ディズニーランドがまだ分からなかった娘の話――ハビトゥスと当たり前がつくられる瞬間
お正月、親戚が集まったときのことだった。
従姉妹のお姉ちゃんたちはディズニーが大好きで、年に何度もディズニーランドに行っている。そんな彼女たちの間で、いつの間にかごっこ遊びが始まった。
「ディズニーランド行こう!」
「ここ、ディズニーランドね!」
楽しそうなやりとりの横で、娘は固まっていた。同じ場所にいるのに、会話に入れない。
しばらくすると、しょんぼりした顔でキッチンに逃げてきて、私にこう聞いた。
「ここ、ディズニーランド……?」
言葉が、まだ意味にならなかった
ディズニーランドとは何か。
遊園地で、ミッキーがいて、乗り物があって……と説明を試みた。
けれど、娘の表情は「???」のままだった。
行ったこともない。見たこともない。ミッキーとミニーを、かろうじて知っている程度。
そのとき、はっきりと分かった。
言葉は、体験と結びついていなければ意味にならない。
娘にとって「ディズニーランド」は、単語としては存在していても、現実の場所としては存在していなかった。
だから今も娘は、「ディズニーランドに行きたい」とは言えず、
「◯◯ちゃんが言ってたやつ、行きたい」と言う。
まだ、名前を持たない場所なのだ。
同じ言葉、違う世界
社会学者ピエール・ブルデューは、人が育つ過程で無意識のうちに身につける「世界の分かり方・感じ方の癖」をハビトゥス(habitus)と呼んだ。
今回起きていたのは、まさにそのズレだった。
従姉妹たちにとって、ディズニーランドは説明しなくても分かる場所であり、前提として共有されている世界だった。
一方で、娘にとっては、その前提が丸ごと欠けている。
同じ言葉を使っていても、見ている世界は違う。
これは好みの問題でも、性格の問題でもない。育ってきた環境の違いだ。
ディズニーランドは文化資本か
ブルデューは、資本をお金だけでなく、文化資本としても捉えた。
ディズニーランドを知っていること。
キャラクターや世界観を自然に共有できること。
ごっこ遊びの中で、違和感なく振る舞えること。
これらはすべて、身体に染み込んだ文化資本だ。
説明されて理解するものではない。本を読んで身につくものでもない。
繰り返しの体験を通じて、いつの間にか「分かってしまう」知識。
娘には、それがまだなかった。
だから、言葉が意味にならなかった。
誰も悪くないのに、外に出てしまう
この出来事には、誰の悪意もない。
従姉妹たちは排除しようとしたわけではない。ただ、分かる人たちの世界が自然に立ち上がっただけだ。
それでも、分からない側は外に出てしまう。
そしてそのことに気づいた大人が、少し戸惑う。
ブルデューは、こうした見えない力を象徴暴力と呼んだ。
誰かが責めたわけでも、意地悪をしたわけでもない。それでも確かに、傷つく感情が生まれる。
娘の「しょんぼり」は、その入り口にあったのだと思う。
親の世界が、子どもの当たり前になる
私は自然や生き物が好きだ。
だから、虫や魚や空や海の話は、娘にたくさんしてきた。
一方で、ディズニーの世界については、ほとんど語ってこなかった。
知らないものは、伝えられない。
ブルデューが言う「再生産」は、こうした日常の選択の積み重ねの中で起きる。
親の文化資本とハビトゥスが、そのまま子どもの初期条件になる。
ディズニーランドに行かない家庭で育つ、という一つの当たり前
娘をディズニーランドに連れて行くかどうか。
それは、ディズニーが良いか、自然が良いか、という話ではない。
どちらか一つを選ばせることではなく、
どちらの世界にも入れるようにすることだ。
世界には、複数の「当たり前」がある。
その存在を、知識ではなく体験として知っておくこと。
ディズニーランドに行くことは、娘のハビトゥスを塗り替えることではない。
選択肢を一つ増やすことだ。
「ディズニーランドに行かない家庭で育つ」ということは、
何かが欠けている、という意味ではない。
ただ、どの世界が「当たり前」になるかが、
静かに決まっていくということなのだと思う。
来月、娘は初めてディズニーランドに行く。
彼女が何を感じ、ディズニーランドというものを実体験から理解し、言葉として習得するのか。
今から楽しみだ。
お気づきの方もいるかもしれませんが、私はブルデューが好きです。
子育てや日常の中で、彼の理論が「あ、今のこれだ」と腑に落ちる場面が何度もありました。
ハビトゥスや文化資本という言葉は、少し難しく聞こえるかもしれません。
ですが、日々の暮らしの中で起きている小さな違和感や「なぜ?」を考えるための、とても強力な道具だと感じています。
理論にもう少し興味を持った方へ。
このnoteを書くにあたり、改めていくつか文献を読み返しましたが、NHKテキストのディスタンクシオン解説がとても分かりやすく、おすすめです。図書館などにもあると思うので、見かけたらぜひ手に取ってみてください。
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