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【掌編小説】 一輪挿しの花 〜青ブラ文学部〜

僕が所属していたラボの一角には、いつも一輪挿しの花が飾ってあった。テクニシャンの恵子さんが使用していたところだ。当然、花瓶はフラスコ。100mLの三角フラスコを使っていた。

本来、ラボに花を飾るのは適切ではないのかもしれない。文句を言われないように一輪挿しにしていたらしいけど、それでちょうどいい感じだった。ラボの中の花は小さいながらも十分に存在を主張していた。みんなその花があることで、どこか落ち着いて実験できていたように思う。
そんなラボの空気を感じとってか、ボスも花について口出しすることはなかった。

花は季節毎に変わったけど、ヒマワリやアジサイのような大きな花はなかった。小さく、可憐な花、恵子さんみたいだった。

「長持ちしますね、この花」
「こまめに水を換えてるからね、あと、これ」
炭酸水素ナトリウムのボトルを指差した。
「これをちょびっと入れるの、ここだけの話」
いたずらっぽく笑った。
「フラスコなんですけど、丸底のほうが良くないですか?」
調子に乗って、ツッコミを入れた。
「いや三角でしょ」
三角フラスコにこだわる恵子さんだった。

恵子さんが退職することになった。結婚して東京に行くらしい。突然のことなんで、みんな驚いた。

別に恵子さんからも他のメンバーからも任命されたわけじゃないけど、ラボの一輪挿しの役は自分がやっている。花瓶の位置は自分のところに、花瓶は丸底フラスコに変えたけど。

いつも自分の目につくところに花がある。実験の合間に花を見ていると、実験がうまくいくような気がした。なんだか朝には窓のほうを向いていた花が、夕方にはこちらを見ているような気がする日があった。そして実験ノートを閉じる前に一度だけ花を見ることが、いつの間にか僕の癖になっていた。

しばらくして、恵子さんからラボにプレゼントが。
細長くて少し緑色が混ざったちょっぴりいびつな形のガラスの花瓶だった。
でもこのラボには似合わない気がした。
安定性が悪いだの適当なことを言って、僕はそれを自宅に持って帰った。

しばらくして花瓶を光に透かしていたとき、底に小さく「100 mL」の文字を見つけた。

数か月後、東京からラボに届いた一枚のカード。
「やっぱり三角フラスコのほうが似合うかな?」

翌朝も白百合の水を換えた。窓から差し込んだ光が、花瓶の淡い緑を通り抜けて机の上に揺れていた。少量の炭酸水素ナトリウムを忘れずに入れて。




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