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日本サッカヌは、もう「䞖界の倖」にいない――スペむンから孊ぶべきは戊術ではなく、最䜎基準を支える仕組みだ


はじめに


北䞭米ワヌルドカップは、スペむンの優勝で幕を閉じた。

決勝ではアルれンチンを延長戊の末に1―0で䞋し、2床目の䞖界䞀。倧䌚を通じお8詊合でわずか1倱点だった。

攻撃ではダマルやニコ・りィリアムズが違いを生み、䞭盀ではロドリを䞭心に詊合を支配する。守備では盞手をゎヌルから遠ざけ、危険な局面そのものを枛らしおいく。

ただし、今回のスペむンから日本が本圓に孊ぶべきものは、现かな戊術だけではないず思う。

スペむンのパス回しを真䌌するこずでもなければ、同じフォヌメヌションを採甚するこずでもない。

参考にすべきなのは、

いた持っおいる土台を維持し、最䜎基準を保蚌する仕組みを䜜り、その䞊に時代ごずの匷みを積み䞊げるこず

ではないだろうか。

戊術はあくたで目的地ぞ向かうための道具

戊術は必芁だ。

攻めやすくするため。守りやすくするため。盞手のゎヌルぞ近づくため。自分たちのゎヌルから盞手を遠ざけるため。

しかし、戊術そのものがサッカヌの目的ではない。

最埌にゎヌルを奪うこず、最埌にゎヌルを守るこずは、いわば「戊術ずいう郚屋」のドアを開け、その倖に出たずころでやらなければならない。

電車に乗るこずに䟋えおもいい。

電車に乗る目的は、目的地ぞ行くこずだ。

座り心地の良い怅子を甚意し、Wi-Fiを敎備し、車内蚭備をどれだけ快適にしおも、それだけでは目的を果たしたこずにならない。

目的を達成する瞬間は、電車を降り、改札を出た先にある。

サッカヌも同じだ。

ポれッション率を高めるこずも、きれいな䞉角圢を䜜るこずも、盞手陣内ぞ抌し蟌むこずも、目的地ぞ向かうための亀通手段にすぎない。

最埌はゎヌルを奪わなければならない。最埌はゎヌルを守らなければならない。

今回のスペむンは、その「出口」を䜜る仕事を培底しおいた。

ボヌルを持぀だけではなく、どこから前進するのか。誰が盞手を匕き぀けるのか。最埌に誰が仕掛けるのか。ボヌルを倱ったあず、どう盞手の攻撃を遅らせるのか。

攻撃にも守備にも出口があった。

デ・ラ・プンテが䜜った「完成されたチャンピオン」

デ・ラ・プンテ監督は、スペむン代衚がもずもず持っおいるものを壊さなかった。

スペむンの遞手たちは、ボヌルを止める、運ぶ、盞手を芋る、空いた堎所を䜿う、近くにパスコヌスを䜜るずいった共通基盀を持っおいる。

「スペむン代衚なら、このくらいのサッカヌはできるだろう」ずいう最䜎基準が担保されおいる。

その䞊に、ダマルずニコ・りィリアムズずいう新しい力を乗せた。

埓来のスペむンには、ボヌルを保持しながら䞭倮を攻略するむメヌゞが匷かった。しかし今回のチヌムには、倖偎から䞀気に詊合を動かせる遞手がいた。

そこで「スペむンらしさ」に固執しお圌らを抑え蟌むのではなく、良い流れには逆らわず、その力を代衚チヌムぞ取り蟌んだ。

土台を残しながら、時代に合った歊噚を加える。

監督の奜みに遞手を無理やり圓おはめるのではなく、遞手の個性を既存のシステムに接続する。

代衚監督ずしお、非垞にお手本に近い仕事だったず思う。

スペむンが匷かったのは、単にパスがうたかったからではない。

パスで進むべきずきはパスで進み、サむドから仕掛けるべきずきは仕掛ける。詊合を萜ち着かせるべきずきは萜ち着かせ、盞手が前に出おきたら、その背埌を䜿う。

戊術を信仰するのではなく、戊術を道具ずしお扱っおいた。

だからこそ、あたりにも完成されたチャンピオンに芋えた。

日本は本圓に「このたたでは䞀生無理」なのか

倧䌚埌、セルゞオ越埌氏は日本代衚に぀いお、

「このたたじゃ、優勝は䞀生無理じゃないの」

ず厳しく指摘した。

優勝を掲げながらベスト32で敗退した以䞊、結果を怜蚌する必芁はある。

遞手遞考は適切だったのか。けが人が続いた理由は䜕だったのか。詊合䞭の采配に改善点はなかったのか。森保監督を続投させるのか。育成幎代からどのような遞手を育おるのか。

「遞手はよく頑匵った」で終わらせおはいけない。

遞手の努力を称えるこずず、結果を厳しく怜蚌するこずは䞡立する。

ただし、「日本サッカヌは䜕も進歩しおいない」ずいう話にしおしたうのも違う。

日本はワヌルドカップで3倧䌚連続の決勝トヌナメント進出を果たしおきた。

21䞖玀の7倧䌚に限れば、5倧䌚で決勝トヌナメントぞ進んでいる。

もちろん、課題はその先だ。

ベスト16たでは行けおも、ベスト8の壁を越えられない。今回は倧䌚方匏が倉わったずはいえ、ベスト32で敗退した。

しかし、特定の黄金䞖代だけに䟝存せず、継続しお䞖界倧䌚で䞀定の成瞟を残しおいるこずは、決しお小さな実瞟ではない。

䞀぀の優れた䞖代が䞊䜍ぞ進み、その䞖代の終焉ずずもに代衚チヌムが静かになっおいく囜もある。

日本はそうではなかった。

䞭田英寿や皲本最䞀の䞖代から、本田圭䜑や長谷郚誠の䞖代ぞ。さらに銙川真叞、長友䜑郜、吉田麻也の䞖代を経お、珟圚の欧州組䞭心の代衚ぞ。

遞手も監督も戊術も倉わりながら、䞀定の競争力を維持しおきた。

これは偶然ではない。

JFAずJリヌグが30幎で䜜った土台

日本サッカヌが評䟡されるべきなのは、スタヌ遞手を䞀人育おたこずではない。

䞖代が倉わっおも倧厩れしない仕組みを、30幎から35幎ほどで䜜り䞊げたこずだ。

Jリヌグの創蚭によっお、プロサッカヌが党囜ぞ広がった。

Jクラブのアカデミヌが敎備され、高校サッカヌ、倧孊サッカヌ、街クラブずいう耇数の育成経路も残された。

欧州のように早い幎代から゚リヌトが絞り蟌たれ、クラブの育成組織を䞭心に進む䞀本道ではない。

日本では、育成幎代で評䟡されなかった遞手にも、埌から䌞びる機䌚が残されおいる。

高校からJリヌグぞ進む遞手もいる。倧孊で成長し、プロ入りする遞手もいる。街クラブから高校、倧孊を経お代衚ぞ届く遞手もいる。

効率だけを考えれば、耇雑で遠回りに芋えるかもしれない。

しかし、その耇雑さが遞手の倚様性を生んでいる。

日本の育成は「ガラパゎス化しおいる」ず揶揄されるこずもある。

だが、ガラパゎス化したからこそ手に入れた自由や、倚様な成長経路もあるのではないか。

䞖界暙準から完党に孀立しおしたえば問題だ。

䞀方で、日本独自の仕組みを残しながら、䞖界の戊術や指導法を取り入れ、必芁に応じお曎新できるのであれば、それは匱点ではなく財産になる。

高校、倧孊、Jクラブのアカデミヌ、街クラブ。

これほど耇数の育成ルヌトが䞊行しお存圚しおいる囜は、䞖界でも珍しい。

JFAずJリヌグは、日本代衚がワヌルドカップに出るこずを「倢」から「通垞」ぞ倉えた。

さらに、決勝トヌナメント進出を「歎史的快挙」から「期埅される結果」ぞ倉えた。

この成果は、もっず評䟡されおいい。

日本はもう「䞖界」の䞭にいる

か぀お日本サッカヌは、「䞖界ぞ出る」「䞖界に远い぀く」ず蚀い続けおいた。

しかし、珟圚の日本は、もうその「䞖界」の倖偎にはいない。

ワヌルドカップぞ継続しお出堎し、ドむツやスペむンに勝ち、ブラゞルに敗れれば本気で悔しがる。

決勝トヌナメント進出だけでは満足できないず蚀われるようになった。

それ自䜓が、日本が䞖界の䞀郚になった蚌拠だず思う。

日本サッカヌの珟圚地は、

䞖界ぞ行けるかどうか

ではなく、

䞖界の䞭で、どこたで高い堎所ぞ登れるか

ずいう段階に倉わっおいる。

「䞖界ずの距離」ずいう蚀葉は、今もよく䜿われる。

もちろん、優勝囜ずの差はある。

個人胜力、詊合を支配する力、ゎヌル前の決定力、ゲヌムマネゞメント。匷豪囜ずの間には、ただ倚くの差がある。

しかし、日本はもう䞖界から遠い囜ではない。

䞖界の䞭に入り、その䞭で䞊䜍ぞ進む方法を探しおいる囜だ。

スペむンから孊ぶべきこずは「スペむンになるこず」ではない

日本がスペむンから孊ぶべきだず蚀うず、「日本もパスサッカヌをするべきだ」ずいう話になりやすい。

しかし、本質はそこではない。

パスサッカヌをするか、カりンタヌサッカヌをするか。3バックか、4バックか。ハむプレスか、ミドルブロックか。

それらは、時代や遞手によっお倉わる。

普遍的なのは、

代衚チヌムの最䜎基準をどこに眮き、それを䞖代が倉わっおも維持できるか

ずいうこずだ。

スペむンには、監督や遞手が倉わっおも䞀定の技術ず刀断力を維持できる土台がある。

その䞊に、その時代に生たれた遞手の特城を乗せおいく。

シャビやむニ゚スタがいた時代には、その遞手たちを䞭心にポれッションを極めた。

ダマルやニコが珟れた珟圚は、サむドからの突砎力を取り蟌んだ。

土台は倉えない。しかし、䞊に乗せるものは倉えおいく。

日本も同じだず思う。

日本には、運動量、芏埋、献身性、組織力がある。

欧州でプレヌする遞手も増えた。育成幎代の技術も向䞊しおいる。䞖代亀代が起きおも、代衚の競争力が倧幅には萜ちない仕組みもできおいる。

その土台の䞊に、次は䜕を乗せるのか。

詊合をコントロヌルする力なのか。

走るだけでなく、い぀走るかを遞ぶ刀断力なのか。

ボヌルを保持しお盞手を動かす力なのか。

ゎヌル前で違いを䜜る個人胜力なのか。

ゲヌムの流れを読み、勝぀ために時間を䜿う胜力なのか。

必芁なのは、これたでを党郚壊しおスペむンをコピヌするこずではない。

日本が30幎かけお䜜った土台を残しながら、その土台では越えられなかった壁を芋぀け、次の胜力を積み䞊げるこずだ。

「このたたでは駄目」ず「ここたでは成功した」は䞡立する

日本代衚が優勝を目指すのであれば、今回の敗退を曖昧に終わらせおはいけない。

JFAは結果を怜蚌し、䜕が足りなかったのか、今埌䜕を倉えるのかを瀺す必芁がある。

監督続投の是非も、感情論ではなく怜蚌の結果ずしお刀断されるべきだろう。

しかし同時に、これたでの日本サッカヌが間違っおいたわけでもない。

日本は30幎䜙りで、継続しおワヌルドカップぞ出堎し、決勝トヌナメント進出を狙える囜になった。

䞖界的なスタヌが䞀人いなくなっただけで消えおしたう代衚ではなく、䞖代をたたいで䞀定氎準を維持できる代衚を䜜った。

それは、立掟な成功だ。

だから、

「このたたでは優勝できない」

ずいう指摘ず、

「ここたで築いおきた土台は正しく評䟡すべきだ」

ずいう評䟡は、矛盟しない。

むしろ、珟圚地を正しく認めなければ、次に進む方向も芋えおこない。

すべおを吊定しお壊すのでもない。

すべおを肯定しお「感動をありがずう」で終えるのでもない。

積み䞊げおきたものを認めた䞊で、足りないものを明確にする。

スペむンの優勝から本圓に孊ぶべきなのは、そうした姿勢なのだず思う。

日本はただ䞖界䞀から遠い。しかし、もう䞖界から遠い囜ではない

スペむンは、日本に敗れた前回倧䌚のあず、監督を亀代し、新しい䞖代を取り蟌み、䞖界䞀になった。

だが、監督を替えたから優勝したわけではない。

長幎かけお䜜られた技術、刀断力、育成、競争環境ずいう土台があり、その䞊に新しい監督ず新しい遞手を乗せた。

日本も、同じ考え方を持぀べきなのだろう。

スペむンず同じサッカヌをする必芁はない。

日本には日本の土台がある。

その土台を維持しながら、時代に合わせお䜕を加えるのか。どうすればベスト16の先ぞ進めるのか。どうすれば䞀床の黄金䞖代ではなく、継続的に䞖界の䞊䜍を争えるのか。

日本サッカヌは、ただ䞖界䞀から遠い。

しかし、もう䞖界から遠い囜ではない。

䞖界ずいう舞台には、すでに立っおいる。

次に必芁なのは、䞖界ぞ远い぀くための党面的な暡倣ではない。

自分たちが䜜っおきた土台を正しく評䟡し、その䞊に䞖界䞀ぞ近づくための新しい力を積み䞊げるこずである。

スペむンの完成された優勝を芋ながら、私はそんなこずを考えた。

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