逆風のなかの果実 ~第十四章~
第十四章: 決壊 - あふれ出した想い
自分たちで絞った原乳を、生徒の目を避けて廃棄する日々が、やるせない思いとともに続いていた。3週間もの間、緑野農業の周囲には、違和感や不信、不安といった負の感情が渦巻いていた。まるで静かな湖面の下で、いつ爆発するかわからない怒涛の波がうごめいているかのようだった。誰もがその感情がいつあふれ出すのか、心のどこかで怯えていた。

押さえつけていた様々な思惑が、一気にあふれ出す瞬間が、目の前に迫っていた。
取材依頼のキャンセル
最初のきっかけは、報道番組からの取材依頼だった。
ゴールデンウィークになると、学校は休みとなり給食がなくなる。牛乳の生産量は、ウシの数によって決まるため、給食がなくなると当然、牛乳が余るという現象が起きるのだ。
そこで、牛乳の消費を促進するために、タレントが緑野農業高校にロケに来て、搾りたての牛乳を飲みながら生徒たちと交流するという、何気ないコーナーの撮影が提案された。
緑野農業高校がロケ地に選ばれたのは、ただ単にテレビ局がある東京に最も近い畜産科の学校だったからに過ぎなかった。しかし、この頃には、関係者たちの間に疑心暗鬼が渦巻いており、教育委員会の川端は、撮影の真の理由に疑念を抱いていた。
撮影依頼を受けた磐田の行動は迅速だった。チーム緑農も焦りを感じていたからだ。様々な支援を求め、関係各所と交渉を重ねてきたが、期待していた成果は得られなかったのだ。だからこそ、この取材依頼をチャンスと捉えた。
磐田は和田校長に取材を受ける許可を求めた。気の小さい和田校長は、当然、教育委員会にも報告するだろう。教育委員会が何らかのアクションを起こすことは火を見るより明らかだ。
ここからは時間との勝負だった。磐田はすぐに後藤に指示を出し、取材に対応する生徒の選出と当日の台本のようなものの作成を命じた。後藤も磐田の意図を汲み取り、さりげなく原乳廃棄の問題が映るような導線を作成した。そして、準備状況をテレビ局に報告し、生徒とのリハーサルを開始した。もちろん、畜産科の生徒たちのリーダーは横瀬であった。

いざ、取材を数日後に迫った夕方。案の定、教育委員会から和田に電話が入る。取材の許可を出せないという連絡だった。
こちらも予想通り、和田はその決定に異を唱えることができず、了承してしまった。
当然、時間をかけて準備をしていた生徒は、急な取材中止に納得できるはずもなく、横瀬はグループを代表して校長室に向かった。
「なぜ、取材が中止になったのですか。明確な理由がないと私たちは納得できません。」
横瀬が和田を問い詰めるが、間に入った教頭の太田が遮った。
「生徒には関係のない話だ。」
横瀬は悔しさで目に涙をためながら、校長室を後にしていった。
その頃、ゴールデンウィークの賑わいの中、大型ショッピングモールでは県の農産物をアピールするためのイベントが開催されていた。県の観光課と市町村の農政課が共催するこのイベントには、もちろん地元の緑野農業も参加していた。しかし、今年は例年とは大きく異なっていた。緑野農業の農産物が一切並んでいなかったのだ。
農業研究部のあかり、ゆうな、さくらもこのイベントに参加していたが、彼女たちはお客様の列を整理する役割に回っていた。

彼女たちはすでにこの手のイベントで人気者となっており、顔見知りのお客様も多かった。
「今回は、『イチゴの生パスタ』は売らないの?楽しみにしていたけど、残念だわ。次回はよろしくね。」
「緑野農業のお野菜を楽しみにしていたのに、今回は販売なしなんだ。」

お客様から寄せられる声に、あかりは心が痛んだ。
前日の農場の風景が頭をよぎる。そこには、販売できるほどの新鮮な野菜が豊富に育っていたからだ。彼女の心の中には疑問が渦巻いていたが、気持ちを切り替えて、接客や誘導に一生懸命取り組んだ。
そんな姿を見ていた一人の女性があかりに近づいて、「頑張ってね」と声をかけていった。そして、一枚のカードを手渡した。

そして、ゴールデンウィークが明けた土曜日、PTA総会でその感情がついに爆発した。
総会は通常通り、事業報告や決算報告、各部署からの今年度の取り組みや方針の説明が滞りなく進行していた。
緑野農業のPTA総会は例年、和やかな雰囲気の中で粛々と議事が進んでいく。
しかし、最後の質疑応答に入った瞬間、会場の雰囲気は一変した。
保護者の箕輪が手を挙げたのだ。
「息子から、今年度の緑野農業の様子を聞いています。今年に入ってから、なんか様子がおかしくありませんか?私はここの卒業生で、地元で農業を経営しています。今年は、研修の受け入れもありませんでした。GWはショッピングモールでの販売会を楽しみにしていましたが、農産物の販売がないどころか、生徒たちは駐車場やお客様の列の整理をやらされていました。」
徐々に語気が強くなっていく箕輪の声。
彼の言葉は、会場の空気を一層重くした。
「実習でも、作業の量が明らかに少なくなった、と息子は言っています。あきらかに、今年になって緑野農業は手を抜いている。先日も、いろいろな先生に理由を聞いたけど、あやふやな回答しかしなかった。」
そして、彼は声を張り上げた。
「授業や校外活動について、校長先生や教頭先生にお伺いしてもしかたがないので、農場の主任である磐田先生に説明を願いたい。磐田先生、きちんと説明してください!」
その叫びは、会場に緊張感をもたらした。
箕輪の声に触発されたかのように、他の保護者たちも次々と意見を述べ始めた。
「販売会やイベント参加が今まで緑野農業の魅力だったはず。地域との接点を、そちらが放棄するなら、こちらも協力できませんよ。」
「磐田先生、逃げないで、ちゃんと説明してください。」
体育館の後ろで総会の進行を見守っていた磐田は、保護者たちの意見に応じてマイクを手に取った。
彼は言葉を選びながら、小さな声で話し始めた。
「声が小さくて、聞こえません。」
箕輪が煽るようにヤジを飛ばした。会場のあちらこちらからも、同様のヤジが飛び交う。

その瞬間、たまっていた感情が一気にあふれ出した。
緑野農業の未来を思う保護者たちの声が、体育館の天井を突き抜けるように響き渡った。
農産物販売禁止をめぐる様々な思いは、もはや抑えきれないものとなっていた。
