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倏目挱石「䞉四郎」24 蘇我入鹿じみた心持ずは

画像は奈良県明日銙村に旅行した際に撮った、蘇我入鹿の銖塚、ずされる石塔です。


倏目挱石の小説「䞉四郎」、明治幎1908幎新聞連茉。

私は最近、挱石の他䜜品「こころ」1914幎に぀いお、よく読めば明治倩皇や乃朚垌兞倫劻殉死に察しお、ずんでもない揶揄が曞かれおいるず思っおあれこれ論じおきた。

関連しお今回は「䞉四郎」で䌌たような話を。
皇宀もしくはその歎史に察しお、埮劙な皮肉もしくは揶揄がある。
たたそれが、䞉四郎の出生のヒントにもなっおいるのでは。


、蘇我入鹿を知らない、っおコト


終盀、䞻人公小川䞉四郎は謎の述懐をする。
倧孊幎の垫走、劇堎で蘇我入鹿に関する芝居を芋おいる堎面。

 挔芞䌚は比范的寒い時に開かれた。幎はようやく抌し詰たっおくる。人は二十日足らずの目のさきに春を控えた。略
䞉四郎にはなんのこずかたるでわからない。略䞉四郎の蚘憶にはただ入鹿の倧臣ずいう名前が残っおいる。略実をいうず䞉四郎には確然たる入鹿の芳念がない。日本歎史を習ったのが、あたりに遠い過去であるから、叀い入鹿の事も぀い忘れおしたった。掚叀倩皇の時のようでもある。欜明倩皇の埡代でもさし぀かえない気がする。応神倩皇や聖歊倩皇ではけっしおないず思う。䞉四郎はただ入鹿じみた心持ちを持っおいるだけである。

十二

※ 著䜜暩切れにより匕甚自由です。

ここで語り手は、䞉四郎が「確然たる入鹿の芳念がない。日本歎史を習ったのが、あたりに遠い過去であるから」ずしおいる。

そんなわけあれせんやろ。

東倧生、23æ­³

䞻人公小川䞉四郎は東京垝囜倧孊生である。
たた䞉四郎本人の認識で、二十䞉歳である。

 䞉四郎は宿垳を取り䞊げお、犏岡県京郜郡真厎村小川䞉四郎二十䞉幎孊生ず正盎に曞いたが、女のずころぞいっおたったく困っおしたった。

䞀

その䞉四郎が、蘇我入鹿をよく知らないわけがないであろう。

歎代倩皇に詳しい

さらに語り手は、「日本歎史を習ったのが、あたりに遠い過去」ずする自分の蚀葉がり゜だず瀺すかのように、倩皇の名を䞊べおいる。

・掚叀倩皇 554幎628幎 日本初の女性倩皇。
  ちなみに蘇我入鹿の父蘇我蝊倷は母方の埓匟にあたる

・欜明倩皇 509幎571幎 䞊蚘掚叀倩皇の父。仏教䌝来

・応神倩皇 360幎 130歳で厩埡 母は神功皇后
 
・聖歊倩皇 701幎756幎 奈良の倧仏建立で知られる


私はそもそも応神倩皇を知らなかった。ずっさに出おくる䞉四郎のほうがよほど日本史に詳しい。

たた幎代も䞉四郎の認識「応神倩皇や聖歊倩皇ではけっしおない」で正解である。
蘇我入鹿ずいえば、645幎の倧化の改新乙巳の倉で殺された豪族だ。
360幎生たれの応神倩皇や701幎生たれの聖歊倩皇ずは時代が離れおいる。掚叀倩皇がもっずも近い。

それなのに䞉四郎が蘇我入鹿をほずんど知らないず。
やはり「䞉四郎」の語り手はおかしなこずをわざわざ蚀っおいる。


、倩智倩皇を知らない、っおコト


そしお、蘇我入鹿ずいえば倧化の改新、倧化の改新ずいえば䞭倧兄皇子埌の倩智倩皇であろう。

しかし、応神倩皇すら把握しおいる䞉四郎が、ここでなぜか倩智倩皇をたったく少しも想起しないのである。

これは「䞉四郎」の語り手、あるいは倏目挱石が、意図的にはぶいたずいうこずか。

私は前にも曞いたが、倏目挱石は倩智倩皇のこずが嫌いず思われる。


、クヌデタヌ偎ではない、っおコト


さらに気になるのは語り手のこの䞀節。

䞉四郎はただ入鹿じみた心持ちを持っおいるだけである。

十二

この時点で䞉四郎は、ヒロむン里芋矎犰子に告癜めいたこずを思い切っお告げお、完党スルヌで流され、思わずもう䞀床同じ告癜をしおしたい、二床目は女からため息を぀かれおしたった埌である䞀〇。

「じゃ、なんでいらしったの」
 䞉四郎はこの瞬間を捕えた。
「あなたに䌚いに行ったんです」
 䞉四郎はこれで蚀えるだけの事をこずごずく蚀った぀もりである。するず、女はすこしも刺激に感じない
略
 䞉四郎は堪えられなくなった。急に、
「ただ、あなたに䌚いたいから行ったのです」ず蚀っお、暪に女の顔をのぞきこんだ。女は䞉四郎を芋なかった。その時䞉四郎の耳に、女の口をもれたかすかなため息が聞こえた。

䞀〇

フラれた盎埌の男の心理からすれば、クヌデタヌを起こす偎、もっずいえば人を殺す偎の、䞭倧兄皇子・䞭臣鎌足偎の心理に近づくならわかる。

しかし語り手は、䞉四郎は暩勢を振るう豪族偎の、蘇我入鹿じみた心持ちを持っおいる、ず。

これはなんだろう。
䞉四郎は䞀介の孊生であり、なんら暩力は有しおいない。たあ九州の実家はそれなりの地䞻のようだが。


蘇我入鹿のように、もうすぐ殺される偎・銖を取られる偎、そういう心持ずいうこずだろうか。

そういえば「䞉四郎」では、䞻芁登堎人物が誰も亡くならない割には、人の死や葬儀に぀いおはなぜか䜕床も出おくる。

迷える子矊ストレむシヌプである小川䞉四郎には、党く曞かれおはいないが実は自殺願望か、もしくは近い将来に病気で亡くなっおしたう予感、あるいは誰かに殺されるほどに恚たれる予感があった、そういうこずなのか、「入鹿じみた心持ち」ずは。


あるいは、倧化の改新によっお蘇我蝊倷・蘇我入鹿が滅んだように、九州の地䞻である実家も、自身の代で滅んでしたうのでは、そんな意識なのだろうか。


、小川䞉四郎応神倩皇、っおコト


歎代倩皇に぀いおだが、蘇我入鹿をよく知らず倩智倩皇も浮かばないはずの小川䞉四郎に、比范的マむナヌなこの倩皇がすぐ出お来るこずに違和感がある。

「応神倩皇」

䌝説では応神倩皇は以䞋の蚭定である。ずいうかほずんど母神功皇后の行動であるが。

応神倩皇の出生


・父は第代仲哀倩皇。母は神功皇后
・ある幎の2月、熊襲埁䌐䞭に仲哀倩皇が死去。
・劊嚠䞭の神功皇后がそのたた熊襲埁䌐を続け成功。さらに朝鮮半島に枡り䞉韓埁䌐にも成功。この間神功皇后はあえお出産を遅らせるようにしたず。
・埁䌐成功し垰囜埌の同幎12月、応神倩皇を出産倫の死去から10か月埌

・その盎埌、神功皇后ず、亡倫仲哀倩皇ず他の女性ずの間にできた皇子人ずが戊闘になる。結果、その皇子達がずもに死去。
・神功皇后が摂政に就任し最高暩力者ずなる。神功皇后の厩埡埌、応神倩皇が即䜍


改めおみるず、これが囜家ずしおたずめた叀事蚘・日本曞玀に曞かれおいるのだから驚く。

倫の死去、わざず出産を遅らせるようにしお、死去10か月埌に息子を出産したず。
その埌、先垝である倫ず他の女ず間にできた皇子たちを殺し、新たに生たれた子を第代倩皇ずしお即䜍させるこずに成功したず。

どうみおもこれ王朝亀代だよね 仲哀倩皇ず血が぀ながっずらんよね


小川䞉四郎の出生

話を「䞉四郎」に戻す。

䞻人公小川䞉四郎は母芪ずは䜕床も手玙・電報で連絡しおいるが、その父に぀いおはこの䞀蚀以倖、たったくなにもふれられない。
広田先生が䞉四郎に聞く。

「君はたしかおっかさんがいたね」
「ええ」
「おずっさんは」
「死にたした」

十䞀

さらにこの盎前、広田先生は䞉四郎にこんな話をしおいる。

たずえば、ここに䞀人の男がいる。父は早く死んで、母䞀人を頌りに育ったずする。その母がたた病気にかかっお、いよいよ息を匕き取るずいう、たぎわに、自分が死んだら誰某の䞖話になれずいう。子䟛が䌚ったこずもない、知りもしない人を指名する。理由を聞くず、母がなんずも答えない。しいお聞くずじ぀は誰某がお前の本圓のおずっさんだずかすかな声で蚀った。

十䞀

私はこれらの描写から、小川䞉四郎の真の父芪は実は生きおおり、䜜䞭の登堎人物の誰かではないかず考えたこずがある。

「応神倩皇」ずいう、建前䞊の父芪ずは明らかに別の父芪がいるであろう存圚がわざわざ瀺されおいるこずも、私の想像の材料ずなり埗る。

さらには、これに「入鹿じみた心持」を、もうすぐ殺される・倱脚するず解釈すれば、こんな掚枬も成り立぀だろうか。

・䞉四郎には異父きょうだいもしくは異母きょうだいあるいはその䞡方がいる
・そのきょうだい達ず、父の盞続財産や䞉四郎母の九州の土地をめぐっお、激しい争いが起きる
・その結果、䞉四郎は呜を奪われるか、瀟䌚的地䜍を倱う

憲法発垃は明治二十二幎だったね。その時森文郚倧臣が殺された。君は芚えおいたい。いく぀かな君は。そう、それじゃ、ただ赀ん坊の時分だ。

十䞀


いいなず思ったら応揎しよう