私は山幸彦の暮らしをしているのかもしれない
「山幸」「野幸」「海幸」という言葉があります。
海の恵みを海幸、山の恵みを山幸、そして里や田畑の恵みを野幸と呼びます。
日本は海に囲まれた島国でありながら、国土の約7割を山が占めています。山に降った雨は川となって田畑を潤し、やがて海へ流れ込み、豊かな漁場を育てます。
山、野、海。
日本人は昔から、この三つを別々のものではなく、一つの大きな循環として暮らしてきました。
海幸は、魚や貝、海藻など、海からいただく恵みです。
野幸は、お米や野菜、大豆など、人が土を耕し、時間をかけて育てる恵みです。自然の力を借りながらも、人の手を添えて実らせる世界があります。
そして山幸は、山菜やきのこ、木の実、薬草など、山がそのまま授けてくれる恵みです。
私は子どもの頃、この三つの言葉を知りませんでした。
けれど田舎へ移住してから、自分の暮らしを振り返ると、「私は山幸彦のような暮らしをしているのかもしれない」と思うようになりました。
春になれば、よもぎや筍、山菜を探しに出かけます。
夏には木陰を歩き、秋には木の実やきのこに目を向け、冬は山が静かに春の準備をしていることを感じます。
植物を眺めていると、季節は暦ではなく、草木が教えてくれるものなのだと気づきます。
山は、「これを採りなさい」とは言いません。
こちらが目を向け、季節を知り、少しだけ知恵を身につけたときに、そっと恵みを分けてくれます。
だから山幸とは、「自然から奪うこと」ではなく、「自然から学ぶこと」なのではないかと思うのです。
もちろん、私の暮らしは山幸だけではありません。
畑で育った野菜をいただく野幸にも支えられていますし、海で育った魚や昆布のおかげで毎日の食卓は豊かになります。
けれど、私の心が一番惹かれるのは、やはり山です。
野草を摘み、植物を観察し、風の匂いを感じながら歩く時間は、不思議と心を静かにしてくれます。
便利さや効率を追いかけていた頃には気づかなかった、小さな命の営みが見えるようになりました。
日本神話には、山で暮らす山幸彦と、海で暮らす海幸彦の物語があります。
どちらが優れているという話ではなく、それぞれに異なる恵みがあり、それぞれの世界があるという物語です。
現代に生きる私たちも、きっと同じなのだと思います。
海幸のように世界へ挑戦する人もいれば、野幸のように土を耕し、何かを育てる人もいる。
そして、山幸のように自然に耳を澄まし、季節とともに暮らす人もいる。
移住してからの私は、そんな山幸彦の世界に、少しだけ足を踏み入れたような気がしています。
山は今でも、何も語りません。
けれど、静かに歩いていると、昔の日本人が見ていた景色や自然との向き合い方を、少しだけ教えてくれているような気がするのです。
※最後に、今回の内容に関連して読んでとても面白かった本を一つだけご紹介させてください。
神話の世界をぐっと身近に感じさせてくれる一冊です。もし興味が湧いたら、ぜひ手に取ってみてくださいね。
由良弥生さん著の『マンガ 面白いほどよくわかる!古事記』

