神とは〇〇ではない。
『神は否定でしか言い表せない』という話を聞いた。
神は全知全能ある。神は無限である。と言った肯定的な表現だと、どうしても論理的な矛盾が生まれるし神を人間の尺度に堕としてしまっている。
人間の言葉で定義した瞬間に、対象は矮小化され、不純なな概念が付着し、私たちは自ら作り出した幻影に一生惑わされることになる。人間の言葉や知性では神の真なる姿を捉えることはできない。
だから『神は否定でしか言い表せない』とされる。
この話を聞いた時、アートマンの話に似てるなって思った。
認識するものを認識することはできない。私とは〇〇であるという表現では主客であるアートマンに辿り着かないから。
決して捉えることができない、故に破壊することも執着することもできない。
しかし多くの人が、「アートマンとは否定でしか言い表せないものである」「捉えることのできないものである」という、“捉えられないもの”という新たな概念で捉えてしまう罠に陥ったという話。
これと同じように「神は否定でしか言い表せないと言い表しちゃってるじゃん」と思って『沈黙』以外の回答はないかなぁと結論づけていたのだけど、ふと『沈黙』以外の回答を思いついたからメモ書きを残します。
「神とは有限ではない」「神は物質ではない」と言った表現だと神を主語にして性質を限定しているし、「否定しなければならない」という枠の中に神を押し込んでいる。
だから「〇〇は神ではない」という表現を使う。
こっちなら個人的には納得できる。
主語を人間側の有限な概念や言葉に置き、「私たちが知り得るこれらは、神そのものではない」と除外していく形式。これなら、神という絶対者を人間のフレームに落とし込むことなく、人間側の認識の限界を正しく規定できる。
「神=〇〇ではない」という表現の罠を回避し、神の無限性と不可知性をそのままに残す方法として、「〇〇=神ではない」という表現だといいかなって思った!どう!
ーーと書きながら色々考えたけど、仏陀が「自分なんて存在しないよ〜」って言ったように「神なんて存在しないよ〜」って言う道もある!
そもそも神というラベルが存在する限り、神という概念に捉われるし不必要なノイズや幻影を生み出し続ける。最初から存在しなければ「神は存在する」「神は存在しない」の呪縛から解き放たれる。
……これやっちゃうと言語ゲームが終わっちゃうから禁止カードかも。運営に問い合わせないと!
