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伝宗達の金地屏風との再会──相国寺承天閣美術館にて

先日、京都と大阪を訪れた。ゴールデンウィークは申告期限が近い案件が重なり、ほとんど休みを取ることができなかったため、その穴埋めとして少し遅いリフレッシュ休暇を兼ねた旅である。

旅の目的の一つは、相国寺承天閣美術館で開催中の『後水尾院の京』展を観ることにあった。

相国寺の入口に掲げられた看板

後水尾天皇は、徳川秀忠の五女・和子を中宮に迎えたことで知られる一方、芸術を深く愛した天皇でもあった。和子の入内から約10年後、紫衣の許諾を巡って幕府と対立すると、徳川家にも相談することなく、幼い娘・明正天皇へ譲位した。この出来事は、後に紫衣事件と呼ばれるようになり、これに伴い、史上7人目(重祚を含めると9代目)の女性天皇が誕生した。

この譲位は、幕府による皇室への政治介入に対する、後水尾天皇なりの静かな意思表示であったと考えられる。現在の皇室典範では、基本的にこのような形で先帝の意思が皇位継承に直接反映されることはない。だが、平成の天皇、即ち現在の上皇陛下の生前退位は、元々、皇室典範が想定していないものであり、ここにも天皇による政治への抵抗の意思を読み取ることができる。そこには、約400年前の紫衣事件と共通した構図が横たわっている。

その後水尾天皇は、和子の母・崇源院(江)を通じて俵屋宗達とも接点を持っていた。

三十三間堂の向かいに建つ養源院は、淀殿によって父・浅井長政の菩提を弔うために創建され、火災で焼失した後、末妹の崇源院によって再建された寺である。そこには宗達筆とされる松の襖絵や、唐獅子・白象・麒麟などの杉戸絵が残されている。

俵屋宗達 唐獅子図杉戸 養源院 重要文化財
俵屋宗達 唐獅子図杉戸 養源院 重要文化財
俵屋宗達 白象図杉戸 養源院 重要文化財
俵屋宗達 白象図杉戸 養源院 重要文化財

宗達は狩野派のような御用絵師ではなく、町絵師として活動していた人物である。そのため、後年、宗達が法橋位を授けられたのは、養源院での仕事が評価された結果であった可能性が高い。私はその背景には、徳川家と浅井家の双方に縁を持つ崇源院の存在、そしてその没後、義母の意向を汲んだと推測される後水尾天皇の後押しがあったのではないかと考えている。

さて、今回、この相国寺を訪れた旅で、私が最も楽しみにしていたのは、伝俵屋宗達筆・烏丸光広賛「蔦の細道図屏風」との再会だった。

実は、この屏風を観るのは初めてではない。今回で3度目か4度目くらいになる。それでも、公開されるたびに足を運びたくなる、不思議な引力がある。

この作品は重要文化財に指定されているが、現在も宗達の真筆かどうかについては決着しておらず、重要文化財指定名称は「伝俵屋宗達」とされている。さらに言えば、宗達工房の制作と考える研究者も少なくない。なお、美術館では「伝」の表記を省略していたが、一般向けの展示ではこうした表記の簡略化は珍しくない。

それにしても、この六曲一双屏風が示す造形感覚は、現在から見ても極めて斬新である。金地の上に緑青だけで土坡を描き、その間の金地を道として見立てる大胆な構成。そしてさらに興味深いのは、左右の隻を入れ替えても、一つの画面として成立するよう工夫されていることである。この自由で粋な発想には、何度見ても感心させられる。

もう一つ興味深いのは、烏丸光広の賛である。

宗達といえば、本阿弥光悦との競作がまず思い浮かぶ。光悦の書は個性が強く、ときには宗達の絵と競い合い、喧嘩をしているかのような印象すら受ける。ところが、この屏風に見られる烏丸光広の書には、そのような緊張感がほとんど感じられない。絵に寄り添い、静かに調和しているのである。もちろん、それは光悦と比べてしまうと、やや整い過ぎているように見えたりもするのだが。

俵屋宗達・本阿弥光悦「鶴下絵三十六歌仙和歌巻」
京都国立博物館 重要文化財

もちろん、それだけで宗達真筆か否かを論じることはできない。しかし、宗達作品として受ける印象が、光悦との競作とは微妙に異なっていることもまた事実であり、「伝」が付されている理由について、改めて考えさせられた。

ちなみに、この屏風はもともと相国寺の所蔵であった訳ではない。かつては萬野美術館に収蔵され、古い琳派の画集にもその名が記されている。しかし、同館は財政難から2004年に閉館し、その後、この作品は他の国宝・重要文化財の作品約200点と共に相国寺へ寄贈された。

こうして作品もまた、人から人へ、場所から場所へと受け継がれながら生き続けていく。今回の京都の旅は、後水尾天皇の時代に想いを遡行させる旅であると同時に、図らずも、本阿弥光悦と烏丸光広、それぞれのスタンスの違いについて考えを巡らすこととなり、何度観ても新たな発見を与えてくれる伝宗達の金地屏風との再会の旅でもあった。


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