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「先生」と呼ばれることの危うさ

「先生」。

医師、教員、弁護士、政治家…。

さまざまな分野で、人を導き、支える仕事に就く人たちは、「先生」と呼ばれています。

「先生」と呼ばれると、どこか特別な存在になったような気持ちになります。

実は、私も教員になりたての頃は、子どもたちや保護者から「先生」と呼ばれることが、とても嬉しかったのを覚えています。

しかし、その一方で、私はあることを強く意識していました。

それは、

「先生」という呼び名に、自惚れないこと

もっと言えば、

「自分が偉いと勘違いしないこと」

です。

当時の私は、会社で例えるなら新入社員。

教員としては、まだまだ修行の身でした。

それなのに、「先生」と呼ばれているうちに、自分は特別な存在なのだと錯覚してしまったらどうなるのか。

本気で怖いと思っていました。

人は、自分が正しいと思い込んだ瞬間から、人の話を聞けなくなる。

子どもたちの声にも耳を傾けなくなり、

「この子はこういう子だ。」

と決めつけてしまう。

そうなると、本当の子どもの姿は見えなくなってしまいます。

私は教員時代、

「先生だから教える」のではなく、

「子どもたちから学ばせてもらう。」

そんな気持ちを忘れないよう、自分自身に言い聞かせていました。

今でも、「先生」という言葉には、大きな責任が伴うと感じています。

だからこそ、「先生」と呼ばれる人ほど、謙虚であり続けることが大切なのではないでしょうか。

みなさんは、「先生」という言葉に、どんなイメージを持っていますか?

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