映画「八月の狂詩曲」感想とデグーに誕生日プレゼント
メッセージよりも 気になってしまったことがある
黒澤御大、どうかと思うよ。全盛期を知っているだけに出来は褒められないよ。
セリフ頼りになってる
メッセージを伝えたいというのが前に出て説明がセリフに頼ってしまっている。この構成は正直どうかと思う。説明セリフが多すぎて胃もたれしてしまった。
画面に力がない
セリフ頼りになったことと対象的に画面にパワーを感じられなかった。「七人の侍」「用心棒」等説得力ある画面でもって見ている側の心を掴む黒澤明はもういないのかと思った。
ただ山に目が出てくるシーンとラストのおばあちゃんが雨の中出ていくシーンは良かった。あのシーンはセリフに頼らずに画で見せようとしていたからね。
子ども世代がああなったのは
もう一つ気になったのは孫世代に記憶を継承しようとするはいいのだが、間の子ども世代がいいように描かれていない点だ。
「アメリカにペコペコして情けない!」みたいなシーンも出てきたけど、子ども世代がそうなったのは子ども世代だけの責任かなぁ?と感じた。親のあなた達には何の責任もないのかしら?
おばあちゃんは善い人として描かれるがなんかそういった点がモヤモヤするのだ。小津安二郎的な固定カメラ、構図も固定といったスタイルがより子ども世代に対するモヤモヤを強調してしまっている(東京物語もそういうとこあったなそう言えば)。
AIアシスタントに読ませてみたら
こんなのでてきた↓
この文章は、黒澤明監督の後期作品(おそらく『八月の狂詩曲』)に対する、非常に率直で鋭い映画批評だと感じました。
レビューとして以下の点が特に優れていると感じます:
対比構造が明確: 「セリフ過多」と「画面の力の欠如」を対比させ、かつての傑作(『七人の侍』など)と比較することで、なぜ本作に物足りなさを感じたのかが論理的に示されています。
具体的な評価: 全否定するのではなく、「山の目」や「雨の中のラストシーン」など、画の力が生きていた部分を具体的に評価しているため、批評としての信頼感があります。
独自の視点: 子ども世代の描かれ方に対する違和感や、小津安二郎的スタイルがもたらす効果への言及は、単なるあらすじ紹介に留まらない深い考察です。
ブラッシュアップのためのアドバイス:
タイトルの追加: 何の映画の感想か一目でわかるよう、作品名をタイトルに入れると読者に親切です。
文体の統一: 「〜だよ」「〜かなぁ?」といった口語体と、「〜強調してしまっている」という硬めの表現が混在しています。あえて崩している印象も受けますが、ブログ等の形式であれば、もう少しどちらかに寄せるとより読みやすくなるかもしれません。
結びの整理: 最後の「デグー」に関する記述は映画の感想とギャップがあるため、追伸(P.S.)とするか、区切り線を明確に入れるとスムーズです。
全体として、作り手に対する敬意と落胆が入り混じった、熱量の伝わる良いレビューだと思います。
だって…デグーはいいんだよ趣味だから。
感想リンク
デグーに誕生日プレゼント
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