狂気と凶器
最近、よく思うことがある。「言葉ってすごいなあ」ということ。
というのも、最近の私は言葉一つで嬉しくなったり傷ついたりしている。
つい最近、もう一生分かり合えないであろう相手と文面で会話をする機会があった。その相手というのは私の一番近くにいたはずの相手。でも、時間が過ぎると共にかたく結ばれていたであろう関係はあっけなく散り、今は一番遠く、もう声を聞くことすらない、会うこともない関係になった。そんな相手から心無い文章が届き、私は気づいた。
”言葉は凶器にもなり、それと同時に人を狂気へ誘い込む”と。
相手の無神経な一言で凶器と化した言葉は私の心に強く刺さり、苦しめ、貪り、余裕を奪っていった。冷静さも奪い、だんだんと暗い感情が湧き出て、それがみるみるうちに墨汁のように広がり、私を狂わせる。
そんな状況で私が打った文字は、醜いほどに狂気じみていた。
久しぶりに会った友達に、最近あったあれこれを話していた時、ボソッとこう言った。「自分のことを大切にしてくれない人と、その人の友達のことなんて、どうでもいい。今後、関わらない人たちのことを考えて無駄な力を消費するなら、自分が大切にしたいと思える人のために労力を使いたい。」と。
すでに分かりきっていたことのはずなのに、狂気じみていたその時の私にはその言葉が盾となって、心に強く張り付いた。今でも狂気じみそうになる時に、守護神となって私の心を守ってくれている。
凶器を狂気で返さずとも、戦える。心の盾を増やしていけばいいんだ。
と、分からせてくれたその友達は、今日も隣でビールを飲んでいる。
