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術後出血と隠れた血腫(外傷性・術後性貧血)

朝の診察室は、消毒用アルコールの匂いと、温めたタオルの湿った温度が混ざっている。CT室の奥でファンの低い唸りが続き、待合のガラス越しに、春の光だけがやけに静かだった。 ドアベルが鳴って、透明なキャリーが腕に抱えられて入ってくる。中で小さな鼻がひくひく動き、毛の塊が、こちらを睨むみたいに丸くなっていた。
「フェレットです。昨日手術して……今朝から、ぐったりで」 飼い主の声が早口で、喉の奥が乾いている音がした。
私はキャリー越しに患者の名前を確認する。モカ、去勢オス、4歳、体重1.1kg。昨日、近隣の病院で腹部の手術を受けて帰宅したばかり。主訴は元気消失と食欲低下、歯ぐきが白い気がする、そして「血の数字が落ちた」と。
飼い主が、折りたたんだ紙を差し出した。 そこには、手書きのメモと印刷された検査結果。PCVの欄に赤ペンで丸がついていて、矢印が下へ下へと引かれている。 私は一瞬、紙の角に書かれた小さな文字を見落とした。「鎮静下採血」。
「さっきより悪いって、どういうことですか?」 飼い主の目が、紙と私の顔を往復する。「昨日は大丈夫って言われたのに。良いの?悪いの?もう分かんないです」
私は深呼吸して、まずモカを出す。タオルで包むと、ふっと力が抜けて、でも次の瞬間、指先に歯が当たった。 「……元気は、ありますね」 そう言いながら、私は違和感を飲み込む。元気があるように見えるのに、紙の数字は明らかに悪い。
口腔粘膜は確かに淡い。脈はやや強く、呼吸も浅い。心音は速く、薄い収縮期雑音が混じる。術創の周りに紫色のにじみがあるが、外に出血しているわけじゃない。腹部をそっと触ると、モカはタオルの中で身をよじって、嫌そうに鳴いた。 痛みはある。でも、崩れている感じではない。ここがいちばん怖い。フェレットは、平気な顔のままギリギリまで隠す。
「スミレ、次は?」 後ろからクスノキ先生の声。低く、急かさないのに逃げ場のない声だ。 「……まず、最小侵襲で。PCVと、TP……それから血糖も確認します」 「なぜ?」 「出血性の貧血ならPCVが下がるはずで、TPも一緒に落ちる可能性が高いです。あと、術後なので低血糖やショックの要素も拾いたいです」
採血は一発勝負だ。モカの小さな血管を前に、私は看護師に手を借りて、短時間で終える。遠心機が回り、マイクロヘマトクリット管の中に赤い柱ができる。 私は目盛りを読む。PCVは低い。……でも、隣で屈折計を覗いた看護師が首を傾げた。
「TS、そんなに低くないです。むしろ、ちょっと高めに出てます」 私はヘマトクリット管を持ち上げ、光に透かす。プラズマ層が、わずかに白濁している。しかも、薄いピンクも混じる。
胸の奥で、嫌な歯車が噛み合った。 PCVが低いのにTSが落ちない。普通なら、全血喪失なら一緒に落ちるはず。……でも、このプラズマは、きれいじゃない。

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