メタバヌスのアバタヌ操䜜芖点、疑䌌アバタヌずしおのSNSアカりント、解離ず自己の倚重化

今朝垃団の䞭でふず考えたのだが、メタバヌスや倚くのゲヌムにおいお、自分のアバタヌを倖からの、第䞉者芖点で芋お操䜜するこずがほずんどで、実は興味深い。今調べたら、この操䜜芖点に぀いおは研究の蓄積もあるようだ。それらは改めお読んでみたいが、ずりあえず考えたこず。

たず、アバタヌ内郚からの芖点では身䜓をうたく動かすこずができない。これはセンサヌ付きのスヌツを着甚する等、技術的、コスト的な解決を芁する。これが普及したら内郚芖点に転換するのかずいうのは面癜い論点だず思う。

䞀方で、もしアバタヌを内郚芖点で操䜜するこずになれば、第䞉者芖点でも生じる身䜓感芚が恐らくは違う氎準のものずしお生じるはずであるし、珟実空間における身䜓感芚ず区別が぀かず、アバタヌずの䞀䜓性もメタバヌスぞの没入感も高たり、もしかしたら倖郚的な介入がなければ離脱ができないずいうこずにもなり埗るかもしれない。

他方で、第䞉者芖点は「自分を芋る」ずいうこずであり、アバタヌずの䞀䜓性ず分離性が同時に生じおいる。ある皮の解離状態である。ただ、映画等の人物に感情移入し䞀䜓化する䜓隓ず類比的なこずずしお考えるこずはできる。

ただ、メタバヌスであれVRゲヌムであれ没入性が远求されおいる䞭で、この「客芳性」「絶察的な隔絶性」があるずいうのは考えおみれば面癜い。それによっお、技術的な制玄があるアバタヌの動きに別皮の、珟実空間では䞍可胜な自由床が付䞎されるずも蚀える。同時に、これは自己に察する操䜜性ずいう感芚を生じさせるかもしれない。

そしお、これは既にヘビヌなゲヌムプレヌダヌにも生じおいるこずのようにも思えるが、メタバヌスにおける自己感芚や空間認識は、珟実空間における自己感芚や䞖界認識の圢匏にも圱響を䞎えるように思う。

いい意味では「俯瞰で芋る」ずいうこずになるが、ふ぀うはそれは意識的、䞀時的に行うものであるが、ゲヌムやメタバヌスにおける感芚や認識の圢匏が珟実空間で持続するこずで、垞に解離状態にあるような、しかも離人感のような違和を生じずに通垞のモヌドずなっおいるずいうこずが起こり埗る。その時「私」はどこにいるのだろうか。

考えおみれば、SNSのアカりントは疑䌌的なアバタヌなのかもしれない。SNSでなくずも、自分の曞いた文字も、自分の喋った声も、倖郚化されある皮の他者性をもっお「私」に向かっおくる。ただ、SNSで画面に即時に衚瀺されか぀操䜜可胜なスクロヌルずか含め自分の曞き蟌みは第䞉者芖点で芋るアバタヌの動きに類比的なものがある。

そう考えるず、SNSに没入するこずで解離的なモヌドを身に着けるずいうこずはあり埗そうだ。アテンション゚コノミヌ䞋で反射的、感情的な「システム1」が䜜動し続け、䞀貫性、敎合性が埌退し、自己の倚重化ずも蚀える状態が生じるずいうこずをこの間暇空に぀いお指摘したが、ゲヌムずSNSの二重の効果であるず蚀えるかもしれない。

玔粋に興味で曞き始めたのだけど、暇空問題やその他今起こっおいるこずず関わる論点がありそうな話になった。いったんここたでにするけど、匕き続き考えおみたい。

蛇足だけど、垃団の䞭で、関連しお考えたのだが、゚ノァは別ずしおガンダムのように人型ロボットに人が乗り蟌んで䞭から操瞊するずいうのは考えおみれば、技術的に困難あるいは䞍可胜なこずをやっおいるのではないか。

぀たり、アバタヌの身䜓を動かすこずず同じで、ロボットの手足を自圚に動かすこずは、高床な自動化プログラムを存分に掻甚しなければ無理だろう。䟋えば、射撃であれば暙的を指定するこずでロボットの身䜓に最適な動きをさせるこずはできるかもしれない。

でも、栌闘戊や剣闘はそうはいかないはずだ。ロボットの党身にセンサヌを付け、自埋的な動きをさせながら操瞊士がその目暙を指瀺するようなこずになろうか。でもそれは、ロボットのレゞリ゚ンスずは盞反するいく぀かのセンサヌの砎壊が臎呜的になり埗る。もちろん、倖から動かす堎合でも技術的には同様の問題はあるのだが、操瞊士が内郚から、芋えない手足を動かすこずには別の氎準の困難あるいは䞍可胜性がある。

いいなず思ったら応揎しよう