日本が一億総中流だった頃
1970年代、日本を「一億総中流」と言った時代があった。当時の人口は一億人を超えて、日本人のほとんどが中流ということになる。「我が家も3Cが揃ったから、今日から中流の仲間入りだ」と喜ぶ風景が日本中にあった。3Cとは「三種の神器」と呼ばれたカラーテレビ、クーラー、自動車などCの頭文字で始まる家電や耐久消費財のこと。3Cは毎年入れ替わりながら、20世紀の終わりと共に終了した。
3Cは終わったが、一億総中流意識は40年後も生き残っていた。2013年の「国民生活に関する世論調査」で、「私は他の人よりマシな生活をしているから、自分の生活は中程度だ」という回答が9割以上だったという。家電や自動車を持ち、木造アパートから鉄筋コンクリートのマンションに引っ越したから中流だと思う人々。それを自己満足だ、同調意識が強過ぎると笑うのは、日本人の9割を笑うことになる。
それでも、中流は上流の次だから、「田園調布に家が建つ(古い人しか分からない)」ほどでないにしても、自分達の暮らしが良くなったと思うのは当然だ。でも実は中流階級は、中産階級や中間階級(中間層)と同じで、呼び方が変わると急に庶民的ムードになる。中流とは「所得が上位層と下位層の中間くらい」が定義である。中流にも上中下のランクがあり、中と下はかなり庶民的だ。日本人全体が貧しかった頃、少しでも向上しようと努力する日本人が、たくさんいたということである。
1970年代のあの時、「一億総中流」でなく「一億総中間」と言っていれば、それほど盛り上がらなかっただろう。庶民は、目の前にぶら下げられた、中流という目標に向かって懸命に働いた。「一億総中流」は、時の政府の陰謀だったと疑っている。何故なら、日本復興のために「一億総中流」は、庶民を奮起させる最高のキーワードだったからである。
でもコスパ、タイパを先に考える今なら、結果が見えない頑張りは無駄と言われるに違いない。
