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MMT主要論者の軌跡、理論的拡張1     ウォーレン・モズラー:金融市場の現実と「ソフト・カレンシー・エコノミクス」

私たちが日々当たり前のように使っている「お金」。毎日の買い物から国家の予算案に至るまで、お金は社会を動かす血液のように機能しています。しかし、その「お金の本当の姿」を、私たちはどれほど理解しているのでしょうか。

「国の借金が膨張しているから、将来のために増税が必要だ」 「政府には、新しい政策を実行するための財源がない」

ニュースで毎日のように耳にするこれらの言葉に、違和感を覚えたことはありませんか。もし、「税金は政府の財源ではない」「政府は財政的に破綻することはない」という主張があったら、皆さんはどう思われるでしょうか。

今回は、現代のマクロ経済学にパラダイムシフトをもたらし、「MMT(現代貨幣理論)」の事実上の創始者の一人となった実務家、ウォーレン・モズラーの著書『ソフト・カレンシー・エコノミクス』を紐解きながら、私たちが信じて疑わない「お金の常識」の裏側を深く掘り下げていきます。

この記事を通じて、金融市場の最前線で何が起きているのか、そして政府の財政の真の姿とはどのようなものかを知ることは、これからの社会や経済ニュースを読み解くための強力な武器となるはずです。

ぜひ最後までお付き合いいただき、一緒にお金の常識をアップデートしてみませんか。


異端の理論は「ウォール街の最前線」から生まれた

現代貨幣理論(MMT)と聞くと、象牙の塔にいる学者たちが作り上げた難解な理論だと思われるかもしれません。しかし、その起源はまったく別の場所にありました。極めて実践的な、金融市場の最前線です。

ウォーレン・モズラーは、伝統的な経済学の教授ではありません。ウォール街の債券トレーダーであり、自らヘッジファンドを率いて巨万の富を築いた、ゴリゴリの実務家です。

彼は1970年代から金融の世界に入り、政府機関債や住宅ローン担保証券の取引で頭角を現しました。彼の活動は金融にとどまらず、スーパーカーの設計・製造会社を立ち上げたり、政治の場に無所属で何度も立候補したりと、非常に型破りな人物でもあります。

そんな彼が1990年代初頭に抱いたのが、当時の経済政策に対する強烈な違和感でした。街には失業者が溢れ、生産設備は余っている。それなのに、政治家や学者は「政府には資金がないから救済できない」と口を揃えていました。

モズラーは金融市場での経験から、「それは実態と違う」と気づいていました。1971年のニクソン・ショック以降、世界は金本位制を離脱し、金(ゴールド)の後ろ盾を持たない「不換紙幣(フィアット・マネー)」のシステムに完全に移行していました。政府は自ら通貨を発行できるはずなのに、なぜ資金不足に陥るのか。

彼はこの直感を実証的な見地から体系化し、1994年に『ソフト・カレンシー・エコノミクス』という一本の論文として世に問いました。はじめはアカデミズムの世界から黙殺されましたが、インターネットの掲示板を通じて異端の経済学者たち(ポスト・ケインジアン)の目に留まり、やがて「MMT」という巨大な理論的潮流へと成長していくことになります。

お金の常識を覆す「核心的テーゼ」

モズラーの理論は、従来の経済学が前提としてきた「家計のやりくり」のような国家財政のイメージを根底から覆します。彼が指摘した、お金と国家に関する驚くべき事実をいくつかご紹介しましょう。

税金の本当の目的とは何か?

私たちが学校で習うのは「政府は税金を集めて、それを財源として公共サービスを提供する」という仕組みです。しかし、モズラーはこれを完全に逆転させます。

不換紙幣システムにおいて、法定通貨それ自体はただの紙切れや電子データです。では、なぜ皆がそれを欲しがるのでしょうか。モズラーは「税金が、法定通貨に対する需要を生み出しているからだ」と説明します。

モズラーは「親と子供の名刺」という面白い例えを用いています。 親が子供に「手伝いをしてくれたら、私のもつ無価値な名刺をあげる」と言っても、子供は手伝いをしません。しかし、「この家でご飯を食べ、ベッドで寝たいなら、毎月200枚の名刺を税金として私に納めなさい」とルールを決めたらどうなるでしょうか。子供たちは名刺を手に入れるために、こぞって家事をするようになります。

つまり、政府は「お金を集める」ために税金を課すのではありません。民間部門に法定通貨を必要とさせ、結果として民間の労働力や実物資源(インフラ整備や公共サービスなど)を政府に提供させるために税金が存在しているのです。

論理的な順序は、「徴税して支出する」ではなく、「政府が通貨を発行して支出し、その後に税として回収する」という順番になります。

国債は「借金」ではない?

では、税収以上に支出をして財政赤字になったときに発行される「国債」は何のためにあるのでしょうか。

一般的な理解では、税収不足を補うための「民間からの借金」です。しかしモズラーの実務的視点は異なります。政府が赤字支出を行うと、民間の銀行システムには使い道のない「超過準備(余剰資金)」がダブつき、銀行間の金利がゼロまで低下してしまいます。

これを防ぎ、中央銀行が目標とする金利を維持するために、余った無利子のお金を「利子のつく国債」に振り替えてあげているにすぎない、とモズラーは指摘します。つまり、国債の発行は資金調達ではなく、金利を調整するための「金融政策ツール」だというのです。

輸出はコスト、輸入は利益

貿易に対する考え方も非常にユニークです。通常、輸出が多いことは国が豊かになること、輸入が多いことは富が流出することだと考えられがちです。

しかし実物経済の視点に立つと、輸出とは「自国の貴重な資源や労働力を使って作ったものを、外国に渡してしまう行為(コスト)」です。逆に輸入は、「外国が作った素晴らしい製品を、自国が享受できる行為(利益)」となります。

外国が、私たちの国の単なるデータ(不換紙幣)と引き換えに実物の車や食料を提供してくれるなら、それは非常に有利な取引ではないか。これがモズラーの冷徹な見方です。

金融市場で実証された「国家は破綻しない」という真理

モズラーの理論が単なる机上の空論ではないことを証明する、極めてドラマチックなエピソードがあります。それが1990年代初頭の「イタリア・リラ取引」です。

当時、イタリア政府は対GDP比で110%を超える巨額の政府債務を抱え、深刻な金融危機にありました。高名な経済学者たちも「イタリアは遠からず破綻する」と警告し、市場はパニックに陥っていました。その結果、イタリア政府の債券利回りはなんと約14%という異常な水準にまで跳ね上がりました。

しかし、実務家であるモズラーはこの状況を見て、ニヤリと笑いました。彼には、市場が大きな勘違いをしていることが見えていたのです。

彼は歴史を振り返り、「自国で通貨を発行している国が、自国通貨建ての借金で返済不能(デフォルト)になった事例は一つもない」という事実を確認しました。イタリア政府はリラを発行できるのだから、リラ建ての債券の利払いができなくなるはずがありません。

モズラーは、銀行から約12%の金利でリラを借り入れ、その資金で14%の利回りがあるイタリア国債を買い漁りました。実質的に自己資金ゼロのフルレバレッジで、約100億ドルという天文学的な規模の取引を行ったのです。

結果はどうだったでしょうか。イタリアがデフォルトすることはなく、モズラーのファンドは1億ドル以上の莫大な利益を手にしました。

「自国通貨を発行できる政府は、財政的に破綻しない」

このMMTの核となる主張を、モズラーは自らのリスクを取って金融市場で実証してみせたのです。

学術界からの猛烈な批判と理論の限界

モズラーの鮮やかな洞察から生まれたMMTは、その後、格差是正や環境政策の財源論として政治的な支持を集めるようになりました。しかし、この急進的な理論に対しては、主流派・異端派を問わず、多くの経済学者から厳しい批判が浴びせられています。

インフレリスクの過小評価

最も大きな批判は、「インフレ動学の過度な単純化」です。MMTは「完全雇用に達するまではインフレは起きない。だからそれまでは政府は支出を増やしてよい」と主張しがちですが、現実の経済はもっと複雑です。一部の産業で人手不足や供給不足が起きれば、社会全体が完全雇用になる前から物価は上昇し始めます。

政治の現実を無視している(ナイーブさ)

MMTは、「もしインフレが行き過ぎたら、増税や政府支出の削減によって需要を冷ませばよい」と解決策を提示します。しかし、批判者たちは呆れてこう言います。「選挙で選ばれる政治家が、人々の反発を恐れずに、タイミングよく増税を決断できるはずがないだろう」と。

歴史的に中央銀行が政府から独立しているのは、政治家が人気取りのために安易にお金をばらまき、インフレを引き起こすのを防ぐためです。MMTのモデルは会計的には正しくても、人間の「政治的な弱さ」を無視しているという指摘は、非常に説得力があります。

開放経済と為替の暴落リスク

米国のように世界中で使われる基軸通貨(ドル)を持っていればまだしも、他の国がMMTの教え通りに巨額の赤字支出とゼロ金利を続ければ、通貨の価値が暴落し、輸入物価が高騰して国民の生活が破壊されるという強い警告もなされています。

私たちがお金に向き合うための新しいレンズ

ウォーレン・モズラーという一人の金融実務家が投げかけた一石は、私たちが信じていた「お金と国家の常識」に強烈な揺さぶりをかけました。

「政府の借金が膨張している」と聞くと、私たちは「将来世代へのツケだ」と不安になります。しかしモズラーのレンズを通せば、それは「政府から民間部門(私たち)へ、それだけの純金融資産が注入された結果」にすぎないことがわかります。

彼の最大の功績は、社会の本当の問題を見えやすくしたことです。私たちが本当に恐れるべきは、「お金が足りなくなること(帳簿上の制約)」ではなく、「働く人がいない、生産する設備がないといった実物資源の不足(インフレの限界)」なのです。

学術界からの批判が示す通り、MMTは決して魔法の杖ではありません。無制限にお金を刷って良いわけでもありません。しかし、「財源がないから救えない」という固定観念を打ち破り、社会に眠るリソースをどう活用すべきかを議論するための、極めて強力な思考の枠組みを提供してくれています。

お金とは何か。税金とは何か。そして、国家は何ができるのか。

モズラーの視点を知った今、皆さんは日々の経済ニュースをどのように読み解きますか? ぜひ、皆さんの率直なご意見や、「こんな風に視点が変わった」という気づきをコメント欄で教えてください。お待ちしております。

それでは、また次回の記事でお会いしましょう!

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