なんとなく学習、が流行っている
もう177日前のことになりますが、ふと思い立って、Duolingoデュオリンゴというアプリを入れてみました。
英語をもう一度勉強してみよう、と思い立ったのです。
中学の頃から学生時代まで、人並みに英語は習ってきましたが、留学生の方なんかと話をするときに、実際にはまったく会話を楽しめない。
いつも頭のなかは、数少ないボキャブラリーをフル稼働しての伝言ゲームに終始してしまいます。
とにかく、デュオリンゴの通知に従って毎日ちょっとずつ続けていると、なんだか”自分に良いことを施している”感覚が良い。
でも、しばらく続けるうちに、なんだか飽きてきてしまいました。
無論、飽きるほど喋れるようになったわけではありません。
ただ、毎回「あぁ、そうだったなぁ」と学び直しをしている感覚に、飽きちゃったんです。
そこで、五月あたりから「フランス語をやってみよう」と思い立って、学習する言語を切り替えてみました。
フランス語を選んだ理由は、大学ではドイツ語をやっていたので、まだ一度も触ったことのない言語をやってみたくなったからです。
これが、思いのほか面白くて、ハマってしまいました。
英語ならなんとなく意味が解るような単語でも、フランス語は全くの未知の言語「なんなん、これ?」っていうところから始まる。
”にわか学習者あるある”なんでしょうけれど、知らないことを一から覚えるのが、新鮮で楽しいのです。
赤ちゃんが一から言葉を習得していくのって、こんなに難しいんだなぁ……なんて、発語が少し遅れがちだった息子の小さい頃のことを思い出したりしながら。
そういうわけで、毎日フランス語をやるのが新しい習慣になったのです。
それから間もなく、毎日デュオリンゴからの催促通知の音がピロンと鳴ると、息子が
「あ、デュオリンゴ来たよ」
と言うようになりました。
「あぁ、忘れとったわ。おかーちゃん、フランス語やろうっと」
と言うと、
「じゃあ、僕は英語やろうっと」
と、息子も学校のタブレットを取り出すのがルーティンに。
「おぉ、エライやん」
なんて言いながら、なんだかこういうの良いなぁ、と思ったのです。
気張って勉強するわけではなく、遊びの延長みたいな感覚で始めたことが学習になっている、というところが。
思えば、息子がピアノを始めたのもそういう感じでした。
私が趣味でちょくちょくピアノを触っていたので、それを見ていた息子が面白がって弾くようになったのです。
今でも「ちょっとピアノ練習させたいな」と思ったときに、わざと私が楽しそうにピアノを弾き始めると、サッと息子がやってきて、私を押しのけるようにして椅子に座って弾き始めます。
こうして見ると、子どもは、親が思っている以上に親のやっていることを見ているのかも知れません。
「勉強しなさい」と言うことも、もちろん必要になる場面はあると思うのです。
でも、それとは別に、親が何かを面白がってやっている姿を見て、「じゃあ、僕も」と思うこともあるのかも知れません。
トム・ソーヤーのペンキ塗りの話じゃありませんが、もしかすると、こういうのも結構良い学びのあり方なのかも知れないなぁ……と時々思うのです。
柄にもなく、教育論めいたことを書いてはみたものの……
肝心の私は、フランス語をまだ全くといって喋れません。
実は先日、なぜかフランスのお菓子屋さんに来ている夢を見ました。
ちょっとくらいなら話せるはず……と思って覗き込んだ美味しそうなお菓子の商品名が、全く読めない。
「これをください」
と言おうとして、口から出たのは「This one, please」
しまった!英語で言っちゃった!This oneってフランス語ではなんて言ったら良いん?
って、頭を抱えながら目が覚めたのです。
自覚してはいましたが、私のフランス語はまだまだ発展途上。
それでも「なんだか楽しい」だけを原動力に、今日も我が家ではこういう”なんとなく学習”が流行っているのでした。
