10000部
「離婚届じゃなく 仲直り届を作れませんか
娘に『大丈夫』と言われたいんです」
「はい 印刷できます」
「本当に?」
「ええ 紙は何でも受け止めますから」
完成品には必ず小さく注意書が入る
※印刷物は現実を保証するものではありません
ある日 老人が来た
「人生最後のお願いです」
差し出した紙には1行
『ありがとう』
「これだけですか?」
老人はうなずく
「何部刷ります?」
「……毎日言い忘れるので 10000部」
数か月後 老人は亡くなった
家族が遺品を整理
財布の中
冷蔵庫の裏
本のしおり
靴箱の底
工具箱の隅
『ありがとう』
『ありがとう』
『ありがとう』
会社に1通の手紙
父は最後まで「ありがとう」を言えませんでした
でも家中から父の『ありがとう』が見つかりました
『父の願いをありがとう』
静かに便箋を閉じた
社長は黙って 営業日誌をめくる
今日の印刷依頼
『娘に「大丈夫」と言われたい』
印刷機は今日も回る
誰かの想いが
一枚ずつ刷り上がっていく
