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太宰治『斜陽』:没落貴族の「美学」って何だ?

川上、最近思うんだがね 


いやはや、最近どうも気分が晴れないんだ。何というか、世の中って、キレイなものばかり追い求めて、足元がおぼつかなくなってるんじゃないか、なんて思ったりするわけだ。

そんな折、ふと手に取ったのが太宰治の『斜陽』。まぁ、有名すぎるから今更感もあるんだけど、これがまた、今の俺の気分にズバリだったんだよ。

「没落貴族」って聞くと、なんだか遠い世界の話みたいに聞こえるかもしれない。でも、俺は思うんだ。どんな時代だって、どんな階級だって、形を変えて「没落」なんてものは、誰の身にも降りかかる可能性があるんじゃないかと。そして、そんな時に、人間がどんな「美学」にしがみつくのか。それが、この小説の肝だと思わないか?

今回は、そんな『斜陽』の世界に、ちょいと踏み込んでみようと思う。

作品のあらすじ 


物語は、主人公・かず子が、母と弟の直治と共に、かつて栄華を誇った旧華族の屋敷で、ひっそりと暮らすところから始まる。かつての豪奢な暮らしは見る影もなく、屋敷は荒れ果て、経済的な困窮は深刻を極めていた。

「お母様、もう一度、あの頃のように、お茶会を開きたいわ。」

そう呟く母の姿には、往時の面影はない。しかし、かず子の心の中には、まだ「貴族」としての矜持と、古き良き時代の「美」への執着が、根強く残っていた。彼女は、この没落していく日常の中でさえ、「美」を失いたくないと強く願うのだ。

そんな折、母は病に倒れる。かず子は、献身的に母の看病を続けるが、経済的な困窮はますます深刻化していく。弟の直治は、才能はあるものの、どうにも頼り所のない、どこか世間から浮いた存在だった。

ある日、かず子は、かつて大学で師事していた作家・上原二郎と偶然再会する。上原は、かず子の美しさ、そして彼女が纏う「貴族」としての雰囲気に強く惹かれる。かず子もまた、上原の繊細な感性や、彼が語る文学の世界に魅了されていく。

「君は、まるで芸術作品のようだ、かず子さん。」

上原の言葉は、かず子の孤独な心に温かく響いた。彼女は、彼との交流を通して、自分自身が「芸術」として見られているような感覚を覚え、次第に惹かれていく。しかし、上原は、病身の妻を持つ身だった。そして、彼自身もまた、文学者としてのスランプに苦しみ、酒に溺れる日々を送っていた。

「私、先生の作品を、もっと読みたいです。」

かず子は、上原の創作活動を応援しようと、懸命に彼を励ますが、現実は厳しかった。上原の作品は、かつての勢いを失い、批評家からも厳しい評価を受けるようになる。そんな彼を見て、かず子の心には、ある種の失望と、それでも彼から離れられない複雑な感情が渦巻いていた。

一方、弟の直治は、ますます自堕落な生活に陥っていく。彼は、かず子と母に隠れて、売春宿に出入りするようになり、次第に病に侵されていく。

「僕、もうダメかもしれない…。」

弱々しく呟く直治の姿に、かず子は激しく動揺する。彼女は、弟を救おうと必死になるが、時すでに遅し。直治は、病が進行し、衰弱していく。そんな直治の傍らには、いつも彼に寄り添う「男」がいた。それは、かつて母の書生だった、三条という青年だった。三条は、直治の身の回りの世話をしながら、彼を献身的に支え続ける。しかし、その三条の存在に、かず子はかすかな疑念を抱いていた。

「この人は、一体、何を考えているのかしら…。」

そんな中、母が亡くなる。母の死は、かず子に大きな衝撃を与える。彼女は、残された屋敷と、衰弱していく直治、そして自分自身の未来に、大きな不安を感じる。

そんな時、上原から一通の手紙が届く。それは、彼が病に倒れたことを告げるものだった。かず子は、いてもたってもいられず、上原のもとへ駆けつける。しかし、そこにいたのは、変わり果てた姿の上原だった。

「かず子さん、君に会いたかった…。」

病床の上原は、弱々しくかず子に語りかける。かず子は、彼の傍らで、静かに涙を流す。彼女は、上原との愛に、そして失われていく「美」に、最後の望みを託そうとする。しかし、上原は、かず子の腕の中で、静かに息を引き取る。

母を失い、愛する人を失ったかず子。残されたのは、病に伏せる弟と、謎めいた三条だけだった。彼女は、この絶望的な状況の中で、それでも「貴族」としての誇りを失わず、美しく生きようと決意する。

「私は、きっと、大丈夫…。」

そう呟きながら、かず子は、窓の外に広がる、夕暮れの空を見つめる。その空は、まるで彼女の人生のように、燃えるような赤色に染まっていた。しかし、その赤色は、やがて夜の帳に包まれ、静かに消えていくのだ。そして、残されたのは、静寂と、かすかな不安だけだった。

川上の独り言 


どうだろう、この物語。没落していく貴族の、なんと哀れで、そしてどこか滑稽なことか。

かず子という女は、ひたすら「美」に固執する。それが、彼女なりの「貴族」としての矜持であり、生き方だったんだろう。でも、俺は思うんだ。その「美」への執着って、現実から目を背けるための、一種の「言い訳」なんじゃないかと。だって、現実なんて、そんなにキレイなもんじゃないだろう?

母の死、弟の病、恋人の死。次々と降りかかる悲劇。それでも彼女は、「気高く」あろうとする。でも、その「気高さ」が、かえって彼女を孤立させているように見えはしないか? 周囲の人間は、彼女のその「気高さ」に、なんだか気味悪さを感じているようにも思えるんだ。

そして、直治と三条の関係。あれもまた、一筋縄ではいかない。三条は、一体、直治に何を見出していたのか。単なる同情か、それとも何か別の感情があったのか。太宰は、そこを曖昧に描くことで、人間の心の奥底にある、複雑で、そしてどす黒い部分を浮き彫りにしているようにも思えるんだ。

結局、この小説は、失われた過去への憧憬と、どうしようもない現実との間で揺れ動く、人間の哀しさを描いているんじゃないかと思うんだ。

「美」にしがみつくことの虚しさ。そして、それでも「美」を求めずにはいられない、人間の業。

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