🌱なおはるnote 第561話 猫男、3年寝太郎になるの巻
江戸時代になってまだ間もないころ。
あちこちの村では新田開発に躍起に
なっていた。
山を切り開き、川を掘り、汗と泥にまみれて
田畑を広げていく。
そうした村は年々豊かになり、蔵が立ち、
祭りも賑やかになる。
だが、それには、莫大な労力が必要だ。
ある程度、裕福な村でなければできない。
ところが猫男の暮らす村は、貧しく。
そんな、大規模な、土木工事をする
余裕などなかった。
土地が悪いのだ、運がないのだと村人たちは
口々に言い合った。
誰も本気で村を良くしようとする者は
いなかった。
そんな村に、なおはると言う、猫男がいた。
もう3年、ただ寝転がっているだけだった。

「またあいつは寝ておる」
「よその村の若者はみな汗水垂らして
働いておるというのに」
村人たちの陰口をよそに、猫男は
日がな一日、縁側でごろりと横に
なっていた。
起きているのか、寝ているのか、
さえよく分からなかった。
だが実は、猫男は、3年前のある日、
山へ入っていた。
村の裏山には、川がある。
上流から流れ着いた倒木や枝が、
古い橋の橋脚に少しずつ引っかかり、
いつの間にか天然のダムのようになっていた。
誰も気に留めていなかったが、
猫男はそれをじっと眺め、
こう見抜いていたのだ。

「この川は、今はこっちの谷にしか
流れていない。だが向こうの谷への出口は、
もう一段高い。今より、もうすこしだけ
水位をあげれば、向こうの谷にも
水を送ることができる。
向こうの谷のことは、村の誰も見向きも
しなかったが、土地がなだらかで
広々とした荒れ地を控えている。
水さえ届けば、豊かな田畑として使える。
だが現状では、もう少し水位が足りない。
猫男は橋脚のあたりを少しだけ補強して
おいた。あとは、待つだけでよかった。
流木は毎年少しずつ流れ着いた。
ダムとなる部分は自然に成長した。
そして、待つだけで、水位は上昇してくれる。
3年という歳月は、その水位が、
向こう側の谷側の出口の高さに届くのに
必要な時間だったのである。
その3年目のある朝、猫男はふいに
起き上がった。
「ちと山へ行ってくる」
村人たちは「とうとう頭がおかしくなったか」
と顔を見合わせたが、猫男は気にも留めず、
裏山へ向かって歩いていった。
橋のたもとに立つと、水位はもう、しっかり
上昇していた。
あとは、向こう側の谷への出口をふさぐ
大きな岩を、突き崩すだけとなっている。
猫男はその岩に力を込めてひと突きした。
岩はあっけなく転がり落ちた。
次の瞬間である。

堰き止められていた水が、
初めて向こうの谷へ向かって溢れ出した。
ざあ、ざあ、と音を立てて、
これまで一度も水を知らなかった荒れ地に、
水が流れていく。
村人たちが駆けつけた時には、
荒れ地はすっかり水を得て、
輝く一枚の水田のような景色に
変わっていた。もとからあった田畑の
何倍もの広さである。

「これは……いったい、どうしたことだ」
「三年前から、ずっとこうなるのを
待っておっただけよ」
猫男はそう言うと、また元の縁側に戻り、
ごろりと横になった。
その年から、村は見違えるように
豊かになった。よその村がどれだけ
汗をかいても敵わないほどの田畑を、
猫男はたった一度の仕込みと、
3年の昼寝で手に入れてしまったのである。
村人たちはもう、猫男を怠け者とは
呼ばなくなった。
ただ、相変わらず猫男は、縁側でよく寝ていた。
