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義母のトイレ事情と、ふとよぎった「もしも」の不安

今朝、義母がまたトイレで少し失敗をしてしまいました。年齢的なこともありますし、こればかりは仕方がないこと。そのこと自体を責めるつもりはまったくありません。

義母は「さっき飲んだお腹の薬のせいだわ」と言い訳をしていましたが、「いやいや、飲んだばかりのお薬がそんなにすぐ効くわけないじゃない」と心の中でツッコミを入れつつ、表面上はさらりと聞き流しました。

普段、家のトイレであれば、義母は一人で入ることができます。たまに今日のように失敗してしまうことはあるものの、手すりなどの環境も整っているため、基本的には自立しています。

でも、一歩外に出ると状況は変わります。外出先のトイレでは必ず私も一緒に入って手伝いますし、定期的な病院での検尿の時も、私が個室まで付き添います。

昨日も出かけた際、一緒に外出先のトイレに入ったのですが、そこは手すりが設置されていない個室でした。不安定な体勢で便座に座ろうとする義母を隣でしっかりと支えながら、「ああ、今の義母には手すりがないと、一人では絶対に無理だな」と痛感しました。
そして同時に、いろんな考えが頭をぐるぐると巡り始めたんです。

一番の不安は、もし私が体調を崩して動けなくなったら、誰がこの役目を代わるのだろうということ。物理的には夫にお願いするしかありません。

でも、いくら実の息子とはいえ、異性である夫にトイレの介助をされるのを、義母はきっとひどく嫌がるはずです。介護における、とてもデリケートで難しい問題ですよね。

ちなみに、今の夫のトイレ関連の担当といえば、義母の汚れた尿取りパッドを入れるゴミ箱の処理です。ゴミの日に袋をまとめて出し、新しい袋をセットする。これだけは毎回夫がやってくれています。

実はこれ、以前は私もやっていたんです。
でも、私の袋のセットの仕方に夫が細かく文句をつけてきたことがあって。
カチンときた私は「じゃあ、あなたがやってね」とそのまま丸投げしました。
それ以来、夫が担当するようになりました。結果オーライです。

ゴミ出しのフォローをしてくれるのは助かっていますが、実際の身体介護となるとハードルは一気に上がります。私自身が元気でいつづけることが一番の解決策なのかもしれませんが、先のことは誰にもわかりません。

昨日、手すりのないトイレで義母の背中を支えながら、これからの「もしも」の時の体制について、深く考えさせられた出来事でした。







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