ばば様の1人語り(飢饉)
日照りとヤマセのような冷害と
どちらにしても人の生活はお天道様任せである。
昔ほどではなくて餓死者が出ると言うことは日本ではなくなったが
不幸は何から来るかと言えば、人が飢えることであろう。
日照り、冷害、戦、人の苦労の種は大体ここにある。
そう言う飢饉のために不幸になったと言うことで始まる小説は多い。
古今東西だ。娘は売られる。残った人々も生き続けられるとは限らない。
戦に出て死ぬ、怪我をする。PTSDで一生苦労する。
父は北と南に戦争にやられた人である。
私は若かったから戦争の話は聞きたくなかった。
それでも時々ぽちぽちと話すには
累々と横たわる死体の上を歩いたとか・・・
自分は輜重兵だったから鉄砲は撃っていないとか。
戦後の戦友会には絶対に参加した。
銃後も辛いが戦に出て行った人が一番辛かったろうと思う。
でなければあれだけ出かけるのが嫌で人に会うのが好きではない父が
絶対参加はしなかったはずだ。彼らだけに分かる話があったのだろう。
こう言うことを父が亡くなってから考えた。
もっと早くに理解できていればと今更に思う。
晩年、寝ていて「銃を取れー」と寝ごとに言ったとかで
家族はびっくりしたらしい。私は姉から聞いた話だ。
木々が実をつけ、稲も麦もたわわに実り、人々が安寧に暮らせていれば
戦もあまり起こらないであろうに。今も台風が日本の上で暴れている。
ああこう言う大変な世になぜ、いくさをするのだろう。
田畑を・・果樹園を大事にしろ。
国民が飢えないようにするのが上に立つ人の仕事。
戦に国民を出すのが仕事じゃないぞ。
出さないようにするのが努めぞ。
