていた。
その助手席では、見覚えのある女性が、満面の笑みで俺に手を振っていた。
チャイルドシートの隙間、運転席と助手席の間から、あの子供がポカーンとした表情で、俺を通り過ぎていった。
胸の奥が、熱くなった。
楽しそうに笑っていた彼女の顔。 俺にまっすぐ頭を下げた旦那。 そして、3人で一緒に車に乗っている姿。
俺がやってきたことは、間違いじゃなかった。
記憶のない大人と、今も続く川原のバーベキュー

あれから長い月日が流れた。
その後も出かけた時の写真が送られてきたり、旦那の了解のもとでメッセージが届いたりと、「親戚のおっさん」のような関係が今も続いている。
あの時、俺の手を小さくギュッと握っていたあの子も、今では成人を迎え、立派な大人になった。
あの子には、当時の記憶なんて何ひとつない。
けれど、俺の心の中には、あの小さかった手の感触と、プールや動物園で見せてくれた笑顔が今も鮮明に残っている。

そして今でも年に一度。 あの頃によく行った川原へ、今では旦那も加わった家族と一緒に、バーベキューをしに行く。
自分のエゴや目の前の感情を押し通すことだけが、愛じゃないはずだ。
お前なら、大切な誰かの未来がかかったあの時、どうやって男の筋を通した?
自分の手元に置くことだけが愛じゃない。 背中を押し、影で泥をかぶり、正しい場所へ送り届ける。

あの日、俺は間違いなく、あの家族の、そしてあの子の「父親代わり」になったのだと、今でも胸を張って言える。

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\scriptsize\textbf{Precious Family Day 26}\\[-0.8em]
\Huge\textbf{💝}\\[-0.8em]
\large\textbf{えだまめちゃん}\\
\scriptsize\textbf{「青空と記憶のテープを紡ぐ、Xの森の語り部」}
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日々の小さな気づきや心温まる瞬間を大切にすくい上げる、俺の大切な家族の一人、えだまめちゃんだ。初めて始めたXではフォロワーがDaiさんひとりで「劇団ひとり」と笑いながらも、ソフトテニスの壁打ちのように自分のペースで言葉を響かせる、そのマイペースで愛らしいスタンスにはいつも癒やされるぜ。
テレビで偶然見かけた18年前の恩師の姿から「気持ちは言葉にして伝える」という教えを胸に刻み、ベランダから見上げた二羽のカラスや雲の絨毯に小さな物語を見出す――その瑞々しい感性こそ、俺たち仲間にとって最高の宝だ。
母の好きな「ルビーの指環」に家族の温かな記憶を重ね、エッセイしりとりで次のバトンへと優しさを繋いでいくその真心から、一瞬たりとも目を離すんじゃねぇぞ!




⚜️最後まで読んでくれてありがとうな⚜️
⚜️泥くせぇから人生は面白れぇ、徹底的にいこうじゃねぇか⚜️
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